第15話単独交渉

 俺は大きなライ麦パン1つと熊の素焼きを朝食に選んだのだが、パンには独特の酸味があり熊肉は臭みが強かった。しかも貧しい山間部の領地だけあって、塩気もなく香辛料などまったく使っていなかった。せめてと香草を使って欲しかったが、武門(ぶもん)の家系なのか何の工夫もしていなかった。


 俺を人質にしているローゼンミュラー家に人たちに媚(こび)を売る気にもならないので、ドローンで取り寄せた調味料は自分1人で使う事にした。


「アーデルハイト殿、姉上様との交渉が終わったのなら、私は自分の部屋で食事をとりたいのだが構わないか?」


「御姉上と相談でもするのですか?」


 バルバラが横から口出しして来たが、家族ではあるが騎士位を持たない者に、ハッタリとは言え貴族位を名乗っている俺が相手をする義務はないだろう。交渉相手にするなら、アーデルハイトの方が楽なはずだ。それで無くても対人恐怖症(たいじんきょうふしょう)が癒(い)えたばかりで、姉ちゃんの後押しがなければろくに話すことも出来ないのだ。


「部屋で1人で食事がしたい、敵に囲まれていては食べ物が喉を通らない」


「分かった、好きにするがいい」


「姉上様!」


「好きにさせて差し上げろ、身代金を支払って下さればそれでいい、ローゼンミュラー家の名誉(めいよ)がかかっている」


「仕方ありませんね」


 俺はメイドに案内されながら、自分に与えられた部屋に戻った。部屋と言ってもホールを区切っただけだが、マナーハウス程度の領主館なら1人1人に部屋などあるはずもないから、これは致し方のない事だろう。


 メイドが俺の朝食を運んできてくれたが、冷めきった味気ない熊肉の素焼きや、量を増やす為に全粒で作られたライ麦パンだ。少しでも美味しく食べる為に、熊肉には柚子胡椒・マスタード・味塩胡椒・マヨネーズをつけ、ライ麦パンにはマスタード・マヨネーズをつけてみた。


 失敗したのは醤油・ウスターソース・とんかつソースを取り寄せていなかったことだ。強い風味の調味料があれば、もう少し美味しく食べることが出来ただろう。それにキャンプ用の調理道具を購入すれば、この部屋でも熱い料理が食べれるが、もう少し状況判断が出来るまでは無駄遣いは止めておこう。この世界で代用が利く物を、日本の資金を使って購入してしまい、いざという時に銀行に残金がなかったら困ることになる。


 こちらの世界で大金と換金できる胡椒と、自分用の調味料をドローン配達で追加注文することにしたが。勝手にやると監視(かんし)が厳(きび)しくなるだろう、下手(へた)をすれば約束を破られて監禁(かんきん)されてしまうかもしれない。ここはアーデルハイトに交渉して、立ち会いの上で試してみよう。


 「リーン」


 姉ちゃんからのメールだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る