普通の日でも
なぜこんなことになったのだろう?
この場でその疑問を抱いているのは俺だけなのだろうか?
未だ夏の日差しが残る曽良場大学。そのサークルB棟前にある運動場において、双眸護兵はとりあえず悩んでみた。
悩んだときに現状を確認するのは、別に修羅場ならずとも当然のことであるかもしれない。
白線で地面に四角が描かれた、その場に立っている。
眼の前には斜線が伸びて、白のベースに繋がっていっていた。
…まぁ有り体に言って野球場なのだ。
だが、それだけなら護兵は悩まなかっただろう。問題は……
『
どこかで聞いた声が敵手の名を告げる。
弾を打ち返すための棒……バットを持った護兵の前に半袖半ズボンの若者が立つ。これから始まる刹那の勝負の相手だ。
彼は放つ弾を足で器用に弾いている。弾丸の名をサッカーボールという。
「……いや、なんだこれ」
遠くを見れば繋がった白線の向こうにサッカーゴールが存在する。
打者が打ったサッカーボールがそこに入ればゴールとなる。
……ルールを脳内で再確認すると更に自身で困惑した。
実を言えば護兵も分かってはいた。なぜ、こうなったのか。なぜこんなことをしているのかも。
それでも言いたいことがあるのだ。
「……どういうことだコレ」
時は少し前に遡る。
/
多くのサークルがそうであるようにオカルト研究会もまた、常時オカルトを探求しているわけではない。この日双眸護兵は至って穏やかにサークル室で、アドバンスな携帯機でゲームを嗜んでいた。
「ゴッちゃんの持ち物ってどうしてそういちいち古いんだ」
「まだクリアしていない名作がたくさんある。経験しないうちに次世代へと行くわけにもいかんだろう」
次世代どころか世間は3世代先に突入しているのだが、それを護兵が知っているかは限りなく怪しかった。とはいえ、こうした電子遊戯を楽しめるぐらいには彼もまた現代っ子であるということか。
実際そんな様子は実に微笑ましい。現代の退魔師は控えめに言っても殺戮者だ。殺伐とした世界に生きる者が稚気を保っている様子は見守る人間たちをどこか穏やかな気分にさせてくれる。
「まぁ実際そうだな。積みゲーとかよりは幾らか健全か」
ボヤく符木津博光の手にあるのはその最新型だ。
家風が堅苦しく、当主である彼はそれに縛られている。だからこのサークル室に財布の中身が許す限りの娯楽を置いてある。家に置いておけばまたぞろ親戚がうるさいからだ。
「なんなら貸そうか、ゲーム機。PCでもいいけど」
サークル活動には明らかに過剰性能であるノートPCとタブレットをかかげながら言うのは紅一点、狭霧華風だ。護兵も博光もそれを微妙な目でみやった。去年と形が違うのは新調したからだろう。見た目通りに良いところのお嬢様である華風が、この手の機材を全て所有しているのを二人共知っている。
率直に言えるならばとても借りたいところだが、金持ちにたかるのはなんだかなぁ…という微妙な心理で素直になれない男二人はため息をつく。
「いやまあ実際PC買うのはありかもなぁ……全部スキャンすれば
「理想は電子と物質の双方で保管することだよ?」
「それは部長の家が広いから言えることです。我が家の土蔵は後2世代くらいで足の踏み場が無くなります」
「言っとくけど、普通の家に土蔵無いからなゴっちゃん?」
オカルト研究会がオカルトじゃないことに盛り上がる昼下がり。
それをご破産にする一撃がサークル室に飛び込んできた。
割れるガラス窓。破片を博光の符が包んで、飛散を防ぐ。
銃弾さながらに飛び込んできた物体を、護兵が静かに受け止めた。あまりの勢いに座ったままの姿勢では護兵の腕すら若干押される。
『ごめーん、大丈夫ぅ?』
外から呑気な声が聞こえる。
それに向かって博光は、頑固親父よろしく吠え立てた。
「てめぇ! またか! 今月3度めだぞ! くたばれ神秘草野球!」
『あーん? 大きく出たな退魔師ぃ!』
それが今回の騒動の口火となったのだ。
/
「いや、マジでどうにかしようぜ連中……」
共用スペースで各サークルの人員がひしめき合い、頷きあう。
彼らが語る議題の槍玉に挙がっているのは、神秘草野球と魔導蹴球会だ。
「そうだねー。ガラスが割れる頻度が高すぎて困っちゃう。サークル費も無限に捻出されるわけじゃないしさぁ」
魔導科学研究会の部長である巻き角が言えば、周囲から物理的な袋叩きにあう。確かに毎月やらかすわけではないが、彼のサークルは半年に一度ほどの頻度でとんでもない騒ぎを起こすために、こうした場で発言は許されない。
「二階はまだ良いわよぉ。一階はサッカーボールが飛んでくるしぃ。野球のよりも弾、大きいんだよぉ? 最近は燃えてるしぃ」
二昔前の流行のメイクをしたアルラウネが切実に語る。“魔光による草花育成を試みる会”の代表である彼女からすれば火は最大の敵なのだろう。
それを皮切りにして、話が明後日の方向へと進み始めた。サークル室への被害を防ぐにはどうしたらいいか? から神秘野球と魔導蹴球のどちらがより迷惑かを競い始めた。ついにはどういうわけか運動場の使用権をかけて双方が争い、最終的には互いのルールを混ぜた競技で決着をつけることに。
その一連の流れの間、護兵は何も言えなかった。時々、話を妙な方向へとかき混ぜているのが彼の部長だったからだ。
/
…
……?
「って全部、部長のせいじゃないか!?」
記憶を再整理した護兵はどこへ向けていいか分からない怒りを、飛んできたサッカーボールにぶつけることにした。魔導蹴球会のエースである不知火円也が蹴り出したサッカーボールは炎を帯びる。さらにその温度と炎色反応を調節することで、陽炎のように見えにくい弾を作り出す。
独学でここまでたどり着くことは流石のエース。だが円也は選択を間違えた。こと双眸護兵相手ならば素直に炎の弾丸とするべきで、小賢しい幻惑に頼るべきではなかったのだ。
「気流付属、収束!」
目を強化する双眸流の使い手である護兵には、飛んでくるサッカーボールが正確に見えている。さらに気による身体強化、手に持ったを己の一部とみなす気の付属でバットまでをも強化。
振り抜いた一撃は綺麗に、サッカーボールの狙った角度を捕らえた。
「退魔師出すの卑怯だろ!?」
「勝てば良いんだよ、蹴球部! 外部の助っ人ありだぜ!」
蹴球部の叫びも虚しく、そして野球部の喝采に応えて打ち上げられた弾丸はゴールへと向かい……
サッカーゴール全体を覆った紙によって防がれた。
「博光ぅーーー!?」
「悪く思うなよ、ゴっちゃん! バリア一回ごとに食券3枚だ……!」
「買収されただけじゃねぇか!」
ゴールを全部覆われたら、勝てるはずもない。たとえルールがそもそも意味不明なクソ競技でもだ。直ちにサークルB棟全員を巻き込んだ乱闘へとまた変わりだす。
全員が芝生と土のエリアに足を踏み入れた時、アナウンサー席にいた狭霧華風が高らかに拡声器越しに宣言した。
『古来、地の利を制するものが勝負を制する! そうれ、ポチッとな』
異種族と神秘で強化された人間達による乱闘は戦争めいた様子だったが、足元の芝生が突如として凄まじい速度で生育し、成長した。
紫の毒毒しい花からツルが生えだして、人間を縛りだす。
『あっはははっ! 白線引きに魔導植物探索会の部屋にあった種を適当に打ち込んで置いたのだ! まぁ、どういう効果なのか私には全然分からなかったけど!」
「男の触手プレイとか見たくねぇ! はぁん!」
「いろんな意味でやめろてめぇら! くそ、こうなったら燃やしてやる!」
「やめろ円也! ってああ! 馬鹿、ツル繋がってるんだから火なんか付けた日にゃ……!」
とりあえずサークルB棟は焼失は免れた。
勝者……狭霧華風。賞品、無し。
特に意味もない日でも、この区画は異常に騒がしいのだった……
「いや、やっぱり部長のせいだろ」
全てが燃えた運動場で、護兵はつぶやいた。
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