100話目 王都を襲う者

「全ては我らが、グズグズと主様のお側にさんじるのが遅れたせいじゃ。」



 エルフの長は静かに語った。



「長い事、ワシらはエルフの王を待ちすぎて、本来の目的を忘れエルフ族だけで暮らしていたのじゃ。いつしか人間との交渉も途絶え、情報すら入らないよう山の奥深くで住んでいた。そのせいか、若者達は世の悪を知らずに育ててしまったのじゃ。まさかこんな山奥にまで、人が入ってこようとは思わなんだから。迂闊うかつじゃった。彼等の魔法は狡猾こうかつで慈悲が無かった。エルフの者は見目麗しいからのぅ。手に入れたがる者は多い。

 やがて村の多くの者が捕らわれ、売られてしまった。そして、精霊視眼のおさ秘匿ひとくも暴露され、利用されてしまったのじゃ。


 ワシの息子や妻達は今もエジントラン連邦に連れて行かれたまま、生きておるのか知る事も出来なんだ。トーサの血をひく春音様を裏切るつもりは無かったのじゃ。じゃが、愚かにも、ワシは奴等に手を貸してしまった。許してくだされとは言いませぬ。じゃが、一族の者達は許してくだされ。何も力を持たぬ者ですじゃ。」



 あたしは涙を流しながら、語るおさに何も言えなかった。


 国的に言えば、ここはブーケットじゃないし、裏切るも何もそもそも、そんな昔に彼等を置いて彼の国へ行ってしまったのはあたしの先祖だもの。


 力のないエルフ達はついていく事も叶わなかった。魔族やエジントラン連邦みたいな、どんな手でも使う、卑怯な事に躊躇ちゅうちょしない奴等だもの。清浄なエルフ達には勝てなかっただろうし。あたしに彼等を裁くことは出来ない。




 ただ、それならそれで、対策を考えるだけですわ。あたしの魔力がどんなものか解ったからって、だから何?


 舐めてません?一度攫さらったから力が上だとでも?あたしを抑えつけたつもりだった?



 ……ってか、笑わせる。




 奴等のやり方が気に入らないよ。


 これぞ悪役だよね。なんの蟠りもなく、安心して潰せるわ。



 あたしの怒りの魔力がメラメラと立ち上がり、カッと辺りを照らした。眩しい虹色の光が牢や洞窟全体に広がる。



 ハッと気がつくと。怯えるエルフ達と慌てて、あたしに力を抑えさせるシルバニアの姿に自分でも、かなり焦ってしまった。


 ヤバッ!せっかくの作戦が奴等に感づかれてしまう所だったや。

 危なかったぁ。アルフに我慢させているのに、自分じゃ抑えられないとか、台無しにしちゃったら怒られるわね。テヘッ







 しかし、転移で王都に戻ったアルフォンス王太子を待ち構えていたのはブーケッティアの王都の空を覆う程、おびただしい数の敵の飛空挺だった。その数、おおよそ300機程。


 黒い機体に赤いライン。エジントラン連邦か?奴等も相変わらず、懲りないな。


 奴等はこの期(春音がいない=大魔法が使えない)を逃すか、とでも思ったのだろうか。頭大丈夫か?


 春音が来る前だって、国を守ってきただろうが。馬鹿にしているのか?僕もシルバニアも出かけていたから?


 マグノリアもアミダラもミトレスも辺境伯領に行っているから?


 やはり内部に情報を漏らすスパイがいるからか、随分舐められたもんだ。それに最近、僕も暴れてないからな。


 アルフはニヤリと口の端を歪めた。



 このまま超高速で浮遊魔法で空へ飛んで行きながら、沢山の飛空挺を眺めた。※もはや浮遊というより、飛空魔法だ。


 飛空挺達から火の中級魔法が王都に向けて、次々と放たれる。

煉獄れんごくの炎」か?しかし、ブーケッティア王都上空には神殿と紐付いた防御魔法が働き、弾かれている。春音と共にかけた神力と魔力の魔法陣だ。


 ふむ。魔法には対抗出来るようだな。実際、使った事がなかったから、どうなるかと思ったが、これは中々だな。


 次は爆弾が投下された。


 これも王都を覆う魔法陣が輝き、弾き飛ばされた。幾つかの爆弾は敵の飛空挺に返され、敵の飛空挺は炎をあげる。


 王都の周りにも弾かれた爆弾が爆発し、辺りが火の海になっていく。


 なんて事してくれるんだ。整備するの大変だろうが。


 魔法で破片を拾うの大変なんだぞ。



 次に漆黒の闇魔法が使われた。

 夕陽に照らされた王都の中心にある王城を塞ぐように上空を黒い闇が包み込む。黒いオーラに包まれた煙のような魔法だ。魔法陣が七色に強く輝き、弾き返す。……が、少しダメージが見られるな。まだ敵には気取られてはいないようだが、このままではバレてしまい兼ねない。………不味いな。


 ……漆黒の闇魔法を退けるには、光の魔法であったな。


 僕は光魔法が苦手だ。解っている。使えるが、僕が使う他の魔法に比べて……かなりショボい。これは光魔法に対する僕の精神的な弱さから、光の精霊から魔力を使役する事に躊躇ためらいがあるから。いずれは克服すべき問題だとは思う。一国の主として、そうは言っても、今は時間がない。


 だから、今回は仕方なく、ウォレットから貰った辺境伯領地で採れた、光属性の魔石を使う事にした。僕だって、苦手なものは克服しようとしたさ。一応はな。………でも虹色魔法使いなのに、未だに苦手なままだ。


 アルフォンス王太子殿下は魔石を右手のブレスレットにめると、ささやくように唱えた。



「セイントレイ」




 途端に、アルフォンス王太子殿下の腕から眩い光線が飛空挺に向かい放たれた。レーザービームのような聖なる光の上級魔法だ。彼自身の魔力を使っているものの、聖なる光魔法自体は辺境伯領の鉱山洞から発掘された、珍しくも聖なる光の魔力を帯びた魔石を媒体として、放たれた魔法だ。


 あまりの光の強さに眩しさに、辺りは夕暮れの薄暗さが嘘のように、それは昼の陽の光より明るく、まぶたを開ける事が出来ない程だった。



 その光の魔法の強さは敵の飛空挺も容赦なく、溶けていく。


 彼方の世界でいえば、尋常じゃない程強力にした、レーザー光線のようなもの。



 ーーなんて魔力だ!!



 アルフォンス王太子殿下から放たれた強大な光魔法に、仲間の飛空挺がドロリと溶け落ちていく様を見て、慌てて転移して逃げだすエジントラン連邦の他の飛空挺達。


 だが、仕掛けてきたのはお前達の方だろう?…とまるで嘲笑うかのように不機嫌に顔を歪めて、アルフォンス王太子殿下は容赦なく逃げ遅れた敵の飛空挺達を次々と光魔法を打ち続けた。


 ーー何機落としたのか?


 顔を歪めて口元は笑っているが、アルフォンス王太子殿下の瞳は無機質で、そこに光はなく感情は見出せない。




 エジントラン連邦、領土拡大外地対策第一本部所属、ブゲルノ・オードリー将軍はブーケット王国に一矢報いてやると、王都ブーケッティアを襲った。


 領土拡大外地対策第一本部。つまり、他所の国から、土地を勝手に頂こう。侵略する事を第一の目的とした、山賊みたいな機関だ。しかも、そこに所属する連中は揃って脳筋だらけな阿保共ばかり。ブゲルノ自身も例外ではなく、王都さえ落とせばブーケット王国なんて簡単に全て手に入るのだと考えていた。代々軍部一族の脳筋男。父が病に倒れ、後を継いだ参謀のミゲルにいくら無茶だと諭されても、一向に意見を変えなかった。


 だが、珍しく、自身の強さに傲慢になっていたプライドの塊のような彼も目の前の信じられない光景に言葉を忘れ、大きな目を開け、見つめるだけであった。隣に立つ副官のアレン中佐にいくら声をかけられても、声も出せない。


 仕方なく、大佐の代わりにアレン中佐は部下達に命令した。



「撤退!!今すぐ前線離脱!転移しろ!!」



 鉄の塊がドロドロに溶けて、王都に落ちていくが、防御魔法で王都が覆われているせいで、まるで溶けた飴のように、王都の周りに垂れていく。コレも後で掃除するの大変そう。



 まだ上空に飛空魔法で浮かぶアルフォンス王太子殿下。その姿は魔力やオーラの強さで虹色に光輝き、髪はユラユラ逆立ち揺らめく。まるで人では無い者のような、彼の魔力の強大さに見ている者は皆、恐れおののく。


 人々は王都の防御魔法の強さに驚愕きょうがくした。やがて、大きな歓声を上げアルフォンス王太子を称えた。


 その日、アルフォンス王太子は己の魔力の強大さを敵にも、王都の民衆にも見せつけたのだった。






 敵と戦いながら、ボウっとアルフォンス王太子殿下は春音の事を考えていた。


 春音は拐われてしまった事を悔やんでいない。むしろ楽しんでいた。………危機感がない?違う。


 判っていた。あれは防ごうと思えば防げた筈だ。だって、いざとなったら、精霊達を呼べる。ダサーンだって、クロにだって今回、春音は頼ってない。そんなのあの春音が躊躇するわけがない。


 そりゃあ、最初は戸惑っていただろう。あの魔力で効かないなんて、普通ではあり得ないからな。だけど、途中から思いついたんだろうな。


 困ったもんだ。



 アレはワザとだ。



 絶対、気を抜いてたせいで、拐われたんじゃない。春音は謝ってたけど、春音に対抗した奴を探る為に、ワザと己を攫わせたんだ。奴の力に興味を引いたんだろうよ。


 ……ってか、僕にバレないとでも思ってたの?本当に困った人だよ。君は。

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