21.シーン2-9(真っ赤な暴露)
勝った。まずは私の勝ちと見て良いだろう。悪いな、少年。世話になる。
しかしながら、私としても思春期も抜けきらぬ青春時代が初々しい人生これからの若者に借金を押し付けるというのは、非常に心苦しいものである。いや全くもって、心苦しいものである。返済能力があるかだって怪しいことも承知の上だ。少しでも負担を減らしたかっただけなのだ。以後、なるべく君に迷惑をかけないように考慮していくから、それで勘弁してくれないか。
「と、その前に」
やっと一段落ださあ息抜き、というところになってから、ふいにキュリアさんがカインの方を見て言った。
「まずはそこの者、フードをとりなさい」
カインへ向けられた視線も口調もかなり厳しいものだった。
「そ、それは……ちょっと、待っ……」
私は口ごもった。フードを被っていても怪しいものだが、外せば外したで意外性ありあまる衝撃の中身である。こんなやつから金をせびって無事で済むのかと悩みたくなる奇抜さである。なんのことはないパラリラである。それに、結構必死に隠しているようなので、注目集まるこの場で暴くのは少々不憫なものである。
さすがにこの雰囲気のなか禿げてるんですとまでは言えない。いや、本当に禿げている可能性は否めない。
キュリアさんは私の方もちらりと窺った。
「素顔も晒せないような素性の知れない者に金を貸せと?」
私を見つめる視線が鋭くキラリと光る。
「まっ……」
食い下がりかけた私の言葉が切れた。
「……ったくもって、仰せの通りでございます……」
返す言葉もございません。
私はカインの背後にささっと手を伸ばすと、フードの上をつまんでひょいと剥ぎ取った。
「どうぞ、寛大なご処置を」
一瞬の出来事に、いったい何が起きたのかと一同が間の抜けた顔で目を丸くする。そんな中で、私はすかさず彼の頭を後ろから豪快にわし掴みした。
「よろしくお願い」
そして自らともども、深々と強引に頭を下げた。
「申し上げます」
カインは腰を折り曲げたまま抵抗することも完全に忘れ、「な、な、何してくれとんじゃ!」という驚愕の視線を私の方へ向けている。私は表情と口の動きで「ごめーん!」と詫びた。
卑怯であるとのレッテルならば甘んじて受けよう。金の悩みは切実である。
しばし頭を下げ続け、適当に頃合いを見計らった私は自らの頭を上げ、そして押さえつけていた右手を離した。
一呼吸おいて上体をもたげたカインが、こちらを見ているような気がしなくもない。
なんだ。なんだというのだ。殺しにきたければ殺しに来るがいい、しかし勝利をおさめた私には既にミリエおよび教会の後ろ盾があるのだ。ただでは死んでやらないんだからな覚悟しろ!
私は彼とは顔を合わせず、素知らぬふりで周囲の反応をうかがった。
ミリエとキュリアさんはおろか、オルカまでもが口を半開きにしながら愕然とカインの頭部を眺めている。
ここまでこぎ着けたのだから、彼にはもう潔く借金一部負担とその返済を全うしてもらいたい。今さら要らぬ危惧やいざこざが生じてしまうというのは少々困る。
彼の嬉し恥ずかしバージンベールは、他ならぬこの私が無慈悲に剥いでしまったのだ。ここで私がフォローに回らず、誰が彼をフォローするというのだろう。
「記章を落とされた怒りのあまりに思わずチョップしてしまいまして。その衝撃で頭が割れて、血まみれになってしまったようです」
会心の一撃である。
少し間をおいてから、やはり今さらだと悟ったのか、緊張が緩んできたオルカがぼんやりとつぶやく。
「あれ、転んだ拍子にチョップしちゃったって言ってなかったっけ。しかも二回」
そんなものはどうでもよい。
どこか締まりのない空気に馬鹿馬鹿しくなったらしいキュリアさんが、ため息混じりに「ふぅ」と息をついた。
「そういうことにしておきましょう」
彼の頭は血まみれになった。
なんだかどうでも良くなった顔のキュリアさんは、しばらく残念そうなものを見る目で私たちを眺めたあと、少しだけ引き締めてから私の方へ顔を向けた。
「仕方ありません。アリエ様がいらっしゃるようでしたので、それを待ってからミリエ様に聖堂任務に就いてもらおうと思っておりましたが、先に代替えの記章を発給してもらいます」
申し訳ありませんが、ミリエ様もしばらくこちらでお待ちください、とミリエの方も見ながらそう言って、キュリアさんはこの部屋を出てどこかへと向かっていった。
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