第16話秀吉と長秀の闇
「父上、大殿は一体何を考えておられるのでしょうか」
「いざと言う時の事を御考えなのだろうな」
「しかし、何故私達なのでしょうか」
「他の家臣にはやらせられない事なのだろう」
「それが分からないのです」
「与一郎。分からないのではなく分かりたくないのであろう」
「それは・・・・・」
「兄者は、味方の裏切りが怖いのだ」
「それは分かります。話に聞く浅井の裏切りや、荒木殿の裏切りを考えれば、退路を確保しておく理由は分かります。ですが何故それが私達であり、全軍が長浜まで引く準備なのですか」
「儂の口から聞きたいと言うのか」
「想像は付いていますが、父上から直接聞きたいのです」
「与一郎も楓から聞いていると思うが、儂も小六殿から聞いておる」
「父上」
「何も兄上が直接手を下すわけではない」
「父上、ですがそれは不忠です」
「戦国乱世とはそう言うモノだ」
「私は納得できません」
「では与一郎が諫言するか」
「それは・・・・・」
「それに、上様が隙を御見せにならない限り、何事も起こらん」
「・・・・・はい」
「家臣の誰が何時謀叛を起こすかは、誰にも分からん」
「・・・・・はい」
「野望に身を焦がし、不忠者になる決断を下すか、忠臣として生き抜くか、命懸けの決断なのだ」
「はい」
「瀬戸際で思いとどまるかも知れぬのに、讒言するような事も出来ん」
「大殿も、野望に身を焦がしておられるのですか」
「そうだ。だから我々に出来るのは、兄者の望みが叶うように、準備しておくことだ」
「退路の宿と兵糧の手配をしておきます」
「武器もだ」
「え。武器もですか」
「一刻でも早く、長浜まで駆け抜ける必要があるなら、武器や防具を投げ捨てて、ひたすら駆けることになる」
「はい」
「どこで留まり、どこで戦いになるか分からん」
「はい。では姫路と出石はもちろん、主だった城に武器と兵糧を入れておきます」
「金に糸目はつけるなよ。一刻の遅れが天下の分け目となり、生死の分かれ目ともなる」
「はい」
「それで高松城の方は大丈夫なのか」
「必要な銭と米は集めました」
「永楽銭六十五万貫文、米は七万石用意しました」
「よくやった」
「将監伯父上と与右衛門、それに大殿の所の石田佐吉が働いてくれました。それにしても、土俵一つに永楽銭百文と米一升は、高すぎる気もします」
「よく覚えておくのだ、与一郎」
「はい」
「何かをなすときは、敵に乗ぜられないように密かに素早く行わねばならん」
「はい」
「それとな、朝倉も武田も、一戦で多くの兵を失えば、立ち直ることが出来ずに滅ぶことになる」
「はい」
「破れて名声が落ちれば、商人も金を貸してはくれぬし、百姓も年貢を納めなくなる」
「はい」
「失った譜代の家臣はもちろん、雑兵すら集まらなくなる」
「はい」
「だから、負けぬ戦いをする必要があるのだ」
「だから銭で戦うのですか」
「そうだ。銭なら才覚一つで幾らでも集めることが出来る」
「それは父上だからです。他の者に出来ることではありません」
「そう思ってくれるのなら、儂から学ぶのだ」
「はい」
「それともう一つ、大切な事がある」
「何でしょう」
「敵に兄者の大きさと豊かさを見せつけるのだ」
「なるほど」
「それでなくとも、毛利に味方している国衆は動揺している。今ここで、兄者が古の秦の水攻めを再現すれば、一気に天秤が傾く」
「ここで戦う事なく、城を水で沈めるだけで、毛利が崩壊するのですね」
「そうだ」
「よくわかりました。ではもう一度手配りが十分か確認してきます」
「うむ。それと、もし姫路にまで戻るのなら、楓殿を見舞うのだぞ」
「しかし、それでは、家臣に公私の示しがつかなくなります」
「羽柴家にとっては、子供が産まれるかどうかもとても大切な事なのだ」
「はい。では行って参ります」
(やれやれ、来真面目過ぎる。だが、兄者の野望が遂げられた時は、与一郎が天下の主となれるかも知れぬ。ここは命を賭ける時だ)
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