87話目 辺境伯領へ再び訪問です!

「ハルネ〜!ミュラこんなに泳げるようになったよ!!」


 あちゃ!大きく足をバタつかせミュラがスイスイと泳いでいる!お風呂のマナーは教えてはいないけど、厳しい帝国のお嬢様だったんだからと、まさか泳ぐとは思わなかったよ。しかもミュラがこんなにお転婆さんだったなんて!


「こらこら!お風呂の中では泳いじゃいけません!お風呂はゆったり温まるものですからね!」


「え〜‼︎駄目なの?こんなに広いのに!勿体ないですぅ。」


 口を膨らませてむくれる顔も可愛いけど、絆されてはイカン!駄目なものは駄目!


「お風呂のマナーですからね。そんなに泳ぎたいなら、もう少し暖かくなってきたら、プールでも何でも作ってあげるからね。ここでは我慢よ!」


 ミュラの頭を撫でながら、あたしは泳ぐのを止めさせた。



 ここはジャンセン辺境伯領の鉱山村に以前あたしが作った温泉施設。


 あたしの命を狙う敵等から姿を隠す為、あたし達はジャンセン辺境伯領でジャンセン辺境伯やウォレット殿下達に再びお世話になっているの。


 なんか落ち着くのよね〜。ここってアルフの身内の領だからか、働く侍女さんや侍従の方々、町の人々が皆、温かい。


 前回来た時に町や辺境伯城で温泉施設とか、ベンチとか魔石の街灯とか、その他諸々、便利に使えそうな物を考案しては作ってあげた事がすごく喜ばれたみたいだった。


 まぁ…皆、元々、心根の優しい人達だから、何もしてなくても温かく迎えてくれただろうけどね。


 アルフは敵を撹乱させる為に王宮に残り、対応してくれているみたい。早く片付けて自分も辺境伯領に行くから待っていて!と涙ながらに言われた。


 シルバニアがいないと不安そうだったから、残ろうか?と言ったら、女王に早よ行け!って追い出されたよ。



 うぇ〜ん。これって嫁イビリ?



 本当はあたしだって一緒に戦いたかったのに。女王もアルフに一緒に戦っても良いような事言ってたらしいのに。急に辺境伯領地へ行けと女王命令が下った。


 でも、一応、アルフが心に抱えていた事情をやっと話してくれたんだからと、大人しくこちらに来たんだ。


 だって何も教えてくれなかった事が嫌だったんだもん。アルフの奥さんなのに!苦しい時も側で支えるのは妻の仕事でしょう?


 何も出来ないなんて悔しかった。

 でも、足手纏いにもなりたくない。だから、あたしに出来る事をしようって思ったの。アルフは忙しくて手いっぱいだから、やりたくても出来ない事。手伝えば良いのかもしれないって。そう思ったんだ。


 それにミュラ達まで巻き込んでしまうかもしれないと思ったせいもある。


 唯でさえ、帝国で怖い思いをして逃げて来た二人だから、また怖い思いさせるのは流石に可愛そうだものね。


 今回はマグノリア夫妻、ミトレスと高坂が護衛として、側に付いて来てくれている。最強個性的なメンバーだ!!


 ジョージやオーレン等、他の近衛部隊はアルフの元に残って、敵の一掃作戦に参加するらしい。



 ミトレスと高坂はあたし達の新婚旅行中から、彼方の世界に二人で行ってきたらしいよ。なんでも高坂の父上に結婚の許可をもらいに行ったらしい。


 高坂の家の跡取りはどうやら生まれて間もない弟が全てを継ぐ事になりそうだって。


 正直に異世界の話をしたら、最初はふざけるなと父上様に殴られたらしい。そして、暫くはそれ以上話を聞いてくれなくなってしまったそうで、それで時間がかなりかかってしまったらしいよ。


 そりゃ!直ぐには信じられないよね。


 高坂が父上様のタバコに何気なく火魔法で火を付けた所で、やっと高坂の話を聞いてくれるようになったらしい。


 ミトレスが高坂が殴られた時に魔法を発動しそうになって、ギリギリ我慢して大変だったらしいよ。


 その時部屋の温度が急低下して、辺りを凍りつけそうだったとか。危ない危ない。見た目は素朴な赤毛のアン風だけど、ミトレス切れるとヤバいからね。


 アミダラさんとミトレスとミュラとお茶会やっていた時に色々お惚気聞いちゃった。……イヤ、聞かされちゃってか…。


 やっと結婚の許可をもらって、清々しい顔で戻ってきた所にあたし達が転移してきたもんだから、もう惚気られて惚気られて本当に大変。


 以前の殿下とハルネ様の惚気返しだ聞きやがれとか言われたよ。


 ふふふ。頑張ったんだね。ミトレス。おめでとう!



 そんなラブラブ話で砂糖吐きそうになった後に、ウォレット殿下から相談を受けた。



「…大変お手数ですが、僕の父上の事で相談がありまして、聞いて頂けますか。」



 あああああ!そうだった。そうだった!ジャンセン辺境伯の病気を診ようと思ってたのも、こちらに来た理由の一つだったっけ。危なかった忘れてた。


 あたしはコクリと頷いて急いで辺境伯の部屋へ向かった。



「症状は何がありますか?具体的に教えて下さい。どこか痛むとか何か気になる事はありますか?」


 早歩きしながらウォレット殿下に現在の病状を尋ねた。あたしは気がつかない間に最速魔法を使って走っていたみたいで、ウォレット殿下がハァハァ息を切らせながら、あたしに着いてきて説明をしてくれた。(!!!…はっ!!…ハルネ様!こ、これも訓練か!?ハルネ様は息も切れていない!まだ自分はまだまだって事か!!)



「せ、咳が止まらなくて、夜中が特に酷いです。時々、血液も混ざる時があって、苦しそうです。アルフォンス叔父様が空気を肺に送る機械を付けてくれて、だいぶ呼吸は楽になりました。でも微熱がずっと何ヶ月も続いています。顔も白くて、時々手足が冷えるようです。」(グハッ!!い…息を整えられん!走りながら、普通に話すとは凄い訓練だ!アルフ叔父様にさえ、こんな方法は教えられていない!!)


ちょっと勘違いしている、真面目なウォレット殿下は息も絶え絶えになった。



 喘息みたいな肺の病気なのか、血が混じるなんて結核じゃないと良いけどなぁ。心臓の病気の可能性もあるし、もしガンとかだったら、癒しの光魔法で効くのかもわからないよね。



 ジャンセン辺境伯の部屋に入ると彼は奥のベッドから身を起こしていた。


あたしはまずはご挨拶をした。



「ハルネ・ダナン・ヴィオラ・ブーケットです。ジャンセン卿どうぞ、面をあげて楽になさって。これからお体を診察させてくださいね。」



「……こ、これは王太子妃殿下。この度は出迎えも満足に出来ずに、大変不甲斐ない。……お手数をおかけして申し訳ございませんが、宜しくお願いいたします。」



 ジャンセン辺境伯はベッドでぎこちなくこうべを垂らした。


 ジャンセン辺境伯は青白く痩せて細くなった体を震わせて、必死に自分で体を支えていた。ウォレット殿下が直ぐに背中を支えていたが、あたしは寝かせるように指示した。


 かつては王宮の美女達を虜にしたと噂のエメラルドの瞳は健在だったが、長患いをしたせいで自慢の金髪も艶がなく、頰はこけて痛々しい程であった。



 あたしは光魔法と検索魔法の応用で体を検査する事にした。


 最初はあたしの右手を体より少し離れて、光魔法をジャンセン辺境伯の体に充て、彼方の世界で言うとレントゲンや超音波検査みたいに透過させて検査をした。


 すると肺の下部に白くモヤモヤとした箇所があった。肝臓も少し腫れて肥大している。心臓の動きも良くないな。


 次にジャンセン辺境伯の右手首を取ると少しの魔力をマーカーのように流してみる。体の血の流れや魔力の流れを感知し、滞る場所を見つけると、今度は光魔力を流してみた。僅かな異物を感じる。先ずは深刻な場所から。


 心臓の血管が詰まっている箇所があったので、詰まった塊に僅かな電魔法と光魔法を流し、赤血球位の粉々にする。こびり付いた脂の固まりも溶けて、直ぐに流れていった。


 次に肺の中の塊に集中して、癒しの光魔法を照らす。段々と小さくなり、最後はモヤモヤもなくなった。


 最後に肝臓にも癒しの光魔法を全体に照らした。肝臓の細胞の中の脂のような物が小さくなり、流れていくのがわかる。


 ジャンセン辺境伯の体が温まってきた。青白かった肌も血液の循環がよくなり、赤みを帯びてきた。


 先程まで苦しそうだった浅い呼吸も楽になり、気が付くと深い呼吸をして眠っている。恐らく息苦しさでまともに睡眠も取れていなかったのだろう。


 眠っているジャンセン辺境伯の体をもう一度、光と検索魔法で検査したが、今度は滞りなく上手く血液も魔力も循環しているようだった。



一先ひとまず、このまま眠っていただきましょう。」



 酸素や点滴だけはそのままにして、ジャンセン辺境伯の部屋から一旦出た後、ウォレット殿下に容態が安定するまで、暫くこちらに逗留して様子を見る事を告げた。



「これで病状が一時的に良くなったのか、回復したのか観察していかなければなりません。これから何日間か数回に分けて、癒しの光魔法を体全体にかけて、様子を見ていきましょう。」



 ウォレット殿下は明らかに安堵した顔で目に涙を滲ませていた。



「ありがとうございます。春音様。ありがとうございます。ありがとう。………正直もう、駄目だと……。」



 ウォレット殿下の肩を摩ると、彼は体を震わせ、涙を堪えていた。


 取り敢えず、間に合って良かった。医者じゃないから、病気には詳しくないけど、癒しの光魔法の効果があって良かったよ。


 アルフの話だと、ウイルス系の病気には効きにくいって言ってたもんね。


 シルバニアも何度か試したらしいんだけど、あまり良くならなかったらしいの。癒しの光魔法も人によって効果が違うらしくて、シルバニアの場合は漆黒の闇魔法や傷とか痣には効果が高いけど、病気系にはちょい効果が低いらしい。


 光魔法使いも癒しの光魔法まで使える人が少ないらしいし、あたしの場合は精霊がサポートしてくれるから、他の人より少々特殊な光魔法を使えるのだとか。


 う〜ん。


 こんな状態なんだったら、新婚旅行の前に来るべきだったわよね。

 そりゃあ、神殿復活もやらなくちゃいけない事だけど、ジャンセン辺境伯を苦しませていたのに、浮かれて旅行に行っていた事実にあたしは罪悪感を覚えた。


 アルフは光魔法に対して、お姉様の時の事でまだどこか引っかかっているのかもしれないね。懐疑的というか、触れたくないっていうか。






 そんなアルフは女王とダンビラス、トッテンベール、キンバレス、ジョージ、オーレンと一緒に女王の執務室で昼食をとりながら、王都に潜む敵の一掃について、掃討作戦会議をしていた。



「今回の作戦は短時間で一気に行う。敵に気付かれない為と逃がす隙を与えない為だ。従って一人一人の働きが重要になる。皆、心して取り組んでくれ。」



 ダンビラス軍部大臣は皆の一人一人の顔を見ながら話した。



「オーレンとジョージは近衛部隊を二班に分け、其々の隊長に着く。オーレンは王都東部門からジョージは西門から夜明けと共に行え。」



「「はっ!!」」



「私は騎士団を使い、南門から一気に攻める。途中合流した場合も各自妨げないよう、伝令しろ!決してお互いを妨害するような行為は認めない!」


「王宮の門の前はキンバレス導師とシールス魔導師達が待ち構え、王宮に向かう者を掃討する。」



「そして、各王宮は女王の近衛部隊に守らせる。」



 そう、女王の近衛部隊とは紅の薔薇部隊と呼ばれる400人以上もいる部隊だ。其々、剣、魔法、体術に優れた者達を集め、日頃から厳しい訓練を行っているエリートの精鋭部隊だ。その強さは王宮騎士団でさえ、敵わないと噂されている。


 かつて魔族に家族を奪われた女王が二度と同じ轍は踏まないと弱い心を奥底に閉じ込め、氷の女王と呼ばれる程に厳しく全てを注いだ部隊だった。



「当日、妙な動きを見せた者は即刻捉え、歯向かうものは切り捨てよ!我が国を蹂躙しようなどとふざけた者等は二度と考えられぬよう全て消し去ってしまえ!!」



 女王の怒りは半端なかった。



 アルフから後から聞いた話ではこの姿をあたしやミュラに見せたくなくて、(怖がられたくないから?)ジャンセン辺境伯領に避難させたのが本当の理由らしい。


 あんなにアルフと一緒に戦わそうとしていたのに、女王と一緒にというのは……却下らしい。

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