第47話家畜改良センター十勝牧場 ジーンバンク事業 日本の在来馬
12月18日(日):帯広競馬場厩舎地区
今回も帯広競馬場の全競走が終わってから、厩舎地区で宴会が始まった。俺達4人を歓迎してくれると共に、引退が決まった馬の売買契約の場でもある。
前回は30頭の輓馬を買い取り、景浦牧場と駒田牧場を含む、帯広競馬場関係者と関係の深い牧場に預ける事になった。
裏でどう言う取引があり、バックマージンが発生しているかなどは分からないが、そもそも6万円で預かってくれること自体が格安なのだ。それに厩舎関係者と牧場関係者は、縁戚関係が多いのかもしれない。
例えば景浦騎手の所属している厩舎は、叔父さんが調教師をしている景浦厩舎だから、養老馬を預かってくれる景浦牧場は実家と言う事になる。
もう1つの駒田牧場は、開拓時代からのお隣さんで、亡くなられたと言う前駒田牧場主は幼馴染だっただろう。そこに情実があったとしても、俺が覚悟していた預託料より格段に安いなら、文句を言う筋合いのものではない。
「オーナー、これが今回買い取ってもらう輓馬のリストです」
「ありがと、確認させてもらうよ」
チャンチャン焼きに石狩鍋はもちろん、定番のジンギスカンに加えて猟友会が仕留めた蝦夷鹿まで並ぶ料理を食べながら、和気藹々と引退する輓馬の売買契約をしていった。
景浦調教師が主体となって、引退する輓馬の成績から診療歴、預け先の牧場の名前と住所はもちろん、家族の経歴や生産育成した輓馬の経歴まで載せた書類を作成してくれていた。
もちろんただの親切心だけではなく、俺から綾香さんに転売した場合に、再度の預け先になる厩舎・調教師まで記載されており、最短2カ月後にどの競争に出走させるかまで書かれていた。
「本当に2カ月後に馬主資格が取れるのでしょうか?」
「大丈夫です、地方競馬全国協会の登録課には、毎日関係者の誰かが状況確認するようにしていますから、向こうも時間を掛けていられないでしょう」
「随分と強引ですね」
「俺達も生活がかかってますから、1日でも早く入厩させたくて必死です」
「それと景浦先生、帯広競馬関係者のなかに、家畜改良センター十勝牧場の関係者と懇意にしている人はいますか?」
「いつもお世話になっていますからよく知っていますよ」
「お世話になっておられるんですか?」
「あそこが最初に始めた業務は、原種馬の改良と繁殖でしたから、「農用馬の改良業務」・「めん羊の改良・増殖」・「飼料作物種子の原種供給」・「肉用牛、乳用牛の改良業務」と業務が増えた今でも、ブルトン種・ペルシュロン種の改良・増殖を行い、全国へ貸付、配布、精液販売を行ってくれています」
「それで今でも密接な関係が続いているんですね」
「はい、それであそこにどう言う御用があるんですか?」
「家畜改良センター十勝牧場では、ジーンバンク事業として、日本の在来馬の生体と精子の保存をしているとネットで知って、僕達も手助けさせていただきたいと思ったんですよ」
「それは、日本の在来馬も養老すると言う事ですか?」
「養老に加えて繁殖増産も手掛けたいと思ってます」
「身勝手な心配だと言う事は重々承知していますが、輓馬の購入と養老には影響しないのでしょうか?」
俺達の周囲にいた調教師の先生や厩務員さん、騎手さん達まで急に静かになって聞き耳を立てだした。自分達の収入や生活に直結することだから、聞き捨てならないのだろう。
「それは大丈夫です、全く心配無用です。俺だけで20億用意していますから、130頭は養老できます。綾香さんの方で、10億用意していますから、競走用に65頭は入厩させられますよ」
「そうですか、それならいいんですが」
「まあそれに20億と10億は今集められた金額であって、今後の競走成績次第では、もっと寄付金を集めることも可能ですよ。まずは今回買い取る90頭の契約を済ませましょう」
俺の言葉を聞いて、聞き耳を立てていた周囲の関係者が、一斉に安堵のため息をついてた。90件の契約書を交わすころには夜も更けてしまい、関係者の中には泥酔状態の者もいたが、競馬開催が終わったばかりなので、1日くらいは羽目を外しても大丈夫なのだろう。
「やっと終わりましたね、ところでさっきの話の続きなんですが」
「はいオーナー」
「各地の在来馬保存会は資金不足だったり里親不足だったりするので、確実に出来る事として、基金を準備しNPOを設立し、北海道の牧場で預かり繁殖します」
「分かりましたが、基金はどれくらい準備されるのですか?」
「当面5億を準備して、繁殖が上手くいく毎に、1頭当たり3000万円の基金を増額するつもりです」
「それはオーナー、在来馬の預託料を12万円に設定しておられると言う事ですか?」
「そうです、以前読んだ記事では、家族だけで繁殖牧場を営む場合5頭前後、1人2人のアルバイトを雇っている牧場でも10頭から15頭と聞いています」
「確かにその程度です」
「輓馬を養老で預かる場合、完全放牧なら家族だけでも30頭は預かれるでしょう。そう考えれば、頑張って繁殖10頭預かったとしても、12万は貰わないと割に合わないでしょう」
「そう言って頂ければありがたい話です」
「この条件なら、在来馬を景浦牧場と駒田牧場に預かってもらえますか?」
「俺の一存で返事は出来ませんが、八頭君と太郎君の聞いてみましょう」
「先生から見てどうですか、景浦牧場と駒田牧場は経営的にはどちらをとるべきだと考えますが」
「俺の勝手な推測ではありますが、家の景浦牧場は乳牛を経営の主体にしています。昔親父が使っていた輓馬の厩舎を利用して、親父と八頭くんが養老輓馬を世話し始めましたが、設備的に預かれる馬の数には限りがあります」
「では頭数当たりの利益がいい、在来馬を預かる方が景浦牧場の為になると考えられるのですね?」
「はい、親父や母さんはもう年ですが、それでも多少の手助けはやれます。まして親父は元々馬好きで、趣味も兼ねて輓馬の繁殖を手掛けていました。養老輓馬の世話も悪くはないですが、在来馬の繁殖育成が出来るのなら、その方が生き甲斐になると思います」
「では景浦牧場では何頭くらい預かれるんですか?」
「繁殖だけで4・5頭と言うところですね。みゆきが騎手を引退して、牧場に戻れば別ですか」
「基金額とNPOを設立が確定して、将来に渡って安定した預託収入が確定すれば、設備投資や正職員を雇って規模を拡大することも考えられますよね?」
「その可能性もありますが、それでは流石に他の調教師や関係者が不満を持ちます」
「なるほど、調教師や関係者には、それぞれに助けてあげたい牧場があると言う事ですね」
「はい、今まで御世話になって来た多くの牧場も、ばんえい競馬の衰退で苦しんでいるんです」
「分かりました、では家畜改良センター十勝牧場の近くにある牧場で、在来馬の繁殖を安心して任せられるところを調べておいて下さい」
「分かりました、来週までに調べておきます」
「駒田牧場はどうですか?」
「あそこは母親と2人でやっていますし、乳牛やっていた時の設備を全部馬に回せます。だとすれば手間のかかる在来馬の繁殖よりも、養老輓馬だけに絞り預かった方がいいでしょう」
「何頭くらいまで預かれそうですか?」
「厩舎的には40頭まで大丈夫でしょうが、他の牧場との兼ね合いがありますから、オーナーの強い意志があっても30頭くらいにして欲しいですね」
「太郎君が結婚して労働力が増えたらどうですか?」
「養老輓馬を増やすのは、さっきも言ったように他の牧場との兼ね合いで難しいですが、在来馬の繁殖育成も兼ねるのなら、40頭まで大丈夫でしょう」
「40頭も大丈夫なのですか?」
「元々乳牛をやっていれば、毎年種付けと出産はつきものです。牡牛は肉にして、雌牛は将来の乳牛に育てます。サラと違って、在来馬は頑健で手がかからないと聞いていますから、3人で40頭は預かれるでしょう」
「じゃあその辺の事も、八頭君と駒田君に相談してみて下さい」
「分かりました、太郎君も今は先週預かった養老輓馬の世話でてんてこ舞いでしょうが、遣り甲斐がある生活でしょう。将来の事も含めて、じっくりと相談してきます。それと十勝牧場の件ですが、各地から雌の在来馬を集めて、冷凍精子を使う心算でですか?」
「今現在、十勝牧場で生体保存している在来馬の雌雄が分からないので、何とも返事に困るのですが、最悪の場合は、ポニーを代理母にして、冷凍卵子と冷凍精子での人工授精も考えています」
「それは思い切った考えですね! ですが家畜改良センター十勝牧場は公共の独立行政法人です、その企画を提案して予算が承認されるまで、数年かかるかもしれませんよ」
「在来馬を各地から集めて、自然繁殖させる事が出来れば1番です。しかしそれが不可能になった場合を想定して、冷凍精子を使った繁殖や、今言った代理母を使った繁殖を研究するのも、大切な事ではありませんか」
「帯広競馬の関係者一同で、そう提案して欲しいと言う事ですね」
「はい、お願いします。それにこれは帯広競馬場や帯広市の為にもなります」
「どう言う事でしょうか?」
「日本中から、絶滅危惧種である日本の在来馬を繁殖育成している競馬場として、大々的にマスコミに取り上げてもらえる可能性があるからです」
「あ! それはありがたい話ですね、マスコミ、特にテレビで取り上げてもらえれば、応援馬券も売れるでしょうし、何より北海道観光の立ち寄り場所の1つに選んでもらえますね!」
「ええ、ハルウララですらあれくらいブームを起こしたんです。日本古来からいる馬が絶滅の危惧にあり、それを帯広競馬場が集めて繁殖させているとなれば、ふるさと納税の目玉にも出来ますよ」
「なるほど! 関係者を説得して、是が非でも軌道に乗せます!」
帯広競馬場から家畜改良センター十勝牧場までは、タクシーで5・6千円あればたどり着ける、北海道基準ではご近所と言える場所にあるのだ。
景浦牧場と駒田牧場から見ても、ご近所と言える距離にあり、家畜改良センター十勝牧場に保存されている冷凍精子を使用して、繁殖を増産を行うにはもってこいの場所にある。
後は俺達次第だ!
1年間と言っても残り11カ月を切ってしまっているが、その間に100億円は貯めておきたい。それだけあれば、在来馬の繁殖育成と、輓馬の養老事業を軌道に乗せることが出来るだろう。
太郎君と花子ちゃんの能力次第では、稼げる当歳・1歳・2歳馬を購入する事も可能かもしれない。だがこれはあくまで蛇足でしかない。何としても稼ぐのだ、稼いで在来馬の繁殖増加から有効利用にまでつなげるのだ!
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