――番外編・未来境界線

 その地に二人の異物が足を踏み入れた。

 この地の住人たちである、レムリア水晶に似た生命体はそれを敏感に察知した。水晶と言えば聞こえは良いが、外皮が透明なために臓器のような赤黒い物体が中で蠢いており生理的な嫌悪を覚えさせる。


 奇怪な見た目を裏切らずに彼らは非常に高度な生命体である。戦闘力においてもだ。

 水晶らしく光線を発射するのみならず、この世ならぬ光景を直接相手に刷り込んでの精神攻撃すらも容易く行う。


 おぞましい光の怪生物達は侵入者のことをよく知っていた。彼らの世界と時折接触する世界の生命体。人間と呼ばれるその生物は投擲力と知力と社会性を武器に成り上がった存在だが、水晶生物からすれば笑えるほどに個体性能が低い。彼らに笑いというものがあるのならばだが。

 

 時折接触する生物は水晶生命体にとっては、地球の中世貴族のような“狩り”の格好の標的となるようであった。彼らの世界は強固な体皮が無ければ長く生存するには難しい環境であり、かつ即座に死ぬほどに過酷でもないために水晶世界外の生物は酷く弱々しくなる。

 そこで外の世界で持て囃されるような戦士たちを捕らえては嬲るのだ。心が砕け散る様を相手にもたらすのが水晶生命体のスポーツ、もしくは本能なのだろう。



「いきなりビームってちょっとどうかと思うんだよ、僕は」



 煌めく氷の世界に、無骨な光が齎された。

 何の捻りもない長剣が水晶だけの世界を切り裂いて、水晶生命体に食い込んだ。それは反撃というものであり、水晶生命体がかつて経験してこなかったものだ。なにせ今までの娯楽相手は水晶生命体の外皮にかすり傷一つ付けられなかったのだから。



「って硬っ!?」



 もし水晶生命体に口があれば、それはコチラのセリフだ。そう言っただろう。

 金属の防具に身を包んだ人間は、どういうわけか彼らの光線すらも防ぎきってみせた。だからこそまだ生きている。



明日来あすくさん。剣はそのままでお願いします」



 ……そういえば、異物は二つであった。

 水晶生命体は優れすぎているために同種の争いはなく、武術のような戦闘技術が全く育っていなかった。彼らからすれば他の種族はビームを吹けば死ぬ程度の生き物なのだから当然である。


 ……水晶生命体にとって生は永遠に続くものだった。ほどほどに過酷な環境は奇跡的に恵まれた進化を彼らに促した。外皮は硬さだけでなく、あらゆる有害な要素を排除してきた。宇宙空間にそのまま放り込まれても問題なく生存できる。それが今……


 続いて現れた男の一撃が明日来と呼ばれた青年の剣へと叩き込まれる。既にめり込んでいた剣はその衝撃でさらに先へと進んで…悠久の時を生きてきたクリスタルを粉砕した。


/



「ハルマンさん……厄介な世界と繋がったからそれなりの力の持ち主が必要とか言ってたけど……この生き物たち滅茶苦茶強いじゃないですか! ああもう!」

「私としては、貴方があの老人と繋がっていたと知っていれば依頼など受けなかったのですが……」


 極寒の世界で背中合わせに男二人は構え合う。

 酸素に類するモノは一応あるにはあるようだが、この世界は生物には過酷だ。だからこそ異界の鎧を持つ明日来明人あすく・あすとに白羽の矢が立った。

 そしてそのサポートに選出されたのが双眸護兵そうぼう・ごへいだった。護兵は特殊な武具を持っていないが、気功術から派生した武術のエキスパートであり長時間体調を維持できる。



「地味な家門ですから、私は中堅どころ専門なんですよ。それが何で空間が繋がった別の星への突撃に……」

「いやぁ同盟の人達は相手が人でも妖怪でも無いっていうから、全くやる気が無かったんです。それで退魔師協同組合に依頼出したら該当者が貴方だけで……」



 神秘が開示されてから二十年以上が経過しようとしていた。

 大学を出てからも結局は切った張ったの世界から抜け出れなかった護兵も、変わらずに殺伐とした世界に身を置いている。

 変わった所は一つ。退魔師全体のレベルが異常なほどに上昇していた。


 次元接続、創界法、精神旅行……手段は多様だが、“都合が良すぎる”技術が定期的にばら撒かれた結果、人間は最早弱者とは言えなくなっていた。

 退魔師としては中の上から上の下に位置する護兵の立ち位置は今も変わっていない。だが、その域にある者は既に異界で暴れても問題が無いほどに底上げが成されているのだ。こうして“異世界帰りの勇者”などという冗談のような肩書を持つ男の支援が出来ているのがその証拠だ。


 過程で出た被害者は神秘が開示されない場合の十数倍にも及ぶとも言われていたが、ともあれ人間種は弱小種族を言い訳にはできなくなってしまっていた。


/


 気を込めた掌底が水晶生命体の外皮を無視して、無機物で構成された臓物を震わせる。無機物なのに臓物とはこれ如何に?



「カルマ。彼らの解析を」

『名前はそのまま〈レムリア〉。水晶に似た鉱物で造られた生命。有機生命体を参考に造られた内蔵物が弱点だ。レベルは52。現状のスキルで有効なのは〈裂衝破〉と推定』

「結構高いな……うん? 造られた?」

「さっきから何を一人で喋ってるんですか明日来さん? 次が来ますよ?」



 水晶の床を踏みしめて、水晶の敵を砕く。

 見た目と同様に地球の水晶と同じならば、明日から供給過多で社会はまた振り子のように揺れそうな光景だった。



「いえ、これは僕の能力のようなもので……ええっと、何ていうか相手の詳細が分かるんです」

「真実ならば便利ですね。それがなぜ戦場の真ん中で考え込むことに繋がるんですか?」

「いや…このクリスタル達のプロフィールに“造られた”ってあるんですよ。誰が造ったのかなって」

「宇宙彫刻家とかいても、もう驚きませんね」



 投げやりな言葉と同時に、背後からの光線を躱しながら前方の水晶に蹴りをくれる護兵。ちなみに優れた術と武具を持つ勇者は護兵が一体倒す間に二体倒している。



「世の中、日めくりカレンダー並みに常識が日々変わりますからねぇ」



 水晶生命体をロングソードで切り裂いた明日来も感慨深げに呟く。この星のように距離を無視して繋がる空間や、異世界のオンパレードでもはや地図すらも用を成さなくなって久しい。

 ネットワークが発達しても結局は自分の目を信じるしか無い、ハイテクでアナログ…それでいて神秘的というわけの分からなさが現在の世界だ。


/



「単調で慣れて来ましたけど、この数を二人でっていうのはちょっと難しいですね」

「破片を持ち帰って、兵器工房になんとかしてもらうとか……人口というか……クリスタル口がどれくらいかも分かりませんし」



 呑気に空気振動による原始的な意思疎通を行う人間二人を前に、水晶生命体は奇妙なゆらぎを内部に感じた。あるいはそれは怒りと呼ばれるモノかもしれない……それに呼応して、星中の水晶生命体が点滅を開始する。



「うっわめっちゃ光ってますよ!? 3分間しか戦えないタイマー的なのなら良いなぁ!」

「どっちかというと、3分後に爆発とかの方がありそうですが……というか例え古いですね明日来さん」



 二人の現代退魔師にはまだ余裕がある。

 この星に乗り込めるのが少数だっただけであり、後方の援護にはそれなりの人数が揃っている。ある程度の金銭を支払えば、彼らに脱出を頼むことができる。


 その余裕を前にして、水晶生命体の点滅がますます激しさを増す。

 人間は知りようもないが、それは彼らの歌。あるいは祈り。

 来たれ。来たれ。この傲岸な生命を打ち砕き、あるべき秩序と地位を希う。


 ここは神秘の世界。

 過酷な環境の接続で地球側が危機と見なしたように…神秘が溢れる世界と繋がったことで水晶惑星もまた神秘を取り戻していた。


 鳴動する地表。

 水晶地殻を打ち破り、彼らの“神”が姿を現す。


/


 それは巨大な水晶立方体を中心に針金のようなものが4本生えた奇怪な巨人だった。

 針金が垂れ下がっているために手足のように見えて、人形と人間には映ってしまう。

 その背丈は山をも一跨ぎしそうであり、それと同時に手足が酷く細いために見るものをあらゆる面で不安に陥れる。



「デカいな……学生の頃戦った大木を思い出す……」

「うわっレベル97!?」

「それってどれくらい凄いんですか?」

「……双眸さんが61で僕が72です」


 言葉に事態を整理する護兵。

 明日来のスキルとやらは言わばゲームめいた感覚の数値で敵を判断できるというものらしい。護兵も少しはそういった遊びに理解がある。

 巨体に反して大人しめな数値にも思えるが……こういった場合レベルというものは10離れていれば殆ど博打めいた難易度になる場合がある。


 若くとも歴戦の二人は同時に判断した。



「「逃げて、ハルマンに押し付けましょう」」



 言葉と共にそこらの水晶を踏み台に二人は駆け出した。



「恐るべし宇宙彫刻家……!」

「これだから上の上の世界は嫌なんだよなぁ……!」



 勝手に名付けられた神は緩慢に追ってくる。しかし一歩がとんでもない距離である。油断はできない。異常が常態化した世界では、この巨体も受け入れられることがあるのだろうか?

 実際に世界で生きる二人にはどうでもいいことだった。ただ、必死に走っていると忘れていたような童心が戻ってくるのを感じるだけだ。

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