第13話知多半島攻略

『尾張・大野城・井伊直盛と佐治為景』

「為景殿、ここは今川に御味方するのが分別でござる」

「そうは申されても直盛殿、今川のやり方は信用できない。鳴海城主の山口教継殿や、戸部城主の戸部政直は、今川に言い掛かりをつけられ殺された上に、一族ことごとく追放され城地を奪われている。直盛殿の父上も、野伏りに偽装した今川の手の者に殺されたと言うではないか」

「確かに今川一門が猜疑心の強いのは間違いないし、遣り口が汚いのも確かだ。だが今城地を捨てて信長の下に逃げるのも、今川家から呼び出しを受けてから逃げるのも、同じではないか」

「同じではない。裏切る前に忠誠を見せて撤退するのと、一度裏切ってから、命惜しさに逃げ込むのは大違いだ」

「確約は出来んが、大丈夫だと思うぞ。我が娘が御隠居様の妾になっているのは知っているか」

「ああ知っている。叔母上も義元殿に差し出したのだろう。今では関口殿の正室になっていると聞いている。一旦敵対した者が今川についても碌な事はない。耐え忍んで仕えねばならぬと見ていたよ。その上叔父上二人も、濡れ衣で切腹させられているではないか。とてもそんな今川に降る気にはならんよ」

「だがな、今回の尾張攻めを境に、今川は代わる」

「ほう、それは何故だ」

「今回の尾張攻めで、御隠居様は織田に討ち取られかけた。御隠居様が逃げ込んだ沓掛城を囲まれているのに、当代の御屋形様は援軍を出されなかった。御隠居様を御救いしたのは、我が娘が産んだ義直様だ」

「ほう。だがお孫殿はまだ幼いのではなかったのか」

「ああ幼い。だから後見役として、爺様の直平と娘の直虎様が全てを仕切っている」

「娘の直虎殿。女子が武将として扱われるのか」

「娘を巴御前とは言わぬよ。だが今川家の寿桂尼様は、尼御台と呼ばれておられるだろう。義直様が一人前になられるまでは、直虎が後見役として軍勢を仕切る事になろう」

「だがそれは、俺が今川に降る理由にはならんよ」

「まあ最後まで聞いてくれ。これは爺様、直虎殿、関口殿、松平殿、瀬名殿とも話し合った結果なのだが、恐らく御隠居様は御屋形様と距離を置かれるだろう」

「まあ確かに、見殺しにされかけては、とても心穏やかではおれんだろう。だからと言って、そんな簡単に義直殿に跡目を譲る訳にはいくまい。そんな事をすれば、ようやく結んだ北条と武田との三国同盟が反故になる」

「ああ、だが御屋形様への牽制として、義直様に力を持たせになるだろう」

「それはどうかな。そんな事をすれば、今川家に内乱の種を植える事になる」

「そこは上手く立ち回るさ。それに御屋形様が無体な事を申して来たら、戦うしかなくなる。今この時点で、そのような事を御隠居様が見逃されるはずはない」

「直親殿は、内乱の種は既に撒かれているから、手遅れだと言いたいのだな」

「御屋形様の愚行に比べて、義直様の武勇は鳴り響いている。今回の戦で御隠居様と同行した、国衆地侍の大半は、義直様を無碍には扱わぬよ」

「だから、孫自慢と俺の今川降伏がどう繋がるのだ」

「つまり、今回攻め取った水野家の城地は、義直様や井伊家の縁者に、褒美として与えられると言いたいのだ」

「井伊一門が、今川から守ってくれると言うのか?」

「それだけではない。為景殿は、伊勢湾海上交易を掌握する、佐治水軍を率いておられる。もし今川に下れば、三河、遠江、駿河、伊豆、武蔵に及ぶ、海上交易を掌握出来るかもしれんぞ」

「逆に今川水軍に、伊勢湾海上交易を奪われるかもしれん」

「それは為景殿の力次第ではなかい。知多半島を失った織田に逃れて今川水軍と戦い、狭い伊勢湾の交易を守る方がよいのか。それとも今川に下って、内から今川水軍を喰い破って、広大な東海全域の交易を支配するのがよいのか。全ては為景殿の決断一つですよ」

「そこまで言われては、今川に降るしかあるまいな」

「それでこそ為景殿です。ならば、水野の残党攻略に水軍を出して頂く。そのかわり、佐治一門の城には一切手出しせぬ」

「目付はどうされるのか」

「その必要はない」

「御隠居様への挨拶は」

「手柄を立てた後でいいよ」

「かたじけない」

佐治為景を調略した後は、軍勢を更に進め、常滑城主の水野守隆を囲んだ。

水野守隆の切腹と引き換えに家臣領民の安全を保証して、無傷で城を接収した。

常滑城は、井伊家家老の奥山朝利に五百兵を預けて駐屯させ、後方の安全を確保して軍を進めた。

常滑城を手に入れた事で、苅屋城主の鵜飼将監実為との連絡が容易くなり、知多半島完全攻略への道が一気に開けた。

しかし富貴城主の水野守信は籠城を続け、開城の使者を追い返し、頑強に抵抗する姿勢を見せた。

そこで仕方なく、損害を顧みない我攻めを一昼夜行い攻め落とした。

富貴城は、吉田氏好に五百兵を預けて守らせて、さらに軍を進める。

布土城主の水野忠分は水野信元の弟だが、抵抗の無駄を悟ったのだろう。

家族と共に漁船に乗って尾張に逃げた後だった。

布土城は由比正信に五百兵を預けて守らせ、さらに軍を進めて、空城なっている上野間城を接収した。接収した上野間城は、長谷川元長に五百兵を預けて守らせ、更に先を急いだ。

細目城には水野家の代官が守っていたが、代官は進んで降伏して来たので、助命の上で義直の直臣とした。

手に入れた細目城は、庵原之政に五百兵を預けて守らせ、更に進軍を続けた。

河和城主の戸田繁光は、進んで今川家に忠誠を誓って来たため、本領を安堵した。

次の陸続きの城は岡部城で、城主の佐治九兵衛為成は佐治氏の一族で、佐治水軍の一翼を担う存在だった。

既に佐治為景から連絡があったのだろう。

城を出て迎えに来たので、軍勢に組み込んで進んだ。

一色城・山海城山城・天神山城・須佐城・幡豆崎城・幡豆崎天神山城は、佐治為景の陣代たちが守っていたので、素直に降伏し臣従を誓った。

さてここで問題となるのが、義元が援軍としてよこした諸将の内、蒲原氏徳だけが城を預かっていないと言う事だ。

今川家の一門譜代を切り崩そうと画策している以上、ここで城を預けて恩を売る事が最良だ。

そこで、水野家城代が預かっていた宮津城を、五百兵を預け任せることにした。

これは、後に義元や氏真が話を白紙にして、城代の地位を取り上げても構わないのだ。

一旦義直が与えた城代の地位を義元が取り上げれば、恨みは義元に行くからだ。

義元が認めた城代の地位を、氏真が取り上げれば最高だ。

恨みが氏真に向かってくれる。

国衆が取り上げられた城代の地位を取り返そうとすれば、義直に今川家の跡目を継がしたいと言う思いに結び付く。

城を預かった諸将は、家臣に城を任せて、義元に追認を求めるべく沓掛城に同道した。

知多半島の国衆地侍を連れて、沓掛城の義元に会いに戻ったが、ここで義直(今川家)に降伏臣従した事を、義元に追認して貰う事が最初の関門だった。

 

 『知多半島攻略時の戦力配置』

義直軍:二千兵  :大将・井伊義直

         :副将・井伊直虎・井伊直平

直盛軍:五千兵  :大将・井伊直盛

元康軍:二千五百兵:大将・松平元康

         :松平家副将・石川家成・酒井忠次

沓掛城:  五百兵:城代・浅井正敏・近藤景春

今川軍:五千兵  :今川義元

         :松井宗信・庵原忠縁・庵原忠春

         :富永氏繁・藤枝氏秋・一宮宗是

岡崎城:千兵   :城代・山田景隆

鳴海城:三千兵  :岡部元信

中島砦:五百兵  :岡部長定

善照寺砦:五百兵 :飯尾乗連

丹下砦:五百兵  :朝比奈秀詮

大高城:三千兵  :鵜殿長照

鷲津砦:五百兵  :朝比奈泰朝・朝比奈親徳

丸根砦:五百兵  :本多忠勝・本多忠真

平島城:五百兵  :井伊直元

名和城:五百兵  :井伊直成

清水城:五百兵  :中野直由

富田山中城:   :駒中左衛門尉

長草城:     :藤田民部

丸根城:     :富田知信

吉川城:     :花井播磨守平次・勘八郎

絵下城:     :矢田作十郎・松平元康家臣

丸山城(境城):  :酒井家の城

牛田城主:    :牛田玄蕃頭政興

有脇城主:    :石川與市郎

草木城主:    :竹内弥四郎

亀崎城主:    :稲生政勝

飯森城主:    :稲生光春

岩滑城主:    :中山刑部大輔勝時

中山城主:    :中山刑部大輔勝時の城代

成岩城主:    :梶原五左衛門

長尾城主:    :岩田左京亮安広

苅屋城主:    :鵜飼将監実為

河和城主:    :戸田繁光

刈谷城代:千兵  :瀬名氏俊

緒川城代:千兵  :関口親永

宮津城代:五百兵 :蒲原氏徳

坂部城主:    :久松俊勝

常滑城代:五百兵 :奥山朝利

大野城主:    :佐治為景

富貴城代:五百兵 :吉田氏好

布土城代:五百兵 :由比正信

上野間城代:五百兵:長谷川元長

細目城代:五百兵 :庵原之政

岡部城主:    :佐治九兵衛為成・9000貫

一色城:     :佐治為景の陣代

山海城山城:   :佐治為景の陣代

天神山城:    :佐治為景の陣代

須佐城:     :千賀重親

幡豆崎城:    :佐治為景の陣代・千賀重親

幡豆崎天神山城: :佐治為景の陣代

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