第14話義元の決断

『尾張・沓掛城』

「富田山中城主、駒中左衛門尉殿でございます」

「うむ、これより奉公に励むがいい。」

 大野城主・佐治為景殿以外の、降伏して来た国衆地侍を義元の前に連れて来た。

 これに対して義元は、無理難題を押し付けることなく降伏を認めた。

 出だしの悪かった尾張攻略戦を、適当な所で終えるには、眼に見える形の勝利が必要不可欠だったからだ。

「御隠居様、水野家から攻め取った城地を、譜代衆や井伊家の家臣に預けておりますが、どのようにすればようございますか」

私、直虎の質問に暫らく考えた後、義元は決断するように答えた。

「水野家から離れて今川家に臣従条件した陪臣は、今川家の直臣に取り立てる。だが尾張を攻め取るまでは、俺の直卒する」

「はい。水野家の直轄地だったところや、抵抗した国衆や地侍を攻め滅ぼして、譜代衆や陪臣に預けている所はどういたしましょう」

義元は私の催促に冷たい視線を投げかけ、しばらく逡巡してから話し出した。

「城地は義直の直轄地にするがいい。だが全てに代官を置き、年貢の一割を代官の取り分とせよ」

「それは今城を護ってくれている、譜代衆や陪臣を代官に任命すると言う事ですか」

「そうだ」

 義元にしても、苦渋の決断だろう。

 愚かな判断をした、氏真を頼りなく思っているだろうが、北条や武田との同盟を維持する為にも、今川家の跡目争いを防ぐ為にも、氏真を当主として遇していかなければならない。

 だが我が子・義直を排除しようとしたら、井伊・松平・関口・瀬名などの親戚衆や、折角攻略した知多半島の国衆地侍が動揺する。

 いや下手をすれば、どれだけ奉公して功名を上げても殺されると、三河衆と遠江衆まで離反しかねない。

 そこで今回の功績の褒美として、水野家の旧領の半数は義直に与えるが、実際の統治は今川家譜代衆にさせる。

 そして働いた譜代衆には、一割の代官料を褒美として与える事が出来る。

 もし義直が代官を解任して直轄領化しようとしても、譜代衆は今川本家の為にも自分達の為にも抵抗するだろう。

「承りました。皆の者、御隠居様が代官職を御認めくださいました」

「「「「「有り難き幸せでございます」」」」」

皆を帰した後、義元と二人きりになって話を詰める事にした。

「それで、今後の尾張討伐はどうなされますか」

「沓掛城に腰を落ち着けて尾張を伺う。農兵たちが帰らねばならぬ限界まで留まる」

「白拍子と歩き巫女が調べた範囲では、織田は銭で足軽を集めております」

「俺にも銭で足軽を集めろと言うのか」

「此方が兵を駿河や遠江に戻した隙を突いて、織田が攻め寄せると考えられます」

「駿河から銭を運ばせろと言うのか」

「それも大切でございますが、白拍子と歩き巫女が調べた範囲では、織田は熱田と津島の湊で銭を集めているそうでございます。今川家も遠津淡海(とおつあわうみ)(浜名湖)に大きな湊を創り、銭を集めませんか」

「それを井伊家にさせろと言う事か」

「折角知多の佐治水軍を取り込んだのです、伊勢から駿河までの海の富を、今川のものにしない手はありますまい」

「井伊家にそれを任せなければ、知多の国衆は再び叛くと言いたいのか」

「鳴海城主の山口教継殿や、戸部城主の戸部政直殿、そして我が叔父達と、御隠居様は惨き仕置きを為され過ぎました。その上で今回の御屋形様の援軍拒否でございます。今川本家の信望は地に落ちております」

 私はまた命懸けの策、賭けに出る事にした。

 妾になる時。

 子を身籠る時。

 援軍を手配して駿河を出る時。

 そして今この時。

 全て殺される可能性のある決断だった。

 ここで湊の設置を認めて貰えれば、義直を旗頭に尾張に攻め込む力を蓄える事が出来る。

「駄目だ、俺の直轄湊とする」

「では代官職を頂きとうございます」

「入港税の一割を寄越せと言うのか」

「白拍子と歩き巫女に調べさせた情報を基に、私が献策いたしました。入港税の五割は頂きとうございます。これからは、今川本家からの白拍子と歩き巫女への資金援助もなくなりますから」

「俺がそのような事はさせん」

「私も最大の努力はいたしますが、御隠居様が又危地に陥られた時、必ず御救い出来るとは限りません」

「氏真が、また俺を見殺しにすると言いたいのか」

「武田や斉藤の例もございます」

「氏真が、俺を追放したり殺したりすると言いたいのか」

「実際に見殺しにしようと致しました。直接御隠居様に戦を仕掛るだけとは限りません。幾らでも手はございます。私は、万が一の事が起こった後の、子供達の事が心配なのです」

「だがお前や義直に力を与え過ぎると、今川家で跡目争いが始まる」

「北条と武田を同時に敵に回して、御屋形様と争うほど愚かでは有りません。それに争いが激しくなれば、氏康様は兎も角、晴信様は駿河を攻め取ろうとなさるかもしれません」

「ならばいったいどうする心算だ」

「御屋形様から易々と潰されないだけの、力が欲しいだけでございます。出来れば尾張か美濃の守護職を、義直が自ら手に入れるだけの力を整えてやりたいのです」

「俺では尾張を取れないと言いたいのか」

「今のままでは、御屋形様からの後詰は期待できません。御隠居様は義直を、いえ、井伊家を信じてくれていません。向背を信じられずに尾張に侵攻しても、勝つことは難しいと思います」

「井伊家信じろ。松平家を信じろ。降伏臣従した知多衆信じろと言いたいのか」

「はい。先の鳴海城主、山口教継殿や、戸部城主、戸部政直殿、そして我が叔父達と仕置きを払拭して信望を得るには、義直の功名をもっと評して頂くしかありません」

「湊の利益は折半だ、それでいいのだな」

「はい、有り難き幸せでございます」

「だがその分働いて貰う、知多衆を率いて尾張に攻め込んで貰う」

「承りました」

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