第2話1551年14歳・虐め・出産

『駿河・今川館』


「佐名大叔母様、よくぞ来てくださいました」

「当然の事じゃ。我が義兄・義元公の御子の大事に係わる事じゃ」

「お手数をお掛けして申し訳ありません。気の所為ならよいのですが、御屋形様の御子を身籠って以来、度々躓き転倒しそうになるのです」

「何か思い当たる事が有ると文に書いてあったが、いったいどういうことじゃ」

「特定の女中が後ろに付いて歩いて来る時だけ躓くのです。それが不思議でならないのです」

 控えの間にいた女中達が、凍り付く気配がありありと感じられる。

 当然だろう。

 一つ間違えたら、その場で手討ちになる案件だ。

 誰一人身に覚えなどないだろう。

 当然だ。

 私の自作自演であり、佐名大叔母様と打ち合わせて行う、奸悪な女を排除する為の芝居なのだ。

「ほう! それはただ事ではないな、どの女中の事だ?」

「あの者とこの者でございます」

 私は端女(はしため)に体罰を加えて虐待していた、二人の女を指示した。

「下郎ども、正直に申せば御慈悲も有るが、嘘偽りを申せば、一族郎党に及ぶまで罰せられると心得よ!」

「身に覚えなどございません! おとわ様の勘違いでございます」

「そうでございます。おとわ様の勘違いでございます。おとわ様を傷つけるなど有る筈がございません」

「おとわ殿、この二人は身に覚えがないと申しておるが?」

「実は佐名大叔母様、この二人は他人を虐めて喜ぶ癖があるのでございます。特に抵抗出来ぬ弱き者を責め苛む、悪しき癖があるのです」

「どういうことじゃ?」

「皆を連れて来なさい」

 私が幼き時から付き従ってくれて、寺にまで一緒について来てくれた、女中頭のみわが端女達を連れてくる。

 みな十歳未満の年端もゆかない女子だが、どの子も将来は美人になりそうな子供達だが。

 私に井伊家から送られてくるお金を遣り繰りして、総勢二十一人も養っている。

「この子たちがどうしたのじゃ?」

「服の下を見てやって下さい」

 私の言葉を受けて、あらかじめ指示しておいた通り、女中頭のみわが子供達の服を上げて見せた。

 そこには無残な青痣が幾つもあり、しかも二十一人全ての子供達に青痣が残っていた。

「これはどう言う事じゃ!」

「いえそれは、この子たちの粗相が余りにも多いので仕方なく」

「そうです。そうなのです。産まれも育ちも卑しい所為か、毎日毎日、何度も何度も、粗相を繰り返すので仕方なく」

「私は二人に何度も言いましたね。御屋形様の御子を無事産むために、功徳として孤児を引き取ると! 安産の為の功徳だから、この子達には優しくしてあげてと、何度も言いましたね。それを人から見えない服の下を狙って打擲を繰り返すなど、御屋形様の御子を狙った呪詛としか考えられません!」

「私にもそうとしか考えられぬな。ましておとわ殿の度重なる転倒は、御屋形様の御子を流そうとする策謀としか考えられぬ。これは寿桂尼に御報告して、御屋形様に御伝えして貰った方がいいでしょう」

 私と佐名大叔母様が仕組んだ謀略なのだが、直接私が寿桂尼様や御屋形様に訴えては、後々遣り難くなるかもしれない。

 ここは佐名大叔母様を挟んで、信用できない女中を排斥したい。

 それにこれで、端女の子供達を不当に扱う者は減るだろう。


『産屋』


「おっぎゃ~、おっぎゃ~。、おっぎゃ~」

「おとわ殿、おめでとうございます! 元気の男の子ですよ!」

 勝った! 

 二つ目の賭けに勝って、男の子を授かった!

 後のこの子を無事に育て上げて、井伊家の家督を継がせる。

 そして必ず今川家を乗っ取って見せる。

 だがその為には一人では心許ない。

 今川を乗っ取る子供と、井伊家を継ぐ子供の二人は欲しい。

 今一度義元から子種を手に入れなければいけない。

 日頃から寿桂尼を持ち上げ、公家文化を誉めそやしていた効果があったのだろう。

 妾待遇の私の子にも、産立(うぶだ)ちの祝いをしてくれた。

 これは内々に、私の子の格を上げる為に佐名大叔母様と相談して、関口家と新野家を巻き込んで祝いを届けてもらえるように画策したのだ。

 私の子が産まれた日を「初夜」、三日目を「三夜」、五日目を「五夜」、七日目を「七夜」、九日目を「九夜」といって、関口家と新野家が音頭を取って、寿桂尼を巻き込み産立ちの祝いを整えた。

 そして七夜には四郎の名前を手に入れた。

『駿河・今川館』

「もっとしっかり頑張りなさい。踊りでどこに行っても食べられるような技を身に着けるのです」

「「「「「はい!」」」」」

 産まれた子は、有り難い事に元気に育ってくれている。

 寿桂尼に取り入っている御蔭で、色々と便宜を計って貰えている。

 寿桂尼は、腹を痛めて産んだ義元の為に、遠江の安定を計る心算だろう。

 井伊家を義元の子が継ぐ事と、今川家内で家督争いが起こる危険を天秤に掛けて、井伊家を手に入れる方が得と判断したのだろう。

 まあそう判断させるように、日々義元大事、井伊家大事の女を演じて来たのだ。

 佐名大叔母様と母を通じて、関口家と新野家にも動いて貰っている。

 その一環として、私が集めた女の子に踊りを学ばせているが、踊りを伝授してくれる人は、寿桂尼が手配してくれた。

 寿桂尼も義元も、幼い子供が一生懸命に踊りの練習をしている姿を見るのは、とても楽しいようだ。義元に稚児趣味があるのは知っているが、幼女趣味まであるのかもしれない。

 だがこれで欲情してくれて、二人目の種を手に入れる事が出来れば上々だ。

 子供達には詩や和歌も学ばせる事が出来るようになった。

 最初は二十一人を養うのが精一杯だったが、寿桂尼と義元が、子供達を家臣や下向した公家の相手をさせる売春婦として活用する事にしたようだ。

 百人を超える子供達を養える手当を、私に与えるようになった。

 孤児や浮浪児を厭わず世話する私を、使い勝手がいいと考えたのだろう。

 自分達や身分ある家臣には任せられないが、妾同然の私にやらせるのなら丁度いいと、二人の眼が物語っている。

 私にとっても望むところだ。

 手足となる女達を、直接この手で育てる事が出来れば好都合。

 まして敵である今川の銭で、女達を養えるほど愉快な事はない。

「寿桂尼様、急な面会の御願いを聞き届けて頂き、有り難き幸せでございます。どうしても御相談したい事があるのです」

「顔色が悪いですよ、いったいどうしたのです?」

「実は伊那から文が来たのです」

「文ですか? その文にどう言う問題があるのですか?」

「死んだはずの許婚からの文なのです」

「なんですって! 一体どういう事なのですか?」

「実は私の大叔父二人は、家老・小野政直の讒言によって、御屋形様に自害させられているのです。ですがこれは、大叔父の子が井伊家の当主となる事を嫌った策謀なのです」

「それで? その許婚を助けろと言うのですか?」

「いえそうではないのです。私にはもう、御屋形様から御種を頂いた子供がいます。御屋形様の子が井伊家を無事に継げるように、主家に仇名すような不忠者を取り除きたいのです」

「元許婚と小野政直を殺してしまいたいと言うのですか?」

「主家を売り、井伊家を横領しようと画策するような者を残していては、御屋形様の子の為になりません。元の許婚の事は、私から何か言う事は出来ません。私は母でございます」

 義元の種をもう一度手に入れる事が出来た。

 男の欲望を掻き立てる方法を色々模索したが、一盗二婢三妾四妓五妻を考慮すれば、人妻を盗むと言う形が一番効果的に思われた。

 だから伊那からあの人が手紙を送って来たと、偽りの手紙を寿桂尼と義元に差し出し、私には元々婚約者がいた事を思い出させた。

 家臣の婚約者であった私を無理矢理抱くと言う、男の欲情をそそる状況を創り出したのだ。

 その上で粗末な着物を着て、女の子達を一緒に踊りの練習をしている所を見せつけ、身分卑しい奴隷を、妻に内緒で犯す事に近い状況を創り出そうとした。

 努力の甲斐あって、義元の種を手に入れる事に成功した。

 後はこの種が上手く宿ってくれれば、努力が報われる事になる。

 そして小野一族は根絶やしにされた。

 だがあの人は見逃された。

 義元はあの人を生かしておいて、その上で私を抱く事が楽しいのだろ。

 他人の婚約者を奪い子を産ませる事に、著しい欲望を感じているのだろう。

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