47話目 式の準備と高度魔法勉強中

 今日は廊下を歩くだけで、ツンと鼻が痛くなる程寒い。12月にもなれば当たり前だけど、此方の世界も四季はある。寒いのは一緒ね。


 窓ガラスの曇りを手で払い、ブーケット平原を見ると、薄っすら白く雪が覆っていた。遠くに見えるバニシルビアの山もオールの山も白く煙っていた。

 昨日から降り始めた雪はみぞれ混じりで、深く積もりはしないが、ブーケットの大地も空も何もかもを冷やした。


 中央会議室に向かったあたしは、ケープを掴み直して、少しでも暖を取ろうと開いた隙間を埋めた。体を震わせていたあたしに、先を歩く王宮執事のカイルさんが、会議室は火が入って温かいですよと励ましてくれた。



「……で、どうなの?予言は回避出来ているのかしら?一応、今回の討伐で、魔族が東西南北に仕掛けたものは、なんとか撤去した訳だけど。」


 あたし達は自室の会議室ではなく、王宮会議室に雷の精霊ダサーンと闇の精霊クロの2人の精霊達を呼んでいた。


 予言回避の確認の為だった。心の中で話しかけても良かったんだけど、国の存続に関わる問題なので、アルフや王宮の方々も精霊が姿を現した状態で、精霊に確認したいという事だった。


 女王、アルフ、あたし、ダンビラスさんとシルバニア、そしてあたしは初めてお会いする、宰相のトッテンベールさん。深い緑の髪と同じく深い緑の瞳が思慮深さを感じさせる、落ち着いた雰囲気の男性。細身で高身長。多分、190cm位じゃないかな。実はアミダラさんのお父様。この予言は国の未来を左右される事情なので、トッテンベールさんも宰相として、リアルで情報を確認したいとの事だった。


 闇の精霊クロは言った。


「…うむ。そうじゃな。大きな災いはまだ回避出来てはいない。先に伸ばされ、少し猶予が出来たという所じゃの。小さな諍いの種は大分削がれたが、油断は出来ぬぞ。今やそなたの力は知れ渡る事となった。迂闊に手を出せない事は解ったようじゃが、それで諦めるような輩ではなさそうじゃ。

 じゃが、そなたに呪いを返された者達はかなり驚いたようじゃぞ。己に驕り、そなたの力を見くびっておったからのう。呪いは呪った者へ返された。今頃は痛手を癒している頃じゃろう。その分、次はこうはいかんかも知れんぞ。」


 闇の精霊クロは淡々と瞳を白く微光ながら、話した。


「……以前起きた悲劇のように、此度も魔族と手を取りあったものが居るぞ。まぁ、其奴を探す必要は無いがの。」


 映像を観ているように、顔を左右に動かしながら、クロは伝えた。


「…東西南北に仕掛けを作り、その間にある王宮に…魔界と繋がらせるべく、穴を開ける事が目的だったようじゃ。……仕掛けを壊された魔族達は怒り、手を組んだ者達を制裁の為、……文字通りに切り捨てる光景が視える。……明日、ケルピーの森にある湖を調べよ。首の無い死体が、見つかるじゃろうて。」


 ウェェェ〜〜!

 死体?また、湖を汚したの?

 ふざけんな魔族!せっかく、綺麗に浄化してきたのに。


「王宮を清める為にも、お前さん達はそろそろ式をしたらどうじゃ?頃合いじゃろ?精霊の祝福も更に受けられるじゃろうから、祝福は王都の守りにもなる。小さな諍い位なら吹き飛ばしてくれる程、大いなる加護が国全体にも得られるじゃろう。また、祝おうとする民衆の想いがより、強固に加護の力になるのじゃ。」


 白い目が黒くなり、瞳に光が戻ってきたクロは、何か言いにくそうな顔をした。


「……どうかした?」あたしは聞いてみた。


「……漆黒の闇魔法は聖なる光魔法に弱い。じゃから、聖なる光魔法の使い手達は狙われる。その者達を強くする事が、魔族に対抗するには必要じゃ。ま、お前さん程になれば、反対に力を抑えないと敵どころか、味方まで危ういがの。フォッフォッフォッ。」


 はぁ?

 聖なる光魔法って、闇以外には痛手を与えられないでしょう?どういう事??


 ダサーンがクロの代わりに答えた。

「つまり、それは聖なる光は心が闇に喰われた者にも、影響を与えるって事ですね。闇を払うのは臭い匂いの一掃にも、役に立つという事です。」


 すると、急にクロが怒り出した。


「闇が臭いみたいにいうな!!闇の力は本来、心を落ち着かせ、安らぎを与えるものじゃ。そこに匂いはない。漆黒の闇と一緒にするな!!キンキラキンの頭の軽い奴は、脳みそもギラギラなんじゃろうて!」


 ああ、ああ、怒らせちゃって、ダサーンって毎回思うけど、一言多いのよね。


「という事はやはり、国を守る為にも、アルフォンス王太子殿下とハルネ様の婚姻の儀を早急にそして尚且つ、盛大に執り行う事が、今は必要って事ですね。」トッテンベール宰相が目を輝かせて言った。女王もアルフもシルバニアもニコニコして、嬉しそう。精霊がまた祝福してくれるって、と嬉しそうに互いを見ながら言い合ってる。


「そろそろ、高度な呪文も勉強せねばなるまいな。今なら、すんなり見に入っていくじゃろう。完全体になるのは、ちと早過ぎかと思うとったが、運命じゃな。」

 クロはあたしを通り越した、遥か未来を視ているようだった。


 そんな訳で、年明けすぐに結婚式を挙げる事になった。年明けの祝いの儀に結婚の祝いの儀。両方いっぺんにやっちゃえば、予算も少なくて済むし、祝い=邪気払いにもなって、国の守りの加護が強くなるらしい。当日は精霊達も立ち会ってくれるので、式に出たがる人が殺到した。


 本当はひっそりと、身内だけであんまり派手にしたくなかった。

 でも、アルフの立場もあるしね。覚悟していたけど、想像より遥かに大変そう。大丈夫かな。


 後は王立議会で正式に話し合って、日時が決まるらしい。

 それまで、あたしは暇に……なる事はないらしく、それこそドレスのデザインどうたら、王家のマナーだの、しきたりやらがまた始まった。


 あぁ、辺境伯城の執事のセルゲイさんが懐かしい。元気にしているかなぁ。


 しかもその隙間に、高度な呪文も覚えさせられた。婚姻の儀を行う事で魔を退けられるのなら、それを阻止しようとする輩が出る可能性があるからね。この呪文は通常の魔法発動とは違って、頭を使う事が多い。ルーン語、魔方陣の書き方、発動方法、発動範囲の計算方法。まるで理解の実験のように、何度も計算しては実践する。


 一日中、魔力を消費したので、あたしは生まれて初めて、魔力の限界を知った。限界を知る事は魔族との戦いになった時に、どれ位魔法を使えば良いか、これ以上はダメだとか、魔力が回復していく早さを確認出来たりと、今まで出来なかった事を知った。

 毎日の魔法特訓で、あたしは転移魔法まで習得出来た。これで、今まで行った事のある場所なら、瞬時に行く事が出来る。人も運べるけど、やはり皆と一緒で1人運ぶのがせいぜいだった。いざ避難する時は限界があるな。


「重さが重要なのかな?軽くしてから運べば、二人一度にいけないかな?」


 ミトレスとジェーンとあたしで3人抱き合いながら、軽量魔法の後に転移魔法をかけた。発動しない。駄目だね。

 魔力量?そもそも転移魔法の種類が違うのかな?魔法研究が好きなアルフやアレキサンダーとミハイル、シルバニアを巻き込んで、王立図書館で本に埋もれて、調べる日々だった。



「そもそも、一度に避難て無理でしょ?ある程度は仕方ないんじゃないですかね?転移魔法を覚えられる人だって少ないのに。」ミハイルがブーブー煩い。


「魔方陣で転移する事って出来ないの?魔方陣自体は既に設置しておいて、何かキッカケを作って発動させるような事って、出来ない?」と聞いてみると、アルフが答えた。


「魔方陣自体は作れるけど、問題はキッカケだよね。魔力に反応では危ないし、文字を減らして、逃げる時に書くって手もあるけど、それも不完全で危ない。」


 ダサーンが運べるのも、祝福を受けたあたしとアルフ、シルバニアの虹色魔法の3人だけだった。雷魔法使いは雷を使うだけで、ダサーンの存在自体を感じる事は出来ない。


 魔法防御の魔方陣にも種類があって、大きく分けると魔法発動を消去するものと相手に跳ね返すものとがある。アルフがくれた指輪やドワーフがくれたペンダントとネックレスには跳ね返す呪文が刻まれていた。跳ね返すタイプのものは魔力消費が大きく、時間もかかるので、持ち物に施す方が多い。消去するタイプの方が魔力消費が少ないし、時間もかからないので、実戦中にも呪文をかけられる。なので、魔法訓練中に書いて、敵を倒すという実戦を模倣した訓練をやってみた。これがかなり辛い。高速魔法を自分にかけながら、ルーン文字を空中や地面に刻む。文字がズレても発動しないし、下手すると刻む前に爆発してしまう。あたしは身をもって、何度も痛い思いをして体験した。


 婚姻の儀で最初に着るドレスはママンが用意してくれた、由緒あるドレスだった。妖精のオーガンジーという、薄くしかもよく見ると模様が編まれて、織られている。

 模様はルーン文字。あたしのご先祖様から代々、娘に受け継がれた祝いと守りの呪文が施されているドレス。多分、現存する物の中では最強と言われている、王宮の倉庫に眠っている多くの物達よりも上らしい。トーサの魔術の結晶のようなものらしい。昔はもっとあったらしいのだが、少なくなってしまい、このドレスとママンが指にはめている指輪とペンダントが最後らしい。あたしより魔力が少ないママンには必要な物だった。このお陰で仕事が出来ていたらしい。


「いずれ、春音が継ぐ指輪よ。まずはドレスを受け継いでね。そして、あなたの未来の娘がまた受け継いでいくの。」




 そうこうしている内に、12月24日、彼方の世界ではクリスマスイブが来た。こちらの世界では特に何もなくってあたりまえか。


 此方には此方の神様が嘗ては居たらしいからね。神様はどこに行ってしまったのだろう。人間を見捨てたの?

毎日の勉強漬けで疲れたので、風の精霊のサラとダサーンとクリスマスクッキーを焼いて、お茶をしながら精霊や妖精、神様の事を2人に聞いていた。


 あたしの祖先は黄昏の地という、行ったら二度と帰ってはこられない。永遠に生きられる所に行ってしまったらしい。

 永遠に生きるって、そんなに大事?人間に愛想尽かしたから?


 でも、トーサ・デ・ダナンの子孫がまだ居るのに、神様は悲しんで居なくなってしまうなんて、随分薄情よね。人間と妖精の子供など、認めていなかったってこと?



 ダサーンに聞いてみた。

「トーサ・デ・ダナンって、どんな妖精だったの?」


「おや?言ってませんでしたかな?トーサ・デ・ダナン族とは妖精国の王族です。嘗て、この世界には沢山の妖精がおりました。妖精の国もあり、妖精の王宮もありました。その妖精の国を治めていたのがハルネ様のご先祖様でございます。」


「妖精の国なんてあったんだ。今は無いの?」それは聞いた事なかったな。


「もう今は国はありませんな。彼らは人間の王族と仲良くなり、彼らに沢山の知識や技を伝えたのですぞ。

 ですがある時、人間の姫がトーサの王子に恋をして、彼の子を身篭った事が、不仲になる始まりでした。姫の父王が婚姻の式の前に身篭った事を良く思わず、妊娠中の姫ごと、誰にも分からぬ場所へ追放してしまいました。ですが、トーサの王子が彼女を見つけだし、自分の王宮に招き入れました。そして、妖精国だけで式を挙げ、幸せな生活を送っておりました。それを良しとせぬ、人間の父王は姫はトーサの王子に誑かされ、攫われたと民衆に嘘を吹き込んだのですぞ。


 妖精を国の領地に入れてはならぬとおふれを出し、妖精の国との境目に大きな魔石で結界を作りました。ある時、王妃の危篤の知らせを受けた姫が自分の娘を連れて里帰りをしたのですな。しかし、王妃は危篤所か病気にもなっていなかったのでした。父王の策略で、娘に会いたくなってしまった為、姫を取り返したかったからでした。二度と妖精の国には返さないと、姫と孫娘を強固な結界の中へ監禁してしまったのです。


 姫を取り戻したかった王子は結界に触れ、妖精にしか効かない呪いを受け、粉々に飛び散りました。妖精族の王は人間が裏切った事を嘆き、人間に与えた全ての神の祝福も加護も取り去りました。そして、妖精の孫娘は人間の国に残り、トーサの者達は黄昏の地へ旅立ってしまいました。別の土地へ行く者や残って森で暮らす者、他の世界へ移る者、様々いました。トーサの血を受継いだ姫の娘は魔力が高く、皆、虹色魔法持ちでした。だが、代を進む内に血も薄れ、ハルネ様みたいな隔世遺伝のように突然、血が濃く出る者も時々はいたようですな。」


 ん?あれ?

「ではアルフの祖先の血とあたしの祖先て、繋がっているの?」


「アルフさんは別の血筋ですな。ハルネ様は妖精王の孫娘の血筋です。姫は妖精の王子を偲び、孫娘を連れて、祈りの神殿の巫女になったのですぞ。アルフさんは別の場所、オールの山の向こうから、この場所へ移って来た者達で、彼らもまた別の妖精の血筋です。長寿な家系であるようです。彼らや巫女の祈りのおかげで、暫くは神もこの地に留まっていたんですが、時と共に神を崇める者も少なくなりました。神は去り、ハルネ様のご先祖の巫女達も祈る事もなくなり、教会から去ったのですな。」


 巫女か。この世界に来た時に見た、あの教会みたいな場所は、その巫女が祈っていた場所なのかな。



 今日は外が騒がしい。王立騎兵隊や王立騎士団の人が沢山集まっていた。其々、装備を整えているし、訓練という感じじゃない。何かあったのかしら?


 急いでアルフを探したが、何処にもいない。自室にも近衛兵宿舎や王宮会議室にも居なかった。

 侍女のメガエラに何があったのか聞くと、ウラヌス渓谷から東に行った場所から、オーガの群れがこちらに向かっていると情報があったらしい。


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