6.機械人形を学ぶ者

 アレンは、ガイに目で合図を送る。彼は大げさに肩を落とすと、とんと軽く地面を蹴って高く跳躍した。人外じみたその動きに、口喧嘩をしていた二人も口の動きを止め、全員が彼の動きに見入ってしまう。

 ガイはそのまま、先程飛び降りてきた窓の中へ体を入れる。そして、ほどなくして何かを抱えて降りてきた。


「凄まじいですわね……」

「魔術師の護衛を主として作られるものだから。……それで、アレン。それは?」

「……僕は、蒸気機関を組み込んだ人形――機械人形オートマタの研究をしてる。これは、僕の作品<探索者シーカー>。この小型発信機を付けた場所に向かって歩く探索型の機械人形オートマタだ」

「ッすっげっんぐ!?」


 目を輝かせて食いつこうとしているフォルトゥナートを、ヴィンセントが口を押えて黙らせる。これ以上話を長引かせたくなかったからだ。


「この発信機をこの中の誰かが持って、明け方まで煙突掃除人として動く。攫われたら、この発信機を<探索者シーカー>に追ってもらって本拠地を暴く。……そうすれば姉さんの元に行ける」

「それなら問題はなさそうですわね。じゃ、囮役は誰がなさいます?」

「そりゃあ、化けやすい奴だろ。俺様がやりたい、けどこの背丈じゃあ無理だろうな……」


 フォルトゥナートは、この中で一番背丈が高い。煙突の中に入って掃除をすることは不可能だ。子どもにも見えない。


「じゃあ、ベディさんとガイ様も駄目ですわね。お二人も、あれと同じくらいの背丈はありますもの。ガイ様に至っては子どもに絶対見えませんし。点灯夫がせいぜいですわ」


 そうなると、残りはアレン・ノエ・ミーア・ヴィンセントだ。全員の頭の中に四人の名前が浮かんだ時、ミーアは先手を打った。


「私はやりませんわよ」

「は? どう考えても、一番の適任はお前だろ」


 フォルトゥナートの指摘通り、この中で一番身長が低いのはミーアだ。普段はヒールの高い靴を履いているため、それが露見していないだけだ。


「当然でしょう。私、エンペントル家の娘ですわよ。仕事じゃなければ、貧民街スラムなどに赴きたくはありませんし、そも、同じ空気も吸いたくありませんわ。私は、本当にやりませんわ」


 じとりとした目で、ミーアはそう言う。


「………じゃあ、そうなると自分かな」


 ひょいと次に手を挙げたのは、ノエ。不参加を告げるミーアの次に背丈が低いのは、ノエだからだ。


「……ノエ、私の意見を聞き入れてくださるのであれば、その、おやめいただきたいのですが……」


 しかし、それに反論したのはベディ。想定外の人物の反対意見に、ノエの目がきょとんと丸くなる。


「えと、でもベディ。自分がやらないと、さ。ミーアはやらないっていうし、ヴィンスもカラスがいないと魔術が使えない。アレンは一般人だ、巻き込めない。自分が一番適任だと思う、から」

「ですが、そうしてしまうと、私はノエを守れないかもしれません。……先日のように」


 ベディの頭に浮かぶのは、人狼と少女——チェルシーとの攻防戦の光景だ。

 ベディの存在意義は、ノエを守ること。それが出来ない事態に陥ることはしたくない。彼の目が雄弁に伝えてくる言葉に、ノエは一瞬言葉を詰まらせる。それを見たヴィンセントが、溜息混じりに小さく手を挙げる。


「なら、俺が行きますか。連発は出来ないですけど、俺なら魔眼がありますしね。<ブラック・バグ>の連中と面識はありますから、彼らに事情を話して一時入れてもらえば問題ねぇはずです。それに、女の子レディに生贄まがいなことをさせられねぇでしょう」


 ヴィンセントはそう言って、片方の口角だけを上げてにやりと笑う。ガイがおだてるように、ひゅうと口笛を吹いた。

 ノエは不安げな面持ちではあったが、ヴィンセントが「やる」と発言した手前、このまま彼が囮役として作戦を動かしていく方向でまとめていくしかなかった。


「……んじゃあ、それでいくかー。……いいんだよな、ヴィンス」

「その代わり、取り分はそれなりにもらいますからね」

「分ぁってるっての。それじゃあ、アレン。ヴィンスに、小型発信機? の使い方を教えてやってくれよ」


 フォルトゥナートにそう言われ、アレンはこくりと頷いて、<探索者シーカー>と共にヴィンセントの傍へ寄って行った。その後ろで、ベディがノエの外套の裾を軽く引いた。


「……ノエ、その……、勝手に意見して申し訳ありませんでした」

「気にしなくていいよ。君が自分のことを思って言ってくれてることは、十分に伝わってるからさ。だから、そんな顔をしないで欲しい」

「……今、私はどのような表情をしていますでしょうか?」

「苦しそうな顔」


 ノエは小さくはにかんで、とんとベディの腰を軽く小突く。


「大丈夫。ヴィンスは怒ってないよ」

「えぇ、まったく怒ってないですよ。こういう仕事上、危険を伴う行為があるのは当然なのでね」


 アレンからの説明を聞き終えたヴィンセントは、小声で話していた二人に声を掛ける。


「若干名の例外はありますけど、基本的には全員がそういう認識をしてます。……貴方が気負うことはありません。それよりもノエ。これから<ブラック・バグ>に話を付けようと思っているのですが、一緒に来てもらえますかね。ライナス、貴方のことを気に入っているようでしたから」

「うん、分かった。……ほら、ベディ、行くよ」

「……はい、ノエ。ありがとうございます、ヴィンセント様」

「じゃ、俺様達は取締局に戻るとすっかな。おら、ミーア行くぞ」

「ッ貴方に言われずとも!」


 フォルトゥナートは、ぽんとアレンの頭を軽く叩いてから、来た道を戻っていく。ミーアも特に残る理由はないため、渋々といった表情で、フォルトゥナートの後ろをついて行った。


「……それじゃ、先程の手筈通りに。俺がいなくなった時点で、こちらからアレンへ接触。その後、発信機を<探索者シーカー>で追跡して、本拠地を突き止める。決して夜の街を出歩いて、一人で探そうとしないように」

「………あぁ、じゃあアレン、これを」


 ノエは、持ってきていた魔法薬のほとんどを、アレンの手の中へ握らせた。


人形ドール自身に栄養を取らせることも重要だけれど、大元おおもとである君自身もきちんとした食生活と睡眠を摂らないといけないよ。異常に疲れたり眠くなったりしたら、迷わずすぐにこれを飲んで。……君が倒れてしまったら、ガイも動けなくなってしまうから」

「……ありがとう、ございます」


 ノエはアレンへ小さく笑いかけ、今度は真剣な顔でガイの方へ向き直った。


人形ドールの肉体ならば、泥酔することはないでしょう。けれど、アレンを守れなかったら、貴方の肉体活動も強制終了となる。そのことはしっかりと頭にとどめておいてください、ミスター」

「へぇへぇ、ご忠告をどうも。……こういう存在ものになって説教されるなんざ、思ってもみなかったぜ。……なァ、嬢ちゃん、一つ訊きてぇんだがいいか?」

「えぇ、はい」

「そこの人形ドールに、あんたは何を願ったんだ?」


 その言葉に、アレンとベディの目が丸くなる。ノエは固い表情を崩さずに、ただガイの目を見据える。彼は、髭先を撫でながらにやりと笑う。


「はは、そう硬い表情をするなって。ただ、雰囲気ってのか? 感じるんだよ、人形ドールの気配ってやつ。嬢ちゃんが契約者かどうかは適当な当てずっぽうだが、知識があるみたいだからな。あんたじゃないかと思っただけだ」

「……なるほど。ですが、ミスター。自分が彼に願ったことを、どうして訊きたいんですか?」

「あぁ。俺ぁ、小僧に『姉さんを助ける手助けをして欲しい』と頼まれた。俺はそれを飲んで、契約を結んだ。殺したかった連中は皆土ん中だし、それを掘り起こすのも面倒だったからな。……お前さんはどうだ? 何を望んだ?」

「……自分は、至って普通ですよ。人形ドールに自分のことを守って欲しいと願いました。これが貴方の満足いく回答になるか、分からないですけど」

「いや、あぁ、満足だ。そういうもんなんだなって、理解できたよ。あんがとうな、お嬢ちゃん」


 ノエはガイへ小さく頭を下げ、ヴィンセントとベディの元へと駆けて行った。

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