第66話天文22年(1553年)15歳、一向宗・内乱

4月1日信濃諏訪城:義信視点


 俺は調子に乗り過ぎていた、気付いた時には、すでに武田包囲網ができ上がっていたのだ!


 甲斐信濃から他国に出るのに使う峠が、雪で通行できない時期を狙って、一向宗が一斉蜂起した。


  もちろん油断していた訳ではない。拠点となる城砦の土塁を高く厚くし、堀も深く広くし、柵も丈夫なものにしていた。


 その作業も、領民を賦役でただ働きさせたわけではなく、銭や玄米を支払って、領民が餓えないようにしていたのだ。


 そうだ、越中の一向宗を懐柔するための内政は、上手く行っていたのだ。信繁叔父上は、貧しい民に銭を回すために、指示通りの建設投資を行ってくれていた。


 塩田開発を進め、貧民を日雇いして、食事を支給していた。この政策で、越中の民を、誰1人飢え死にさせないようにしていたのだ!


 同時に武田家や鷹司家に仕官することを厭わない者は、積極的に黒鍬小荷駄や足軽として召し抱えてもいた。


 召し抱えた黒鍬や足軽を使い、洪水を防ぐための堤防を建設していた。仕官するのを嫌がる者を餓えさせないように、賦役として領民を動員せず、銭や雑穀を支払って日雇いした。


 職人にも仕事与えるために、小早や関船を建造した。


 しかも完成した小早や関船は、漁村に貸し出して、漁師が豊かに暮らせるようにした。


 しかし本願寺も馬鹿ではなかった!


 俺たちが、越中の民を完全に懐柔する前に、一揆を起こしたのだ!


 大坂一乱・享禄の乱・天文の乱と、本願寺内の権力闘争を経た一向宗は、親鸞・顕如以来の教義を騙(かた)り、民を欺く武力集団に堕していたのだ。


 その支配体制は、教義や仏教への帰依ではなく、蓮如の血族最優先と言う、戦国大名と同じものだった。


 有力寺に蓮如血族を送り込んで乗っ取り、逆らう寺を破門し、信者と言う名目の兵を集め、布施と言う名目の税を集めていた。


 下劣極まりない武装宗教詐欺軍として、広域暴力団の様に、表の武家権力を凌ぐ全国組織として武力を有していたのだ。


「本願寺権力体制」

1:連枝:法主の子供と兄弟。

2:一門:連枝の嫡男(第二世代)。

3:一家:連枝の次男以下と蓮如以前に分かれた一族。「末の一家衆」


 伝書鳩の報告では、石山御坊の本願寺10世証如が、全国の一向宗に檄を飛ばしたそうだ。


 その内容は、「仏敵武田を討て」と言う、宗教を他者から物を略奪するための騙(かた)りに使う、どうしようもないものだった。

 

 だがそんな馬鹿げた檄を信じて、いや、信じた振りをして、全国の門徒が動いたのだ。


 信じた振りさえすれば、ほかの宗教を信じる人から財貨を奪い、強姦し、殺すことさえ正当化できるのだから。


 最初に越中の一向宗が蜂起し、加賀の一向宗が越中に攻め込んできた。


 俺が支配下に置く前の越中砺波郡は、賀州御坊の支配下にあった。そして実際の指揮は、勝興寺と瑞泉寺が行っていた。


 不意を打たれたのにもかかわらず、信繁叔父上は必死の防戦を展開してくれていた。


 大切な湊を確保するべく、守山城を中心に、海岸線の城砦と信濃との連絡路を守る城砦に、兵力を集中されていた。絶対防衛すべき城砦と、切り捨てる城砦の取捨選択を、冷徹に行った上で籠城戦を指揮してくれた。


 信繁叔父上は、一向宗の教義を捨てて武田に付いてくれた民を、何としてでも守ろうと、越中にある全ての艦船を動員して、安全な佐渡に移送していた。


 本願寺証如一派の、権力に対する執着と、権力を維持するための行いは、卑劣下劣冷血極まりない。


 万が一改宗した者たちが一向宗に捕まったら、どんな残虐な目に遭わされるかは、簡単に想像できる。


 証如とその後見人だった蓮淳は、権力を手に入れるために、血族を虐殺している!


 9代実如の実子で、加賀3カ寺に派遣されていた、兄弟・叔父・従兄弟たちを惨殺追放して、加賀3カ寺を手に入れていた。


 いや、それだけでないのだ。


 証如と蓮淳は、門徒と言う兵力と、布施と言う軍資金を手に入れるために、さらなる外道を行っていた。


 8代蓮如が延暦寺によって京都を追われた際に匿い、蓮如のために吉崎御坊を建立して迎え入れた大恩人は、近江大津の本福寺蓮光であった。


 それだけではなく、本福寺蓮光の息子である本福寺明顕と、孫の明宗親子は、大坂一乱で山科本願寺を逃げ出した実如を匿っていた。


 そう、本福寺は3代に渡る大恩人であった!


 それなのに証如と蓮淳は、本福寺明宗に冤罪をでっちあげ、3度も破門を繰り返したのだ。


 私財を没収し、宗教的迫害を加えて、72歳の明宗を餓死させるような、人間とは思えない下劣な所業を行っているのだ。


 証如と蓮淳が、本福寺明宗を冤罪破門した理由は、本福寺が末寺の中でも歴史が長く、信徒も大勢いたからだ。


 本福寺には、琵琶湖水運の拠点として栄えていた、堅田の信徒が帰依(きえ)していた。


 石山本願寺に勝るとも劣らない裕福な寺だったことに加え、何よりも門徒の信望が厚かったことが理由だった。


 大津にあった蓮淳の顕証寺と地域が重複するために、本福寺と顕証寺は門徒と布施の取り合いとなり、常に新興の顕証寺が不利だった。


 権力と銭が大好きな蓮淳は、欲望と嫉妬で、本福寺明宗を冤罪破門したのだ。


 いや、顕証寺が新興だから不利だった訳ではないだろう。史実の行状を見れば明らかなように、僧として、何より人としての格が、明らかに蓮淳の方が劣っていたのだろう。


 このような下劣極まりない本願寺狂徒が、越中に攻め込んで来たのだ。狂徒は一向宗以外の者から奪い、そして犯して殺す!


 昔の武田軍と同じ残虐な所業が、一向宗が蜂起した直後の、越中国内に吹き荒れた。


 信繁叔父上は、一向宗以外の民を各地の城砦は匿い、必死の籠城戦を展開された。


 越後と佐渡では、一向宗の蜂起は即座に弾圧できた。


 2代前の越後守護代である長尾能景が、一向一揆で殺されていたので、先代越後守護代の長尾為景が、一向宗を恨み死ぬまで警戒していたのだ。まあ父親を殺されているのだから、当然と言えば当然のことだ。


 だから越後では、越中ほど門徒の数が多くなかった。それに俺に忠誠を示したい、旧長尾景虎派の国衆と地侍が、一向宗の徹底弾圧に動いていたのだ。






美濃大桑城:第3者視点


 一向宗の蜂起に連動して、美濃の斎藤道三が動いた!


 土岐頼芸と土岐信龍(武田信龍)が、220騎5000兵を指揮して籠る、大桑城に攻めて来たのだ。


 斎藤道三は美濃の国衆を動員して、1万5000兵と言う大軍で、大桑城を包囲したのだ。


 しかし土岐軍の陣代を務める馬場信春は、堅実かつ巧妙な指揮で、斎藤道三軍に付け入る隙を与えなかった。


 馬場信春は、元々美濃国土岐郡に土着した土岐光衡の一族で、甲斐国教来石村に移り教来石氏を名乗っていた。


 馬場信春も最初は教来石景政と名乗っていたが、後に馬場氏の名跡を継い馬場信房と改名し、さらに改名して信春と名乗っている。


 だから血族的には土岐家の末流と言えるので、土岐家援軍を指揮させるにはうってつけであった。


「信春殿、大丈夫であろうか?」


「頼芸様、ご安心下さい、道三などに負ける事などございません。鍛え上げた武田の弓術と強弩で、頼芸様に逆らう謀叛人共を射殺(いころ)して見せましょう」


「強弩は凄いものよの、和弓よりは遥か遠くの者を射殺(いころ)してくれる!」


「弓で狙う事ができない、夜襲だけは注意しておかねばなりません。ですが夜襲された場合でも、前もって測っておいた場所に敵が迫った時に、面制圧射を行うように致します。それでも迫る敵がおれば、城壁と槍衾を盾にして、直射で射殺して見せましょう」


「うむ、頼りにしておるぞ。信春殿のような剛の者が、土岐の一族にいてくれて幸いであった。これからも土岐家のために働いてくれ」


「お任せ下さい頼芸様。この信春、土岐家のため頼芸様のため、そして信龍様のために戦い続けましょう」






4月2日信濃諏訪城:義信視点


 出羽では最初に、伊達家と最上家が動いた!


 伊達家と最上家は一時連合して、寒河江城の寒河江兼広を急襲した。


 しかし寒河江城は、平城とは言え内堀と外堀の二重の水堀に守られ、その外側に三の丸まで要する堅城だ。奇襲とも言える伊達最上連合軍の攻撃ではあったが、昨年俺を城に迎えて、最上に対抗する動きを見せた以上、最上の攻撃は覚悟していたのだ。


 寒河江兼広は、伊達最上連合軍の奇襲を堅実に防ぎ、その後も見事な籠城戦を展開した。


 伊達最上連合軍とほぼ同時に、檜山安東の安東愛季が動いた!


 湊安東家の安東茂季を傀儡として、3000の軍勢を整え、比内浅利家の浅利則勝に攻撃を開始した。


 しかし史実で内応した浅利頼治と浅利則祐は、信濃に連れ去られている。


 しかも浅利則勝は、俺から安東愛季の攻撃を警告されていた。


 十分な警戒をしていたので、安東愛季に奇襲される事なく、籠城持久戦を展開していた。


 俺は各地の状況を伝書鳩で受け取りつつ、直属軍の動員を行っていた。


 1番心配な対今川と対北条は、信玄が躑躅城で対応指揮してくれるから、何の心配もいらなかった。


 美濃の土岐家にも、事前に充分な兵と武具兵糧を送り込んでいるので、急いで援軍を送る必要はない。


 越後と佐渡も、守備兵と国衆で対応できている。


 問題は越中の信繁叔父上と、出羽の寒河江兼広と浅利則勝への援軍だ。


 昨年新たに近衛武士団や近衛足軽団に迎え入れた将兵は、完全に信用する事はできない。現地で謀反軍と合流したり、合戦時に寝返られては、勝てる戦も負けてしまう。


 そこで浅利頼治や浅利則祐などの、完全に信頼できない者は、信玄が指揮する甲斐信濃防衛軍に預ける事にした。


 俺は脚の速い騎馬隊8000騎だけを率いて、急いで越中支援に向かうべく、部隊編制を行った。


 近衛武士団・足軽槍隊・足軽弓隊・黒鍬輜重隊は2分割して、越中支援軍と出羽支援軍に分けた。出羽支援軍については、さらに寒河江支援軍と浅利支援軍に分けた。


 少しでも早く援軍に駆けつけるため、低位地の河川流域を下り、日本海に出る事にした。姫川をひたすら下る部隊と、犀川・千曲川・信濃川を下る部隊に騎馬隊も分けた。


 どちらの道の方が、日本海沿岸へ早く出れるか判断できなかったからだ。


 軍の分割は、各個撃破の恐れがあるから、本来は悪手なのだが、今回は一刻一秒でも早く援軍に駆けつけなくてはならない。


 それに半数に分けたとしても、4000騎の騎馬鉄砲隊の一斉射撃は強烈だ。初見の一向宗への効果は、4000騎でも絶大だと判断した。






越後葛葉峠の山小屋:義信視点


 姫川を下った俺が、葛葉峠近くの山小屋で休憩している所に、伝令が駆け込んで来た。


「若殿、今川義元が2万兵を動員して伊那口に攻め寄せました!」


「戦況はどうなっている?」


「影衆からの連絡で、事前に青崩城砦群に援軍が詰めていたため、最初の猛攻を凌いだとの事です」


「楠浦虎常に近衛武士団1000兵を預けていたが、援軍はどうなっておる?」


「伊那の国衆から、援軍の農民兵2000兵が即座に送られたそうでございます。さらに甲斐と信濃の国衆から、2000の兵を動員し援軍を編制しているとの事でございます」


「御屋形様は逆襲の準備をされておられるのか?」


「申し訳ありません、その事は伝書鳩の文に書かれておりませんでした」


 伝書鳩のお陰で、今までとは比較にならないほどの早さで、正確な情報が遠隔地から手に入るようにはなった。だがそれは、あくまでも本拠地である諏訪城と躑躅城にいての事だ。


 京三条屋敷・伊那吉岡城・越中守山城・越後春日山城などの各地の拠点でも、伝書鳩を飼っているから情報は入る。


 だが遠征途上や拠点以外にいる時は、拠点から騎馬による継伝令に頼らなければならない。


「若殿どうなされますか?」


「甲斐と信濃の事は、御屋形様にお任せすれば大丈夫だ。それに万が一青崩城砦群を突破されたとしても、伊那の城砦には生産衆が籠っている。大型弩砲、強弩、弩を十分配備しており、武具兵糧にも不足はない。例え今川軍2万兵が押し寄せても、容易く攻め落とせるものではない。だが万が一の事もあるから、足軽槍隊5000兵を青崩城砦群の援軍に帰し、決して伊那の生産衆を疎かにしていない事を示そう」


「左様でございますな、城砦に1万の兵が籠れば、今川に2万の兵がおろうとも、城を落とされる事はありますまい。御屋形様も富士川を下る準備をされ、今川を牽制されますでしょう。それにもし今川の備(そなえ)えが薄ければ、そのまま駿河に攻め入られましょう」






甲斐躑躅城:第3者視点


 穴山信友は今川家との同盟に尽力していたものの、義信が九条簾中と婚姻を結んだため、今川家に対して面目を失っていた。


 しかしだからと言って、先代の穴山信風の様に、武田家を離反して今川家と組んで勝てるとも思っていなかった。


 たがもし今川軍が伊那口を突破する様なら、武田家を裏切り、今川家の先陣として、躑躅城を攻略する心算であった。


 本来なら郡内小山田家が、北条家に備えるはずであった。だが当主の小山田出羽守信有が病死し、嫡男の弥三郎信有と弟の信茂も幼い。


 しかも義信の近習として付き従っているため、郡内に小山田家を指揮する者がいなかった。


 そこで信玄は、弟の武田信智を大将として郡内小山田家の兵を纏め、実際の指揮は同じ小山田氏の小山田備中守と小山田虎満親子に任せて、北条軍の侵攻に備えていた。


「虎綱、兵の集まりはどうなっておる?」


「は、関東管領の上杉と北条に備える兵を除き、内藤昌豊殿、栗原詮冬殿、原昌胤殿、今福友清殿、金丸筑前守殿たちが兵を結集させております。穴山信友殿は、すでに富士川を下り駿河を窺っております」


「駿河の備えはどうなっておる?」


「大将は分かりませんが、葛谷城に5000兵が籠っているとの事でございます。」

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