深淵の遺児達
ベリンダの対応は何も間違っていなかった。
サングリーズルは他の封印騎士が用いる甲冑とは異なり、機動力と火力に優れる反面、脆くそして軽い。地下では飛行を用いることが難しい以上は、速度の維持と攻撃の手を休めないことこそ深淵騎士への対処法だ。
充分に速度が乗った刺突大剣の一撃は、黒騎士の装甲を貫く威力を発揮するはずだった。
「よせ、ベリンダ!そいつは
今回の相方が発した忠告が耳に響いたと同時に、凄まじい衝撃がベリンダを襲った。……敵の大剣で弾かれた。だが、どうやって? 深淵騎士は弛緩した姿勢のままであり、効果のある一撃を放てる体勢では無かった。だからこそ、ベリンダは突貫を試みたのだ。
幸いにして深淵騎士は刃筋を立てておらず、剣の平で叩いた格好だ。
弾丸のように弾き飛ばされた女騎士が壁へと激突する前に、双眸護兵がベリンダを受け止めて着地した。
「なんだ、アレは……」
深淵騎士が構えていなかった理由にして、その体勢から剛撃を放てた理由。
黒騎士の右腕が
長さは5mほどには達しているだろうか? 太さは少し細くなった程度で、明らかに元の体積よりも増えている。
「さぁな分からないが……もう人間とは呼べんだろうよ」
護兵はその目で敵を見据える。
甲冑の奥にある気の流れを読み取れば、その異常さが明らかだ。人間であれ動物であれ妖怪であれ……気の流れは一種の調和した美しさがある。生まれ持ったものだから当然のことだ。一筆書きのように、歪んでいようとも始まりと終わりのみで結ばれた気脈は美しい。
だが、眼前の深淵騎士は違う。
ずぼらな者の家の電気配線めいて絡まり、迷いながら様々なところで無意味に繋がっていた。裁縫の下手な人間が行うパッチワーク。それが護兵の感想だった。
「二人がかりで行くぞ、常識が通じる相手じゃない。最初に決めたとおりに俺が援護する!」
ベリンダを優しく降ろした護兵は自身も構えた。
右拳を前に軽く突き出す双眸流基本の型で、相手の一挙一動をも見逃すまいと注視する。その立ち姿でベリンダもまた気を取り直す。
「騎士などというが、我らは手段を選ばない。……これは決闘ではなく後始末なのだから」
かつて自分たちが所属していた組織の業を処断することこそ、封印騎士が使命。一対一ではなく多数で押しつぶすことも躊躇ってはならないのだ。
「守りは任せるぞゴヘー、私は……突き崩す!」
/
『おぉおおおおお、おおおん!』
奇怪な声と共に腕を振り回す騎士をモニタ越しに見守っているのは、退魔師のバックアップ側だけではない。神経質そうな目つきに、白衣姿。頭は禿げ上がっているが、僅かに髪が残っている。全体的な印象としては気味が悪いという他は無い男は監視室で歓声をあげた。
「ほっほう! ガンマを相手に押している! いいぞ……いい素材が来た!」
/
伸び縮みが自在なのは四肢全てであるようだった。
全身が鞭であり、鈍器。
中から近距離にかけておよそ死角は無いように思われた。
しかし、偏見を廃することこそ双眸流の根幹。未だ開祖の域へと至らずとも、ベリンダという前衛がいるために出来た余裕から対手の穴を看破する。
「ベリンダ! こいつは四肢の連携が取れていない! そして、何よりも……」
ベリンダの突撃を躱したところに護兵が蹴りを放つ。
見事に命中したその一撃。操気士が放つ大砲じみた一撃を受けた甲冑は流石にへこみを見せた。金属が食い込む痛みはマトモな騎士であれば悶絶しかねないだろうが、敵の動きは鈍らない。
「鞭のように見えるが、動きは鞭ほど速くはない! 徹底して速度で攻めるぞ!」
「承知した! セット――〈ラド〉!」
移動を象徴するルーンがベリンダの大剣に輝く。
繰り出される突きが勢いを一撃ごとに増していくのは、ルーンの効果により空気抵抗が物理を無視して抑えられていくためだ。
硬く力強い深淵騎士は、依然として脅威ではあるが、それだけだ。戦いの中で互いを知ることで連携を深めていく、二人を叩き潰すには至らない。
「技がない。狂気がない。やはりお前は騎士ではないな! 双眸流――〈布役険刃〉!」
それは気刃の応用。
伸ばすと同時に極限まで薄く折りたたみ、気による布を形成する技。体の一部として認識できる最大の長さに迫るために、技としての難易度は非常に高い。
当主の名に恥じない力量を持つ護兵ですら実戦での使用は初めてのことだ。それを行えるのは共に戦う女騎士がいるからである。そして仲間は彼女だけではない。
白い紙で出来たフクロウが深淵騎士に襲いかかる。無論、紙で出来たその鳥は何の攻撃力も持たないが、狂気の騎士は鋭敏にそれに反応してしまう。伸ばした四肢を戻して迎え撃つ。
「おぉぉおおおん!?」
そこに絡みつく〈布役険刃〉。四肢を拘束する気の布だ。薄いがゆえに長時間は持ちこたえられないが、出掛かりを完全に潰せた。
「セット――〈ケン〉!」
動きが止まった一瞬に炎の大剣が襲いかかる。溶断の刃がついに深淵騎士の甲冑すらも溶かし……兜の部分を両断した。凄まじい熱が同時に加えられたために、血しぶきもあげない。
崩れ落ちる鎧が音を立てて床へと転がった。
/
「うむ。やはり汚れた騎士は消毒するに限るな。立てるかゴヘー」
ああ、とベリンダの手を握って立ち上がる。
生成した気刃が壊されたために、気の消費が発生した。それから来る一時的な倦怠感だった。
「博光。助かった。まさか最初のフクロウを再利用するとはな」
『よゆー、よゆー。遠隔操作は布木津のお家芸だ。他にもいろいろあるから期待してろゴッちゃん。大体どっちも超近接型のくせに援護だ主力だのアホだろ』
『素直じゃないねぇ博光君は……ところでその人、中身が見えないんだけどロボット?』
……なに? とベリンダと護兵は倒した相手へと目を向けた。
狭霧華風はこの世界においては異常者であり、その視界は神秘とチャンネルが合っていない。その華風に見えないということは、やはり人間では無かったということである。
切断した頭部を覗き込んで二人は絶句した。確かにこれは人間ではない。
「な、んだコレ……」
溶断されて半分しか残っていない顔は魚人のそれに似ている。そして甲殻類のような殻に、ぬらぬらとした軟体生物の肌。腕のように見えていたのは何本もの触手を束ねたもののようだ。
「驚いてくれたかね? 我が社自慢の製品なのだよ……ま、〈プロジェクト・バスタード〉の副産物だがね」
護兵とベリンダは声の主に目を向けた。
汚らしい緑色に汚れた白衣をまとう禿頭。医者を想起させる格好だが、子供のように無邪気な顔が悍ましい。護兵とベリンダが彼の接近を止めなかったのは、この男に戦意が無いことと戦闘能力自体が無いためだ。
だが、警戒はする。この男は非道を非道とも外道とも認識できない類の人間。わかりやすく言えばマッドサイエンティストに分類される者だ。
/
「最近は世知辛くてねぇ、こうした売り物まで作らないといけない。しかし、本社ではこれが中々評価されてね? 試験運用中なんだよ」
言葉の端々に自慢気な響きが混ざっている。自虐に似た自慢というものであり、聞く人間の耳をいちいち苛立たせてくれる。
「しかしだよ? ……これはこれで大変なんだ。なにせプロジェクトの応用だからね、素材を選ばないとマトモな出来にならない。だから君たちが来てくれたのはとてもいいタイミングだった。
それが警備が手薄な理由。
襲ってくる相手を捕らえて自分の兵へと変える。乗り込んでくるのが腕自慢であればあるほど良いという寸法だった。
男がこれ見よがしにスイッチを押すと周囲の壁がせり上がる。
水色の液体を満たした大型の試験管のような物が均等に並んでいる。先程のような海棲生物型から植物のようなものまで……まるで幅広く取り揃えて見ましたと言わんばかり。
そして一つだけ黄色い液体に満たされた、他を上回る大きさのカプセルには極大の触手のような者が一本。
「これがプロジェクトとやらか。バスタードとは言ったものだな」
ベリンダの声には隠しようもない敵意が込められている。生命を実験体にすることへの忌避、選ばない手段、単純な美醜……当然の反応だった。
バスタードという言葉には様々な意味がある。その中には嫌な者、蔑称としての私生児そして……
「雑種……」
深淵と原生生物の混交生物を作成する過程で、内奥された神秘へと迫る。それこそがプロジェクト・バスタードだった。
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