わたる先生

山葡萄

第1話 事件発生

 かものはし保育園に到着したのはもう日も暮れ始めあちらこちらに灯りがともりはじめる頃だった。風に乗って近所から美味しそうなカレーの匂いが漂ってくる。

 魚谷ゆきは、軽自動車から降りると保育園の重い門を横に押し開き、ザックザックと砂の上をパンプスで足早に歩いた。

 「児童相談所の魚谷です。園長先生はいらっしゃいますか?」

 エプロンをした保育士が、魚谷を応接室へ通しここで待つように言うと部屋を出ていった。

 黒い革張りのソファーに腰かける。横の壁には6時を示す時計がかけてあり、歴代の園長の顔写真が額に入れて横一列に飾ってある。

 先程の保育士が緑茶を運び魚谷の前にどうぞと置くと礼儀正しく部屋を出ていった。

 10分程して、ノックの後に初老の男性が入って来た。

 「園長の岸江田です。」男は、名刺を差し出して軽く頭を下げる。きれいな白髪からわずかにポマードの匂いがする。

 「児童相談所の魚谷です。」私も、カバンから名刺を出して園長に渡す。

 園長はしげしげと名刺を眺めていたが、しばらくするとどうぞお掛けになって下さいと魚谷を座らせ自分もゆっくりと腰かけた。

 私は、早速手帳を片手に園長に尋ねた。

 「貴恵ちゃんはいつ居なくなったのですか?」

 園長は深いため息をした後に話し出す。

 「今日の午前中です。確か10時頃クラスのみんなと近くの公園まで散歩に出かけました。保育士も2名一緒でした。しかし、公園で貴恵ちゃんは、いつの間にか居なくなってしまったのです。」

 魚谷は、メモをとりながら質問を続ける。

 「最後に貴恵ちゃんを見た人は誰ですか?」

 「警察の方にも話しましたが、横山先生にトイレに行ってくると告げたきり行方不明になりました。何度も探しましたが、貴恵ちゃんはいませんでした。」

 先程の保育士がノックの後入ってきて、園長先生に緑茶を出す。脇に和菓子を置いて静かに出ていく。

 「貴恵ちゃんは、トイレで連れ去られた可能性があるのですね?」

 「警察もトイレで誘拐された可能性が高いと言っていました。親御さんには何と申し上げたら良いか…」

 園長は、緑茶を飲み干し写真を机に置く。あどけない笑顔で写る貴恵ちゃんだ。魚谷は、その写真を預かり手帳に挟んだ。

 

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