第29話天文17年(1548年)10歳・ 村上義清

木曽妻籠城:大広間


「鮎川、小笠原の動きはどうだ?」


「妙義山城、武居城、今井館に詰める監軍からの連絡では、とくに動きはないようです」


「ならば御屋形様の村上攻略のすきをついて、諏訪を攻める動きはないのだな」


「今のところその兆候(ちょうこう)はありません」


「三河の動静は分かるか?」


「いまだに峠の雪が深く、荷役からの連絡はありません。ですが大きな動きがあれば、伝書鳩が躑躅ヶ崎館に届くと思われますので、今のところはとくに大きな動きはないものと思われます」


「ならば我らはこのまま妻籠城に留まり、小笠原と三河の動静を探りつつ、小笠原に動きがあれば川を遡(さかのぼ)り塩尻方面に出て、小笠原の背後を突く。三河で織田が勝ち、勝に奢(おご)って三河奥深くに進み遠江を望むようなら、根羽砦に移動し飯田街道を下り三河武節城を落とす。さらに山麓の諸城を落としつつ尾張を窺(うかが)い、少なくとも三河の一部は切り取る」


「「「「「おぅ~」」」」」


 大広間には、配下の諸将が軍議に集まっているが、これはアリバイ工作だ。史実通りだと、信玄は1度村上義清に大敗したはずだ。何の理由もなく、俺が村上戦に参戦せずに大敗してしまい、多くの譜代家臣が討ち死にしたら、家臣たちの武田家への不審不満が育まれてしまうだろう。


 それを防ぐには、俺が参戦しない明確な理由がいる。それが小笠原の諏訪侵攻への備えと、美濃斎藤の木曽侵攻へ備えだ。さらに加えるなら、今川と織田の合戦のすきをついての、三河と尾張領切り取りへの準備だ。


 信玄の擁立と信虎爺ちゃん追放事件から、重臣団の発言力と勢力は大きくなってる。俺の戦略では、家臣団の力を削がねばならないし、何より淡水真珠養殖用の諏訪湖が欲しい。


 今諏訪を預かっているのは板垣信方だが、板垣信方には信濃を横領して独立しようとしていたと言う説がある。板垣信方だけは除かないといけない。信玄と2人だけで、あらゆる戦況に応じるシミュレーションはしておいたが、信玄と歴史はどう動く!






信玄・義清合戦経過


 村上義清は猛将として知られ、葛尾城を本拠に埴科郡、高井郡、小県郡、水内郡を勢力下におさめている。信玄の信濃平定のためには、絶対取り除かなければならない難敵だ。家臣に加えられる程度の小物ではないから、倒すか倒されるかの2つに1つしかない。


 2月1日に信玄は、5000の兵力を率い北信濃に向けて進軍を開始した。武田軍は上原城で板垣信方の率いる諏訪衆や郡内衆と合流し、大門街道を通り大門峠を越えて小県郡南部に侵攻した。


 これに対して村上義清は、天白山の葛尾城と北東部の戸石城を拠点にいったん陣を敷(し)き、武田軍迎撃の準備を整えた。その後、さらに岩鼻まで南下して上田平に展開し、産川を挟んで武田軍と対陣した。


 2月14日になり、武田軍8000兵と村上軍7000兵は激突した。真田幸綱(幸隆)が先陣を願い出るものの、譜代衆の手柄争いで却下されてしまった。信玄は板垣信方に先陣を命じ、栗原左衛門尉・上原昌辰・小山田信有・武田信繁らと共に村上軍に攻撃をしかけた。


 先陣の板垣部隊は、見事に村上軍先陣を撃破して敵陣深く突進した。だがもともと傲慢(ごうまん)な性格の板垣信方は、勝ちに驕(おご)って事もあろうに敵前で首実検を始めてしまった。


 猛将村上義清はそのすきを見逃さず、村上軍を率いて一気呵成に板垣部隊に突撃を仕掛けた。


 不意を突かれた板垣部隊は、大混乱状態に陥ってしまった。愚かで傲慢な板垣信方は、急ぎ馬に乗ろうとしたが、突貫してきた敵兵の槍に突かれて討ち取られてしまった。主将を討ち取られた板垣部隊は壊乱してしまい、村上軍は勢いに乗って武田本陣に猛攻をしかけてきた。


 先陣を打ち破られた武田軍は、本陣まで攻め込まれそうになった。だがあらかじめ、俺とあらゆる戦況をシミュレーションしていた信玄は、全く慌てなかった。小山田信有の郡内部隊に迎撃を命じつつ後退し、左右の脇備えの工藤祐長(内藤昌秀)と馬場信房(信春)に横槍を入れるように命じた。


 小山田信有、工藤祐長、馬場信房が獅子奮迅の活躍をして、村上軍の鋭鋒を押し止めてくれた。そのお陰で武田軍は戦線を維持できたものの、板垣信方・甘利虎泰・才間河内守信綱・初鹿伝右衛門高利などが打ち取られてしまった。板垣信方の戦死はありがたかったが、甘利虎泰の戦死は痛い、武田家にとって惜しい人材を亡くしてしまった。


 農閑期を選んだせいで、極寒期の信濃へ侵攻することになった武田軍は、何時もより動きが悪かった。一方土地勘のある村上軍は、元々有利な状況にあったのだ。この教訓は今後に生かさなければならない。






妻籠城:善信私室


「若殿、御屋形様からの伝令が参っております」


「善狼か、すぐに行く。伝令に軽食(けいじき)を出し諸将を集めよ」


「は、台所には湯茶と雑炊の準備を命じております。諸将にも別の者が集合を伝えに行っております」


「うむ、よく気が付いたな、その調子で働く様に」


「は、有難きお言葉」


 俺は近習の狗賓善狼に命じつつ、急ぎ伝令に会うために大広間に向かう。


 大広間に行くと、すでに諸将は集まっていた、信玄の出陣以来、何時でも打って出られるように心掛けていたのだろう、この心構えは安心できるな。


「注進大儀、御屋形様は何と言われたのだ?」


 俺は伝令を労(ねぎら)いながら話を聞きだす。


「は! 我が軍は板垣信方殿を先陣に小県に討ち入り優勢に軍を進めるも、村上義清の反撃を受け後退、板垣信方殿、甘利虎泰殿、才間信綱殿、初鹿高利殿が討ち取られてしまいました。小山田信有殿、工藤祐長殿、馬場信房殿の御働きで村上軍を押し止めたものの、村上軍とは膠着状態となってしまいました。御屋形様は善信様に、援軍を送る様にとの御指示でございます」


「相分かった、急ぎ軍勢を整え援軍に参る、御苦労であった。友和、この者に用意の食事を与えてやれ」


 俺は相良友和に命じた。


「は、承りました」


 俺は急ぎ兵を整え、小県へ行くことにした。信玄との事前のシミュレーションでは、この状況に成ったら、常備兵だけで応援に行く手筈(てはず)になっていた。木曽川を遡(さかのぼ)り、須原城・木曽福島城を経由して塩尻に出る。諏訪の山吹城・上の段城・下の段城・山吹小城で休息し、兵の英気(えいき)を養ったうえで、大門街道を通り小県に出る。


「信忠、木曽は任せる。三河の状況に気を配りつつ、美濃の斎藤への備えも怠(おこた)るな」


「は、承りました」


 甘利信忠に木曽の全権を与えて背後に備えさせた。


「昌世、伊那木曽の扶持武士団の内1000兵を率いて赤木南城に入り、小笠原に備えよ」


 曽根昌世に命じる。


「は、承りました」


「先陣は一益に命じる、兵500を率いてすぐに出陣しろ」


「は、承りました」


「家盛・友和は一益を支えよ」


「「は、承りました」」


 3人は何時でも出陣できるように準備していた、槍兵500を率いるべく出て行った。


「信是殿・虎常・虎光・長坂勝繁・昌房・鮎川勝繁・善狼・友和は我と供に出陣してもらう」


 同じ名前の長坂と鮎川は面倒だな、鮎川には諱(いみな)を与えるか?


 叔父の松尾信是、相談役の楠浦虎常と漆戸虎光、近習の長坂勝繁と市川昌房、軍師の鮎川勝繁、足軽大将の狗賓善狼を、今回の出陣では俺に同行させることにした。


 木曽討ち入りで武勇を示した、叔父の信是殿は副将にすべきかな?


 俺に何かあった場合でも、部隊が壊乱することは許されない。次席指揮官制度や指揮官継承順位を明確にして、上級指揮官を狙い撃ちにされたとしても、部隊が壊乱しないように準備しておこう。


「「「「「おぅ~」」」」」


先陣  :槍500兵

大将  :滝川一益

足軽大将:今田家盛・相良友和


本陣  :1500兵(弓1000・槍300)

大将  :武田善信

副将  :松尾信是

相談役 :楠浦虎常・漆戸虎光

軍師  :鮎川勝繁

足軽大将:狗賓善狼・相良友和・長坂勝繁・市川昌房


 市川と長坂を足軽大将に任命した。


 2月18日、俺達は妻籠城を早朝に出陣、奇襲に備え、戦う余力が残る速度で行軍した。目的地は小県だが、この日は俺の不在による木曽の反乱を抑えるためにも、木曽福島城で1泊する。


 2月19日、早朝に木曽福島城を出発、前日同様奇襲に備え、戦う余力を残して行軍した。上ノ段城に到着し、小笠原の動きを探りつつ1泊する。


 2月20日、早朝に上ノ段城を出陣、大門街道を奇襲に備え行軍し、和田城・中山城・矢ヶ崎城に軍を分けて入城した。この位置は、村上義清の葛尾城と小笠原長時の林城の両方に圧力を掛けられる、絶好の位置だった。


 俺と戦略を共有していた信玄は、10日間最前線で陣を維持した。俺の小県到着後、常時動員可能な専業武士だけを和田城・中山城・矢ヶ崎城の応援に残し、農民兵を指揮して甲斐に帰還した。


 このため村上と小笠原は、農繁期に入っても常に農民兵を動員して俺に備えねばならず、国衆・地侍・農民からの不満を受ける事になってしまう。

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