第91話生鮭と白鳥の価値
1539年1月『筑前国・大宰府』種子島少弐時堯・11歳
「少弐様! これは生鮭を焼いたものでございますか!」
「そうだが、それがどうかしたのか?」
「よくこのようなものが手に入りましたな!」
「なあに簡単な事だ、ちょっと越後まで飛んで集めて来ただけさ」
「なんと! 少弐様直々の我らの為に集めて来て下さったんでございますか!」
「ああそうだ、塩鮭や燻製した鮭なら交易でいくらでも手に入るが、生鮭は流石に難しいからな。それに鮭だけではないぞ、二の膳の汁に入っている白鳥も俺が集めて来たものだ」
「なんと! 二の膳の汁には白鳥が入っているのですか? ここにいる全員の分を集めて来て下さったのですか!」
酒が入った御蔭か、俺に多少遠慮しながらも話しかけてくる者が現れた。余り怖がられても遠慮されても困るのだが、馴れ馴れし過ぎるのは嫌だ。
だがまあこのように、俺が集めた食材を褒めてくれたり喜んでくれるのは素直にうれしい。確かに九州に住む国衆や地侍には、生鮭と言う珍しく高価な食材を食べる機会など一生ないだろう。それに白鳥も普通には食べる事が出来ない食材だ。
若狭の国では、昔は朝廷に10日毎に雑魚、節日ごとに雑鮮味物、さらに年に一度だけ生鮭、ワカメ、モズク、ワサビを御贄として納めることが定められていた。それに白鳥の塩漬けも確か朝廷への献上品だったのではないか?
だが今の戦乱の世では、御贄を納めている国や村などほとんど存在しないから、朝廷はとても困っていた。
まあいまは俺の献金献納で昔に近い生活を徐々に取り戻してはいるが、俺がコケたら元の生活の戻ることになる。まあそうならないように、周囲の大名に遠慮しながらも官職を与えて支援してくれているのだろう。
「うん? どうしたのだ、鮭は嫌いなのか?」
「いえ、このような高価な珍品は家で待つ家族の者にも食べさしてやりたいと思いまして」
そっと懐紙に鮭の塩焼きを包んで懐に入れた国衆が目に留まったので聞いてみた。
そうか!
そうだよな、転生を重ねた俺の記憶の中でも、貧しい時代には葬式や年行事の料理を、その場では傷み易い生モノだけ食べて、後は手を付けずに家族に持ち帰ったものだ。家で待つ子供たちの喜ぶ顔が見たくて、食べるのを我慢する父親が多かったな。
納屋の在庫は大丈夫だったな。
「皆の者聞いてくれ、四の膳で皆に家族に持ち帰ってもらう鯛の塩焼きを用意していたが、今の皆の反応を見ると鮭が随分喜んでくれるようなので、鯛の塩焼きに加えて鮭の塩引きを土産に持って帰ってもらおうと思う」
「「「「「おぉ!!!!」」」」」
凄いどよめきだな!
宴会場が揺れた気がするぞ?
食材管理や交易担当の家臣が慌てふためいているけど、俺の記憶なら十分在庫はあるはずだ。この程度の出費で元大名や国衆の忠誠心が上がるなら安いもんだ!
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