4.クロックフォード家

 アレンを連れ、王立機関研究学院アカデメイアの黒門へ向かうと、そこには既にフォルトゥナートやヴィンセント、ミーア達が待っていた。

 正午の刻を知らせる鐘は、まだ鳴っていない。


「みんな、ここから動いてないのか?」


 三人の元へ近寄りながら、ノエは不思議そうな顔をして問い掛ける。僅かに汗の滲んだ額を拭いつつ、ヴィンセントが忌々しげな声音で答える。


「コイツが質問責めばかりして、一向に離れねぇでしてね。今しがた殴り終えたところですよ。……その方が、探していた人ですか。思いの外早く見つかって良かったですね」

「お、早速見つけたのか! 流石、ノエだな!」


 殴られた頭を擦るフォルトゥナートは、アレンの顔を見るやいなや、パッと表情を明るくして近寄って来た。


「うんうん。で、人形ドールは?」

「アイツは、僕の寮の部屋にいる。……こいつら全員、魔術師なのか?」

「うん、そうだよ」

「なんですの、この子。失礼なんですけれど」


 ミーアは眉間に皺を寄せ、アレンの顔をじっと見つめる。ノエは軽くアレンの背中を叩く。


「悪いけど、みんなにも名前を教えてやってくれるかな」

「……アレン、アレン・クロックフォード、だ。ここの学生、で、僕の事情に協力してくれる代わりに、僕の持ってる情報を、あんた達に話す」


 アレンの言葉の内容に、三人はほぼ同じタイミングで目を丸くした。


「クロックフォード、って……、あの?」


 ミーアは、先程とは違う視線をアレンへ投げつけた。


「有名な家柄か? 貴族的な?」


 フォルトゥナートがそう言うと、ミーアは頭を抱えて溜息を一つ。


「歴史ある家の魔術を売って、人間に成り下がった家よ。魔術師を止めた元魔術家系、と言えば、貴方達でもお分かりかしら?」

「ミーア」


 ノエは鋭い口調で言う彼女を嗜め、ちらりとアレンへ視線を向ける。

 魔術師として魔術を極めるには、膨大な量の触媒や大量の魔術書、そして血統をより高貴なものに仕立て上げるための人脈作りなど、兎に角、金のかかることである。よほど基盤のしっかりした資産がなければ、魔術師としての歴史を紡いでいくことは出来ない。

 そこで、金のない家系は魔術師として集めてきた数々の触媒や書物、あるいは知識などを高く買い取ってくれる別の家へ売り渡す。そして、完全に魔術師として生きることを諦めるのだ。こういう手段を取ることは、別段珍しい話ではない。

 だが、それは家の問題であり、アレン個人に対して何か貶めるような発言をしてよい理由にはならない。

 ミーアは小さく息を吐き、肩を竦めた。


「いくら貴方達がろくに学校に通っていない魔術師だとしても、これくらいのお家事情は知っておくべきですわよ。魔術師の家柄は重要なことですから。ねぇ、ブランジェット?」

「そうだね。……とりあえず、こういう大人数で申し訳ないけど、頼めるかな、アレン」

「あ、あぁ……」


 アレンはこくりと頷き、五人を先導する形で黒門を通り抜けて寮へと向かう。

 学生がすぐにアカデメイアに迎えるようにか、アレンの住まう寮は、学校から徒歩数分ほどの近い場所に建っていた。

 三階建ての建物。黒く煤けた赤煉瓦の壁には、幾つもの蔦が絡み合っていた。それが、より年季を感じさせる。


「部外者は入れないから、裏庭に向かっててくれ。そこに、僕もガイを連れてく」

「分かった」


 ノエはこくりと頷き、アレンが寮内へ入って行くのと同時に、建物の裏手側に向かって歩き出す。


「信用にたる相手なのかしら? 案外、逃げ出す可能性もありますわよ」

「向こうも自分達の力を必要としてる。余程ガイが嫌がらなければ、約束通りに来る」

人形ドールが契約した主人の命令に背くことは、ほとんど無いと言って良いでしょう。問題ありません」

「だな!」


 そう言って、先頭を歩き出したフォルトゥナートの背を見ながら、ノエはミーアの傍へそっと寄る。


「ミーア。クロックフォード家のことを、よく知ってるのか?」

「勿論、魔術師社会に疎いあなた方よりは、よぅく知ってますわよ。でも、詳しい話までは。魔術師として培ってきた誇りを売り払った家。私の知ってることは、これだけですわよ」

「そう……」


 そんな会話をしていると、すぐに裏庭に辿り着いた。

 寮の庭には、小ぶりな薔薇やガーベラ、デルフィニウムなど、色とりどりな草花が花開いていた。一般の外でのガーデニングで使われる花々は大抵近年品種改良された、煤煙に負けぬように強くなった品種だ。天然物のような色鮮やかさには欠けるが、力強く咲く花々は、蒸気用配管パイプから吐き出される蒸気煙で揺れていた。


「協会の庭とは違ぇなぁ」

「あそこのは、魔法薬に利用するために咲かせてるもんですからね。可愛げも見た目の美しさも求めてねぇですよ」


 ヴィンセントの冷静な説明に、フォルトゥナートは「へぇ……」と納得した声を上げた。

 その時。

 突如、三階の一室の窓が勢いよく開けられたかと思うと、その窓から黒い影が裏庭に向かって飛び降りてきた。ぶわりと強い風が起こり、舞い上がった砂と煤が五人を襲う。

 それらが収まったところでフードを上げると、ガイと彼に横抱きにされたアレンが立っていた。


「おーおー、いっぱいお客様がいんじゃねぇか」


 ケラケラと笑いながら、ガイはアレンを乱雑にその場に落とす。「ぎゃッ」とアレンが小さく声を上げるが、ガイは特に気にした素振りはなかった。

 呆然とする面々の中、ノエは小さくフードを上げて頭を下げる。


「お久し振りです、ミスター・フォークス」

「……酒代くれた姉ちゃんか。その名前で呼ぶってこたぁ、俺のことを理解わかったってことか」

「少しだけです。あなた方の目的も、あなたが何を主軸に動いているのかも、まだ自分は何も知らないです」


 小さく口角を上げながらそう言う間に、アレンはゆっくりと立ち上がり、そのままの勢いでガイに掴みかかる。


「普通に降りれないからって、飛び降りることはないだろ!?」

「へーへー。ま、死んでねぇんだから、いいだろ? それに淑女レディの前で漏らすようなことも起こってねえだろ?」

「………はしたない言葉を口にしないでいただけますこと?」


 ミーアが視線を鋭くしながら言う。その反応に、ガイは肩を震わせて笑い出した。


「……ま、とりあえず、これであんたの話す場は整ったわけですね。さくっと話してもらえますかね、アレン・クロックフォードくん」

「………分かって、る」


 アレンはぼそぼそと口を動かし、掴んでいたガイの服から手を離し、仁王立ちで五人に向かい合う。


「今、街を騒がせていること――たくさんの人が消えて、奇妙な姿のバネ足ジャックが出てる原因は、僕の姉さんが関与してる、かもしれない。だから、姉さんを探すのを手伝って欲しいんだ」

「お姉様探し?」


 首を捻るミーアに、アレンはこくりと頷く。


「姉さんのお名前は?」

「──レイラ・クロックフォード」

「ここ一ヶ月の行方不明者リストに載ってた名前ですね。アカデメイアの学生だったので、記憶に残ったんですよね」


 ヴィンセントの記憶力により、アレンの言葉に信ぴょう性を感じ取ったフォルトゥナートとミーア。

 ノエは、アレンの方へ向き直った。


「君は、バネ足ジャックがガイ・フォークスの仮面マスクを付けているから、お姉さんは生きている、お姉さんを止めたいとも言ってたね。その理由についても、自分達に教えて欲しい」


 アレンは、もごもごと口を動かす。ガイは煮え切らない主人の様子に、彼の背中を力強く叩いた。「イデッ」とアレンは大声を上げ、ガイをギッと睨み付ける。


「信用しようと思ったんなら、腹ァ決めて話せ。それくらいお坊ちゃんでも、出来るだろ?」

「ッ………」


 アレンは背を擦りながら、ゆっくりと姿勢を正す。それから息を整え、しっかりと五人を見据える。


「姉さんの研究についてから話すことになる。長い話になるから、適当に座って聞いて欲しい……」

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