88話目 ジャンセン辺境伯領ー中編

 執事のセルゲイさんが息子のゲルダを紹介してくれた。執事見習いとしてジャンセン辺境伯領で暫く修行中だったらしいのだけど、目出度く今後は王宮でアルフの下に付く事になったらしい。



「ゲルダです。王太子殿下付きの執事見習いとして、働かせていただける事になりました。まだ未熟ですが頑張ります。宜しくお願いいたします。」



 メガネといい、ヒョロガリ気味なボディといい、深緑色のフワフワヘアを無理矢理撫でつけた頭もセルゲイさんとソックリだった。



「こちらこそ、セルゲイさんのお身内なら安心だわ。宜しくね。」





 日に日にジャンセン辺境伯の容態は安定してきた。


 痛みが軽減され睡眠をとれるようになったせいか、すっかり顔色が良くなった。食事も麦粥からパンや魚やシチュー等も食べられるようになり、身体を覆うオーラも欠けている所がなくなってきた。右手から魔力を流しても滞りがなく、かなり循環も良くなったように思える。自分でも手応えがあるのか、笑顔も増えてきた。一時時は余命幾ばくもなかったとは思えない程。


 おお!イケメンおじ様復活の兆しが!


 本当に良かった。


 これなら数日中には歩く為のリハビリも出来そうだわね。


 あたしはベッドの上でも出来る筋トレを指導した。



 このベッドで筋トレリハビリはかつて彼方の世界で教わったものだった。


 あたしは将来、看護士になろうと漠然とだけど思っていたから。医者になれる程には頭は良くないし、でも中等部の頃から、ボランティアで老人施設に通っていたから、お年寄りの方の手助けが出来る事が嬉しかった。


 高校でも看護医療の勉強はしていた。お嬢様学校だから、普通はエスカレーター式の大学へ行くのが殆どだけど、看護大学に行こうとかなぁと思ってはいた。


 両親が許してくれるとは限らないから、誰にも言った事は無かったけどいつも独りだったから、老人施設で頼りにされるのが嬉しかった。


 でも、アルフみたいな自然と動ける世話焼きな人を見ると、自信がなくなってきていた。あんな風に人が何を求めているか、気が付く人間じゃないと看護士には向かない気がしていた。


 だから、癒しの光魔法で医療に近い事が出来るのは正直嬉しかった。


 こんなガサツなあたしでもこちらの世界に来て、人の為になれたんだって自信を取り戻した気がした。



「春音様って一々面倒くさい!!気にし過ぎ〜ってか、そんな事で自信無くさないでくださいよ。そんなんだったら、カイトなんて生きていけないじゃないっすか。」



 ミトレスの天然攻撃に婚約者として認められた筈の高坂は「グバァッ」と項垂れていた。



「カイトなんて魔力ノミみたいに少ないのにチマチマ頑張って、何とか魔力増やそうと必死なんですよ?人の為に使える容量あるだけ凄いじゃないっか?」



「ゲフォッ!!」



「ミトちゃん……。それぐらいにしてあげて…。」



 アミダラさんが燃えカス高坂に気がついて、フォローを入れた。



「いくら何でもノミ並しか魔力が無いだなんて!目を凝らしても気が付かない位しか容量が増えてないだなんて、正直に言ったら可愛そうよ。」



「ゲハァァァ!!」


 トドメをさされたらしい。




 せっかく鉱山村に来ているのだからと、あたし達は鉱山に入って珍しい鉱石が無いかと採掘をする事になった。


 ミュラ達はメガエラとセルゲイさん達に任せた。鉱山村の子供達と遊ぶらしい。子供同士で遊ぶ事が初めてらしくて、めっちゃ楽しみにしているらしい。あたしはミュラの頭をクシャっと撫でた。



「楽しんできなさい。でも、仲良くするのよ?」



「「は〜い。」」



 ハイドランも楽しみだったのね。





 通常の鉱山洞は国の認可を受けて法にのっとり、領で管理をしている。だから、いくら王や領主の関係者といえど、あたし達が勝手に採掘する事は許されていない。


 しかし、一般に公開している鉱山では有料で体験採掘が出来る。


 意外と観光用の鉱山洞でも血源が良いのか、中々良質な物が採れる時があるらしい。


 時々ウォレット殿下が送ってくれるあたしが研究用に使うブツはこちらの鉱山洞で殿下自ら採掘した物を送ってくれているらしい。


 殿下の場合は採るのが趣味で、採れた物にはあまり興味がないのだとか。あくまで狩猟のように採掘するのが楽しくてしょうがないのだ。珍しい鉱石が採掘されただけでテンションがかなり上がるらしい。


 まぁ、それらをいつも大量に送ってくれるから、助かるんだけどね。



 今日は魔素の流れも穏やかで鉱石洞に潜っても、キツくはならないだろう。


 ミトレスと高坂とマグノリアさんと一緒に一般洞の中でも深いと言われている、モールツ鉱石洞に潜る事にした。


 レアな高品質を目指すなら、縦に深く潜る必要があり、通常は一日では到達出来ない。中盤に休憩をとる場所があり、そこで夜を明かすのが一般的らしい。朝早く出ても着くのは夜中になる。一般の中でもかなり上級者向けの鉱山洞だった。でも、浮遊魔法があるから足を滑らせても、落ちていくこともないし、なんなら浮遊魔法で降りていけばいいしね。


 ただ、魔素が濃いのでこんな穏やかな日でないと、高坂みたいな魔力が少ない者は魔力抵りにやられる。今日みたいな穏やかな日は一般の採掘者も多く、朝早い時間帯だったのにもかかわらず、モールツ鉱山洞の入口はかなり混み合って列を作っていた。



「あ〜、ちょい出遅れましたね。どうします?退かしますか?」



 マグノリアさんたら何言ってるんだか、王族権限とか使うつもり?そんなくだらないもん使うつもりもないよ。今回はお忍びの採掘なんだし、第一にマナー悪いでしょ!



「もう!ちゃんと並ぶのよ!あたしも高坂も彼方あちらの世界でもマナーの良い日本生まれなのよ!日本では割込みとかマナーの悪い事は良しとしないの!列に並ぶのは常識。どんな混み合っていても列を守るというのが他の国からも、驚かれ、賞賛されている日本人としての美徳なのに!そんなあたし達に割込めとか言わないで!!」


「その通り!乗物を乗る時や旨いラーメン屋とか新店舗の店とか、人気アトラクションとか、新商品発売から、チケット取りまで!むしろ列を見かけると何だか分からなくても、何か良いものなんじゃないか?とつい並んでしまうのが日本民族クオリティなのだ!」



「……いや、あたしは別に何か分からないもんには並ばないけどね。」



 あたしはそこは違うとちょっと高坂から離れて横目で見る。



「くっ…まさかの日本人習性に対する裏切り!そうか、そういや春音は元々スィーテニアの人間だったな!なんだよ!日本人の美徳とか言っといて!」



「ちょっとちょっと、ホラ!前空いたわよ!」


 ミトレスに背中を押されてあたし達はモールツ鉱山洞の中に入っていった。



 中は冷んやりしていた。春も終わりの季節。外は歩くとちょい汗ばむ位の陽気だったけど、中は最初は涼しかったが、降りていくにつれて気温が下がり、段々と寒くなってきた。


 皆、空間倉庫から上着を出して着込む。この先はもっと冷えそうだったから。


 地下10階位降りていくと地上とは別世界の風景が広がっていた。


 照明代わりの光魔石が所々に埋め込まれ、光の側に苔やシダのような植物だけが青々と生えている。

 先人が採掘した後の壁は穴だらけで凸凹している。もっと下に降りないと出ないだろうがこの先には階段は既に無く、降りる為のロープをかける場所が所々見える。


 時間短縮の為、ここまで来たら、浮遊魔法で降りられる所まで行ってみる事になった。


 目立たないように隠密の魔法をかけ、フワリと浮きながら静かに降りていく。途中、ゴツゴツした岩にザイルをかけて降りている一般採掘者が見えたが声をかけずに気がつかれないよう、そうっと降りる。


 地下30階位の深さまで降りた所で、横に進む洞窟を見つけた。


 中は暗く、光魔石の間隔がかなりあるので見難い。


 あたしは蛍みたいな光魔法をいくつか出して、あたりを照らした。


 先の方に広い空間があるのが判った。ここは広い採掘場になっていた。ここまで来るのにロープ等で来た場合、結構な時間がかかる為かキャンプ場のように、広場の隅にテントを張る人達もみかけた。


 きっと数日かけて採掘しているのだろう。


 あたし達も一旦、隅でテントを張り、テーブルやイスを出して早目の昼食を摂る事にした。


 手軽に食べられるようにと辺境伯城のコックに生ハムとチーズのサンドイッチを作ってもらっていた。


 ミトレスが水筒から熱いコーヒーを入れていると、先にテントを張っていた一般採掘者らしき男がミトレスに声をかけてきた。



「君達随分と優雅なお昼だね。こんな時間にここまで降りられるなんて、朝早くに出たのかい?」



 しかしそれに応えたのは高坂だった。



「ええ。朝の暗いうちに早く出たので、早い時間に着く事が出来ました。」(ホントは浮遊魔法使ったから、時間かからずに着いたんだけどね。面倒だから言わないでおくよ。)



「………ふうん。そうかい。」



 体はミトレスを向き、高坂に対しては目の端でチラと見て応えただけだった。


 明らかに、お前には聞いてないんだよと言っているような顔だった。




 ……何だコイツは。



「ここに来るのは初めてかい?ここまで降りると結構レアな物も採掘出来るよ。」



 またミトレスだけを見ながら、話しかけている。



 しかしそれを完璧にスルーして、ミトレスはコーヒーを持ってあたしとマグノリアさんに渡した。



「春音様、冷えますので、どうぞ温かい内にお召し上がりください。」



「ありがとう。いただくわ。」



「あれ?君、この子の侍女かなんか?良かったら僕にもソレ一杯いただけるかな?」



 コラ!あたしを指刺すな!!



 それにはマグノリアさんが応えた。



「悪いね。人数分しか入れてもらってないんだ。」



 鋭い眼光で口元だけ笑っているマグノリアさん。

 ただ笑っているだけなのに、その気迫に男はビクついた。



「…そ、そうですか。それは残念です。失礼しました。どうぞごゆっくり!」



 慌てて、そそくさと離れていった。


 あの慌てっぷり!多分、ミトレスに気をとられて、マグノリアさんが見えていなかったんだろね。こんなんいかついデカイ兄ちゃん。気が付いていたら、声なんて恐ろしくてかけてないでしょ。


 如何にも戦士って感のある引き締まったボディは迫力があるもんね。


 さて!食事が終わったら、午後からいよいよ採掘です!

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