第3話 『変身』
【───√A−2】
物心がついた頃には、両親なんて存在はこの世から消え去っていた。
別に寂しいと思ったことはない。自分の中で、きっと〝居ないモノ〟だと扱われてしまったからだろう。
小さい頃から無い物強請りはしない主義だった。周りの大人から両親のことをほとんど覚えていないだなんて、愛を受けられないだなんて────可哀想だ、と。同情の目を向けられたことが多かった。
────それでも。
『貴方は名前の通りに、正しい事をする人になりなさい』
俺の名前に刻まれた意味。名前にかけられた『こうあって欲しい』という願い。ソレが、俺の頭に刻み込まれていて、何度も何度もリフレインする。
……自分はそうあるべきだと言い聞かせるように。
小さい俺が目をつけた〝正しい事〟というのは、所謂万人に向けた正義。
当時日曜日の朝に放送されていた仮面ヒーロー。その姿はまさしく正しい事の体現者で、次第に幼い俺は憧れを抱いていく。
『僕もこうなれば、きっと────』
きっと。ありもしない両親の、向けられていたかもわからない期待に、応えることができるのだろうか。
◇◆◇
「────僕の手を取り、戦うことを選ぶか。さて、どちらが正解なんでしょうね」
問いは投げられた。ニタニタと擬音がつきそうな趣味の悪い笑みで。
視線は真っ直ぐに。俺の瞳の内側を、心の中を覗き込むように向けられている。
「……俺は」
向けられた問いには、選ぶ〝権利〟があるように見えてその実、選ぶ〝余地〟は存在していない。
だって、応えなんて決まりきっている。ここで俺が戦うことを選ばなければ死ぬことは理解しているし、ここで潰える命は俺のモノだけではない。
……俺が死んでしまえば、次は成海の番だ。
誰も救えず、無駄に命を投げ捨てることは、きっと────、
「アンタの手を取る。戦うことを、選んでやる」
きっと、正しくないことだから。
天秤にかける必要すらない。たったひとつの、解りきった応えだ。
「ふふ、はははは! ええ、そうでしょう。そうでしょうとも!! 貴方は
男は満足げに笑い声をあげると、何処からともなく謎の球体を取り出して、掌の上に浮かばせた。
光沢すらも放たない、金属とも、宝石とも取れない掌サイズの謎の球体。ソレは手首のスナップだけで男の手元から離れ、俺の胸を目掛けて浮遊してくる。
目で追えるほどの緩やかな軌道。俺の胸に向かって浮遊したかと思うと、そのまま身体に吸い込まれて行った。
瞬間、
「では。精々、死に足掻いてくださいね」
男の酷く冷たい声音を引き金に、目の前が青白く塗り潰される。
視覚を、聴覚を、五感すべてを絡め取っていくような眩い光。大きな耳鳴りに眉をひそめながら、両手に何かの手応えを感じた。
流れ込んでくる謎の知識。知るはずもない機構と、覚えのない〝ナニカ〟の機能。
その数々が、今の俺に与えられた力だと、理解するのに時間はかからなかった。
「……気持ち悪い。吐き気がする。よくわかんない感覚。だけど、」
迷ってる暇も、今は一秒たりとも存在しない。
視界が戻る。五感が再起動する。左手を眼前まで上げてやると、与えられた謎の力────〝変身ベルト〟のバックルが握られているのが見えた。
黒く塗りつぶされた本体に、大きな、銀の両開きの扉の装飾がされたバックルだ。ソレを腰に当ててやると、ベルト部分が自動的に腰に巻き付けられていく。
かちゃり、と乾いた音。バックルにベルトが接続されたのを確認して、右手に包まれた〝ウォードキー〟を、バックル右側面に設けられた鍵穴に差し込み、捻る。
《UN Lock》
流れ出る音声は無機質に。鍵の認証が済んだことと、何かの解錠が済んだことを告げると、バックルの扉の装飾が薄く開き、その隙間から黒い光が溢れ出た。
光は目の前に、高さ大凡百八十センチ程の扉を形成していく。輪郭を象ったかと思うと、最後には扉を封じる鎖に繋がれた南京錠を。扉の向こう側からは今にも何かが溢れ出ようとしているのか、無理矢理に扉を押し開こうとしている。
手を伸ばせば指先が触れるような距離。それほど間近で得体の知れない何かが蠢いていると思うと、恐怖で足が震えそうだった。
「……ビビるな。前を向け、聖 真人」
恐怖を、緊張を押し流すような大きな呼吸を数度。俺の覚悟が決まった瞬間、ソレを待っていたかのように。
時は、再び動き出す。
「真人!!!」
先程の焼き増しのように、成海が悲鳴によく似た叫びをあげ、直径が俺の胴体の二倍ほどあるであろう球体が、凄まじい音を立てて扉に弾かれ宙を舞う。それでも諦めてくれないのか、何度も球体が扉に激突する音が聞こえてくるが、それでもこの扉は破壊されないものだと、何となく頭の片隅で理解ができている。
だから、あくまでも冷静に。差し込んだ鍵を横に引いて。それにつられる形で、鍵穴の下に格納されていたパーツが迫り出した。
「────、────」
次が、最後の行程。これでもう後戻りは出来なくなってしまう。それだけの覚悟はあるのか────目の前に佇む扉が、そんなことを問いかけているような気がして。思わず身震いする。
「……覚悟は、出来てる。行くぞ」
迫り出したパーツごと、鍵をバックルに押し込む。同時にバックルの扉の装飾が勢いよく開き、目の前の扉の錠が────鎖ごと地面に音を立てて落ちた。
「────変身」
音を立てて、錠が外れた扉が開いて行く。その向こう側から溢れ出たのは膨大な力の本流だ。
未知が、群を成して溢れてくる。黒く────〝無〟と〝闇〟を確かに孕んで。
開く扉に当たらないよう数歩後退。溢れ出した力が形成する
足先から順に。最後に頭部と顔面を覆うようにメットに似た鎧が生み出されると、最後の仕上げと言わんばかりに首元にマフラーが現れた。
《────TYPE:Zero》
それを最後に、変身終了の音声が流れる。目の前の扉は満足したように白い粒子となって消え去り、そして。
「や、ぁ……」
戦況が音を立てて動き出す。
始まりの合図は、少女が感情のこもっていない声と同時に振るったけん玉、そこに繋がれた鎖が立てる、不気味な金属音だ。
球体は少女の手元に返ったか思うと、即座に俺を目掛けて飛来する。その全てを視認するだけの動体視力があるのは驚きだが、このベルトと身に纏った鎧の恩恵だろうと自分の中で答えを下して、球体の対処に思考を回した。
マフラーに意識を向けると風の抵抗を受けずに俺の目の前へひらりと舞い、瞬時に────どういう原理かは到底理解できないが────表面面積が増加。更にそのまま球体に覆い被さり、硬質を以ってその勢いを相殺する。
「お、らァ!」
ソレを勢いよく右脚で蹴り上げ、そのままの勢いで地面を踏みしめ、跳躍。一瞬で過ぎ去って行く視界、景色を置き去りに、前へ、前へ────。
「変わって」
《sword mode》
しかし。相手とて、よくわからない能力を持ったバケモノだ。
突進する俺をしっかり捉えていたのか、ボソリと、風にすら掻き消されてしまいそうな声で呟くなり右手に握ったけん玉が反応。
大皿と小皿が収縮し、柄の部分が短く縮んで行ったかと思うと、本来球体を受け止めるためにある〝けん〟の先が、鋭利に、
あんなに鬱陶しかった球体と鎖の姿はない。直剣のように変貌したけん玉を、少女は目一杯に自身の体の横に構え、
「────ふ、」
振るう。ちょうど俺の攻撃範囲に到達した途端、横薙ぎの一閃。
即座に屈み込むことで対処。頭上を過ぎ去る轟音が肝を冷やし、対面した相手の異常性を、高鳴る心臓が改めて主張してくるのがわかった。
「っ……ぶね」
技量の差は歴然。恐らく、〝コレ〟を使ってきた時間と経験の蓄積量がケタ違いだ。
故に、長期戦は不利。
────鬼が出るか、邪が出るか。
《Full Charge》
「必殺パンチ」
迷いは一瞬。右手で変身時と同様バックルに差し込まれた鍵を横に引くと、パーツが迫り出す。即座にそれを押し込み、音声認識を使用することで必殺技シーケンスが終了。
右手の甲に成されたウォードキーの装飾が紫色に発光し、同色の光を右手に纏う。胸に埋め込まれた球体から力が溢れ出し、筋力の増加を確認。
────ベルトの出現と同時に流れ込んできた知識は、あくまでもベルト本体に内蔵された機能と〝使用法〟のみ。正直それによって何が起こるかはわからない。
けれど、何度も自分に言い聞かせているように、この戦場に於いて悩んでいる暇は一秒たりともありはしない。
このけん玉が俺と同じ方法で生み出されているのなら。左胸に、俺と同じく球体が埋め込まれているはず。
そこに攻撃を行えば、ダメージを与えることができるのではないか。
《Knuckle・Open Lock》
「ぶっ、飛べ!!」
ベルトから流れる音声を聞きながら、屈むことで折り曲げていた膝を伸ばす勢いを乗せ、右拳を狙い違わず振り抜く。
大きな横薙ぎの一閃。確かにそれは〝相手を殺す〟という点では有効的な一手だ。
しかしそれだけ目一杯に振るえば、それだけの後隙がそこに存在するというもの。
故に躱せるとは思えない。それでも相手の身体能力は並外れている。なら、ほんの少しでも躱される可能性を潰すために、最速で、全力で、拳を振り抜いた。
「────!!」
回避行動は間に合わない。少女が短い悲鳴をあげ身体を捻ろうとしたところで、拳はその左胸に直撃する。
少女の足が浮き、辺りに衝撃波が走る。同時に何か、鍵が開いた乾いた音が響いて、
「……ぇ、」
少女の瞳に、ほんの一瞬だけ。感情が戻ったのが見えた。
成す術もなく吹き飛ばされて行く少女。そのまま地面を転がるように受け身をとったかと思うと、少女は反撃すらなくその場から駆け去って行く。
「……勝った、のか?」
イマイチ実感が湧かない。トドメを刺すつもりこそはなかったが、ここまで態度が豹変すると驚いても仕方ないというもの。
疲労からくる大きなため息を吐き出しながら、バックルの開いた扉を閉め直して、鍵を引き抜くことで変身を解除。武装が解けると同時に、ベルトと鍵は白い粒子となって胸の石の中へ消えていった。
ついでに当たりを見回してみると、武装の解除とともに、いつの間にかいつもの中央公園の賑わいが舞い戻ってきていた。あれほど血の匂いを放っていた六人分の死体も、跡形もなく消え去っている。
身体の調子は数分前と変わらない。石を埋め込まれたことで不調が出てる、なんてこともなく、強いて違いをあげるなら戦いによる疲労が襲ってきてるくらいか。
「真人……大丈夫?」
「ん……ああ、大丈夫。なんともない」
駆け寄ってくる成海の表情は不安の色に染められていて。何となく、いつもと変わらないその表情のおかげで日常に戻って来れた気がした。
成海の両手には、さっきまで俺が運んでいた買い物袋の数々が握られている。砂煙で汚れたりはしているものの、ビニールや紙袋は破けていない。中身は無事そうだ。よかった。
「ねえ真人、さっきのって何? なんかこう、変身してたけど……真人が好きな仮面ヒーローみたいに」
「ああ、アレな」
言いながら成海から荷物を受け取り、今度こそ帰路に着く。
歩きながらになるが、止まった時の中で起こった出来事を話しつつ。
確かに自分がとんでもないことに足を踏み入れてしまったことを、改めて実感しながら。
◇◆◇
けん玉の少女と、真人の勝負が完結した頃と同刻。拳を振り上げた真人の背中を見つめる影があった。
場所は中央公園の、道路を挟んで向かいに位置する鞠ヶ崎文化会館────その入り口に繋がる歩道橋の上だ。
佇む影はひとりの少女だった。沈みかけの夕日が照らす黒髪と、黒の生地に金色の縁取りがされた軍服を彷彿とさせるコートが特徴的な少女。
その視線に籠る色はない。何処か無気力な、達観したような視線で、真人の背中を見つめている。
……いや、見つめているのではなく、『監視している』と表現するのが正しいだろうか。一見そう見えなくとも、少女の心に宿る意思はソレが一番近しい。
「こんな所にいたんですね、えっと……
その少女────一路と呼ばれた彼女に声をかけたのは、ついさっき真人の胸に石を埋め込んだ黒服の男。先程と同じく薄っぺらい、人の良さそうな胡散臭い笑顔を浮かべながら。
一路は視線を真人から外すと、歩道橋へと続くゆるい坂道を登ってきた男に、同じく無感情な視線を向ける。
「どうです? 彼は」
「……どうって聞かれても。別にどうでもない。もしその時が来れば、わたしか母さんか……
視線だけではなく、放たれる声すらも酷く機械的で。感情の色が一切込められていない。
無色、達観、無気力────一路から感じるのは諦念としか取れない数々。
そんな一路の様子を気にも止めず、男はヘラヘラと笑ってみせる。
「ははは、違いない。僕としてはそうならないことを願うしかありませんが」
既に視線は男から武装を解いた真人の背中へ。どうやら一路の興味は黒服の男から消え去ったらしい。
「……彼から出てきた玩具」
その証拠に、放たれた受け答えは男との会話とは思えないほどちぐはぐで。
「やっぱり、アレなんだね。……同じだ」
その声に応えるものは既に無く。声は虚しく、道行く人の話し声の中に溶けていった。
────────
あとがき
なんか相方が載せてたんで真似しました。ポケモンに進捗を邪魔される悠です。
ようやく変身することができて、仮面ライダーらしさが出てきました。令和n代目ライダー、みたいな感じで見てくださると幸いです。
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