15.シーン2-3(落としました)
日の出とともに聖堂の鐘が鳴り響き、身支度を済ませた私たちは早々に宿を出た。心配ごとに加えて連日連夜のマナと魔力を身に浴びて、私はしっかり寝られたかどうかがとても怪しい。具合悪さとキリキリと痛む胃に、食欲などまるでない。
宿を出る少し前のことだが、私は宿の亭主に客がいると呼び出されていた。来ていたのは、前日に私が手紙を預けていた衛兵だった。なんでも、直接妹がいる宿舎まで来いとの言伝てを預かったのだそうだ。
無言のままのカインに、それでも同行の意思を確認できたことに、私はこっそり胸を撫で下ろした。
オルカも何だかんだとここまでついてきてくれており、私が「もとは何の用事でここへ来ていたのか、このまま来て大丈夫なのか」と尋ねたところ、彼はあははと軽く笑った。
「いや、特に用事があったわけじゃないよ。ただ、来てみようと思っただけ。で、たまたま知り合ったアリエが聖女の身内だっていうし、せっかく会えるんだから、会ってみたいなーと思っただけ。こう言うのもなんだけど……その、つまり面白そうだったからかな。それに、ここまで来てそれはちょっと連れないんじゃない?」
駄目かなそれじゃ、と言ってオルカは頭を掻いた。
なるほど、つまり彼はいわゆる冒険者気質なのだろう。放浪の理由までは分からないが、風の向くまま気の向くままという具合だろうか。個人的に、そういう風情は悪くない。しかし今回ばかりは助かるのだが、森へ強行突入したことなども含め、若干迷惑な節があるのも確かだと言えよう。
延々と続く階段をひたすら登ると、次第に建物や人の数がまばらになって、あたりが静まりかえっていく。周囲を見渡せば、下界には活気ある町並みが広がり、そして豊かな緑が広がり、はるか彼方へ続くであろう街道と遠くにそびえる山々が連なる絶景だった。
さらに、頂にある大きな聖堂へと近づくたびに、どんどん辺りのマナが不穏な密度を増していく。正念場である。聖堂付近一体も、あまり耐性のない人は長居できないに違いない。
聖堂の下手にある宿舎にたどり着いた私たちは、そのまま待合室へと通された。主に魔術士たちや一部の教会兵、衛兵たちが利用している場所である。聖女なんて御大層な通り名のついた我が妹も、ここで寝泊まりしているのだ。
私の妹であるミリエリーナは、やはり聖女と呼ばれるだけあり非常に高い魔力を有する。幼いながらも力の片鱗を見せ始め、そして聖都へ赴きその秘めたる能力を着々と自らのものへと磨きあげていく彼女は、なんやかんやと担ぎ上げられ、なんやかんやと噂され、なんだかんだで聖女として君臨している。ずさんな表現だが、多分そんなものだろう。
なんと言っても、そのひたむきさと可憐な容姿とその性格が世にばか受けしたのである。しかし、確かに魔力は本物だ。
マナの力とはあまねく命に普遍的に宿る反面、とても異質で恐ろしい。平凡な力の者がいくら頑張ったところで気が抜ける程度の威力しか持たないが、そう言って気を抜いていると魔の森にいた動植物たちのように、容易くその命を歪める。船でカインが放った一撃だって、ともすれば大勢の人の命を奪ってしまうものだろう。
莫大な魔力を宿している我が妹も、一歩違えば大惨事になりかねない。だから元いた町ではなく、聖都に来て魔術修行というわけだ。
彼女が半ば強引に地元の町から聖都に連れて行かれそうになった時、私はかなり反対した。その時、妹はまだ十にもなっていなかったのだ。いくら重要な事柄とはいえ、年端もいかぬ甘えたい年頃の少女に親元を遠く離れて暮らせというのは酷だと言えよう。しかし、優等生気質混じりの彼女は魔術の訓練の為にと聖都行きを承諾した。とはいえ、聖都では小さな頃から世話を焼いてくれる御付きのような人もいたし、頻繁に里帰りしてくるので、あまり心配しすぎるのも逆に迷惑なのかもしれない。
そんな感じで、今ではすっかり便利な技を使えるようになった我が妹は、他の修練者たち同様に、日々聖都の色々なポジションに付き忙しく駆け回っていることと思われる。手に職ある女は強い。姉としては誇らしい限りであるが、願わくば、無理をして倒れてしまわないように体調管理に気を付けてほしいものだ。
ゴリオさんからの話によれば、彼女が担当に付くと、今日は聖女様がおいでなすったと言いみな喜ぶのだという。特に一部の男衆が喜ぶという。若くして罪な妹である。
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