第14話 1人目

こんな幼少期から、大きな悲しみを負った彼女の心傷は、あまりにも深い。


男の汚さを、嫌と言うほど知っていた。


だから特に、父の様に顔で選ぶタイプの男に、敵対心が強かった。


里奈自身は、全ての男がそうではない事に気づいていたが、それでも男に興味を持つ心は何一つなかった。


もっと正確に言えば、また自分が裏切られたら耐えられない、と言う気持ちと毎日不安な気持ちで過ごす事の恐怖は、二度と味わいたくなかった。


私の様に希望を断ち切られ、前を向く事にさえ、疲れるようにはなって欲しくない。


本当は誰も男は寄って来ないで、女同士ずっと居たい。


そんな我儘な気持ちとは裏腹に、記憶喪失な彼女には、1人でも仲間がいた方が良い。


何より、いつの日か全てを取り戻した時、一緒に笑える人が1人で多く欲しいと2つの心があった。


どっちが本物の気持ちかは、わからない。


どちらだとしても、大切な親友を思った答えだ。


「大丈夫だよ。


そんな心配しなくても」


瑠璃が、間に入って言った。


溜息吐き、自分を落ち着かせた。


「そうだよね。私達が居るもんね。」


瑠璃は里奈が心底人を思いやる事に、友達として誇らしかった。


片目をパチっとさせ、冗談交じりに「里奈は友達に、過保護なとこあるから。」


瑠璃は霊子にそう言ったが、その言葉には里奈が過去に囚われないで未来を向く事を、意味しての事だった。


親指を、後ろに指して言った。


「内の男子は、みんなへっぽこばっかりでしょ。


そもそも美人を見たら腰抜かす奴が殆ど、心配要らないよ。」


波も京子も、そうそうと頷いた。


里奈は冷静になって改めて自分が、気にし過ぎな事を自覚した。


苦笑いして口には出さないが、顔は謝っている様子だった。


瑠璃が、切り出す。


「じゃあ、昼間の続きをしよっか。」


京子は両腕を顔まで近づけ、手首をだらんとさせながら言い出した。


「今9月だから学校が、陽が落ちるのも早いから暗くなると出るかもよ~!」


京子は場を盛り上げる為に霊子に言ったが、京子の姿はただ太った人が、はしゃいでいる様にしか見えない。


明るい内に、学校を案内するため歩き出した。


廊下を歩いていると、昼間のクラスを通り過ぎた。


やはり昼間より重苦しい空気は、いっそう増した。


そのまま歩いて理科室が近くなった。


霊子には何故か事件があった教室より、理科室の方が嫌悪感を抱いた。



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