Ⅱ.異形の国のアリステラ

1.先生と私

 私はいつものように、日課の水やりをしていた。

 鼻歌を歌いながら、今日の朝、先生から習った魔術のことを教えてあげながら。

 教えることに夢中になっていたからか、後ろのことに私はまったく気付かなかった。


「君は本当に面白い子だね、そして、私には理解できない子だ」

「っ!」


 驚いて振り向くと、そこに先生は立っていた。

 私と似た髪色。でも、先生の方が私よりも長くて透き通っていて、宝石の糸みたいで綺麗。

 先生はくすくすと楽しげに笑いながら、髪を掻き上げていた。

 私は改めて自分のしていたことを振り返る。水やり。これのどこを先生は「面白い」と表現しているのだろう。

 ……頭の悪い私には、分からない。

 分からない時は質問すべし。私は、ぱっと手を挙げる。



「面白い、ですか?」

「あぁ、とっても」


 先生は、すたすたと私の居る庭の方へ来て、庭に備え付けてある白い椅子に座った。そして、私が語り掛けていたローリエとローズマリー達を見始める。

 先生の視線を浴びて、草花も喜んでいるのだろう。心なしかいつもよりも緑色が鮮やかな気がする。精霊さんや妖精さんが飛んでいるのかもしれない。見える目を持っていないけれど。

 どちらも精神安定用の魔法薬に使う植物だ。わざわざ街に行って買うのも面倒ということで、先生が家の庭で育てているもの。

 私は、これの水やりを任されている。

 先生は、そんな草花を指差した。

 何かまずいところでもあったのだろうか。ええと、水のやりすぎ、とか。


「それらはいずれ私達の身体の中に消化されるもので、話しかけたところで、生産効率は上がらないし、効用も増幅しない。それでも君は、動物や植物に話しかける。どうしてかな?」


 つらつらと、先生は言葉を続けた。

 最初はよく意味が分からずに、「あ、……えっ、えっと……」としか口を動かせなかった。そんな私の拙い反応に、くすくすと先生は笑う。


「……あぁ、怒っているわけではないよ。純粋な疑問だ。答えないからと言って君を殴らないし、叱りつけたりもしない。で、どうかな?理由はある?」


 どうして消費するだけの道具に話しかけるのか。

 どうせ、それは使って無くなってしまうのに。

 どうせ、使い捨てるものなのに。

 先生の純粋な疑問、なのだろう。私も深くは考えたことはない。けど、理由を上げるとすれば――、


「あの、お話してると、さびしい気持ちが、なくなる、し、お話すると、この子達が、喜んでくれてる気がする、から……」

「喜んでくれる?寂しい気持ち?」


 先生は朝の二時間を、私の魔術修行や戦闘訓練に当ててくれている。けど、それが終わったら、私は一人。

 一人で復習したり、料理を作ってご飯を食べたりするけど、それをしたって寝ちゃう前の間の時間は余ってしまう。

 お話相手もいない。先生しかこの家にはいないから。

 だから、一人で静かな寂しい気持ちを紛らわせるために。あるいは、勉強を教えながら自分の復習をしてるつもりなのかもしれないけど。

 そういうことを、先生に伝えた。

 上手く伝えられている気持ちはないけれど、それでも先生はにこにこと笑みを絶やすことなく、最後まで聞いてくれた。


「だから、動物や植物に話しかけて時間潰しをしていたのか。ふむ、成程」


 先生はふむふむと何度か首を縦に動かして、私の頭を優しく撫でた。

 ぽんぽんと、よく頑張った、と言ってくれているかのよう。

 それだけで、私はとっても嬉しくなる。


「私はそういう感情を持ったことがなかったからな。……そうか、ふむ。寂しい気持ちを紛らわせるものがいるのか。でもホムンクルスを作るのは嫌だし、未完成の人形ドールを動かすのも、私の感覚的に許せないしなぁ……」

「せんせ?」


 ぼそぼそと呟く先生。小さな声で、私にはよく聞こえなかった。

 先生は撫でていた手を離して、その手を私の目の前へ差し出した。


「ま、おいおい考えていくとしようか。……よし、それじゃあ今日はもう少し魔術の特訓をしよう。君は物覚えが良いから、教えがいもあるし手間暇もかからない」

「っ!いいの?」

「あぁ、君は面白いからね。もっと知識を身に付けたら、もっと面白いところを見せてもらえるかもしれないから」


 先生の言葉を、私は正しく汲み取れなかった。

 ただ柔らかく笑う彼女に応じるように、私は少しだけ口元を綻ばせて、そして彼女の手を握ろうと小さな手を伸ばす。

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