2.王立機関研究学院へ

 王立機関研究学院アカデメイア

 英国随一の蒸気機関研究機関であり職業専門学校でもあるアカデメイアは、大英博物館やロンドン大学などと同じく、ブルームズベリー・ストリートに面して建っている。煤や排煙に壁は汚れているものの、周囲にそびえ立つ歴史ある建造物に負けず劣らずの荘厳な外観をしていた。

 アカデメイアへやって来た五人は、大きな黒門の横の一般受付へ入る。一般人の入場は特殊な場合以外は禁止されているからだ。

 アリソンが発行した特別許可証を受付嬢へ見せ、入場時間を用紙に記入してから、彼らは最大の学術機関に足を踏み入れた。


「ぅわあ!」


 入ってすぐ、フォルトゥナートは感激の声を上げた。

 歩き回っている者の多くは、煤やオイル汚れの目立つ白衣に身を包んでいる。その中でも、腕や足に機関式の機械義手マシーン・ハンド機械義足マシーン・レッグを付けている者。ぎこちなく動く機械式人形オートマータの手を引く者。とことこと歩く愛玩用の小動物型機械式人形アニマロイドを観察する者。技師らしく、大量の工具を両手を持っている者……。

 彼ら全員、自作らしい歪な形状のそれらが吐き出す蒸気と排煙に塗れながらも、キラキラとした表情で接していた。皆一様にそのような空気を持っているため、周囲は自然と活気付いているように見える。

 どこに視線を向けても、最先端技術によって生み出された機関機械達が動いていた。


「壮観ですわね……」


 ミーアが小さく呟く。

 魔術協会の薬草の咲いた清静な庭先に比べると、この場所との時代差は凄まじい。そも、街中でもここまで多くの機関機械は使用されていないため、魔術師に限らず一般人でさえも目を剥くほどの衝撃である。


「ッ何だ、アレ! すっげー!」

「おいコラ」


 あちこちで動いている彼らに興味を持ったフォルトゥナートが、近くで歩いていた猫型の小動物型機械式人形アニマロイドの元へ駆けて行った。ヴィンセントが止める声すら、周囲で吐き出す蒸気音に掻き消された。彼は頭を抱える。


「何となく、見えてたんですよね……、こういう状況になるって」

「あの人……、魔術馬鹿じゃないんですの?」

「別に、フォルの好奇心旺盛な部分は、魔術に限らないよ」

「ノエ、フォルトゥナート様はいかが致しますか?」

「ハァ、仕方ねぇですね……。ノエとベディで、先、探しててください」


 ヴィンセントは、軽く肩を回しながら、フォルトゥナートの走って行った方向へ歩いて行く。


「俺とミーアは、三人が出会った男の顔を知りませんのでね。そちらで先に探して貰えると、効率的です。フォルの阿呆は、殴ってから捜索の手伝いをさせますから。ミーアは、聞き込み。体の機械化について、少々聞き回ってもらえますか? 正午の鐘が鳴ってから、ここで落ち合いましょう」

「了解。行こうか、ベディ」

「はい」

「全く……。私にも、後で彼を殴らせてくださいませね」


 ヴィンセントの指示を受け、それぞれに散って行った。


「どのようにして、の少年とガイ・フォークスを探し当てますか、ノエ」

「そう、だね……」


 ノエは、トントンと自身の顎を軽く叩きつつ、周囲を行き交う学生らの顔へ視線を向ける。

 さすが、最高峰の教育機関というべきか。学生らは皆どことなく知性を感じさせ、将来の国のために貢献するという意志をひしひしと感じとることが出来る。近年の子ども達から憧れの眼差しで見られている理由も、ノエにはよく分かった。


「………ノエ?」

「あぁ、うん。ごめん、ぼうっとしてた」

「大丈夫ですか?」

「うん。ええと、探す方法、だよね……」


 ふわふわと浮いていた思考を下ろす。そして、くだんの少年を探す、ということに思考の照準を合わせた。

 アカデメイアの敷地面積は広大だ。しらみ潰しに探すのは、決して得策とは言えない。ある程度的を絞るべきであろう。だが、彼がどんな分野を専攻している学生なのか、そもそも今日学校へやって来ているのかさえ、今の状態では知らない。名前も知らないため、学生に聞いてみることすらも不可能だ。


「恐らくここに、人形ドールは連れて来てはないだろう。機械式人形オートマータっていう言い訳は通用しないし、生徒として入るには試験を受けないといけない。ここにいるとすれば、少年一人……」

「……私の足を使うという手段もありますが」

「それは……、一番簡単かもしれないけど、人の目があるからな……」


 ノエもベディも、足は速い。しかし、その足でアカデメイア内を走り回ることは、魔術協会の教えに反する。

 二人共、その最たる職業である取締局の特務員として働いているとはいえ、一般人の目の前で魔術を使ってはならないという分別は付いている。


「相手がどんな風に動くかも知らないし、現状は動き回りながら探そう」

「かしこまりました」


 ノエの提案にベディは静かに応じ、広い敷地内を歩いて行く。

 フォルトゥナートほど強い興味を示すわけではないが、ベディもアカデメイア内をうろついている大量の機関機械たちに、つい目がいってしまう。技術よりも魔術を大事にしているため、魔術協会内には必要最低限程度のものしかないのだ。さらに言えば、街中を出歩くときも日中であることは少ない。普通の機関機械でさえ、魔術師にとっては物珍しいものだ。

 歩く人の顔を確認するのと並行して、ベディは機械にも視線を向けている。ノエは、そんな彼に小さく口元を綻ばせた。


「……楽しい、ベディ?」

「……ええ、と」

「素直に答えてくれていい。楽しいなら、楽しいと」

「ノエの言う楽しい、という表現は、やや違うかと。目にしない物だからこそ珍しくて、興味を引かれているのだと、思います」

「そっか。少しでも君が面白いと思ってくれているなら、良いことだ。ただ興味のない物ばっかりの中を歩き回るよりは、そっちの方が退屈しないだろうし」

「……ノエは?」


 唐突な疑問文に、ノエはきょとんと目を丸くした。


「ノエは、楽しいですか?」

「仕事中だから楽しんでる場合ではないと言えばないんだけど……。少し、心が浮ついている感じがする、とだけは言っておこうかな。……それじゃ、無駄話はここまでで、彼を探そう」

「はい」


 ベディはこくりと頷き、ノエと共にガイ・フォークスを連れていた少年探しに本腰を入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る