格上との戦い
狂人が作り出した忌むべきモノ。アレも深淵に変わりはない。そして深淵の出現を防げなかったとしても……自分がやるべきことに変わりはない。
決意と共にベリンダは光輝を呼び寄せる。
「装信……コード《サングリーズル》」
声とともにベルトから引き抜かれる懐中電灯警棒。淡い輝きと共に彼女は鋼を身に纏っていく。邪を打ち払う銀の輝き、封印騎士が身に纏う甲冑と大剣を召喚したのだ。
しかし封印騎士を知悉する者があれば、この武装に違和感を覚えたことだろう。ベリンダのソレは他の封印騎士の物よりずっと
騎士という名から誤解されがちではあるが、封印騎士という存在に長い歴史は無い。神秘の開示に伴って拡大していく深淵の脅威に対抗する彼らの中には独自の工夫を加えていくものも多かった。
ベリンダの父とベリンダ自身もそうした者の一人だ。深淵の多くが強大な存在であることから、多くの封印騎士が諦めがちになる大目標“深淵の消滅”を目指した武装だった。未だたどり着いてはいないが。
「さて……」
短かったが、退魔師達と過ごす時間は中々に楽しかった。別れを告げねば……、悲壮な覚悟を固めていくメリンダの横で護兵はぐるりと肩を回した。
「では行くとするか。深淵相手にするコツとかあるか、ベリンダ?」
なぜそうなるのだ。
「何を言っている。お前はアレとは無関係だろうゴヘー。半端な覚悟で戦って良い相手でもない」
「お前こそ何を言っている。アレが見た目通りに地面に根っ子を生やして、この場で生活してくれるとでも?」
「それは……」
確かにその通りだった。
“紫樹”が起動しただけで満足し、大人しく引きこもってくれるというのは希望的観測に過ぎない。深淵樹自身が動くか、端末を増やしていくかは分からないものの、被害を加速させていく方が
「そうなりゃ俺達の家もあぶねーわな。まぁウチは多少吸い取られたほうがいい気味だけどよ。流石にアレを放っておくとかないっしょ」
いつだって戦いは自分自身のためでもある。大体にして出会った時点で因縁のようなものであり、深淵を相手にするのはベリンダだけの責務でもない。
「全く。変な連中だ……言っておくが私は誰かと共闘することには慣れていない。巻き込まれるなよ?」
奇妙に浮いた気分を表現しようとして、ベリンダは口角を釣り上げようとした。…上手くいかない。父親がいなくなってから、その表情を何と言うのかさえ忘れていたのだから。
/
「それはいいんだがね? あの樹の幽霊を相手に勝算とかあるのかね、君たち。私はオカルト初体験中だけど、真っ当に戦えるような相手なのかい?」
この場で最も深淵に慣れているベリンダは首を振った。
勝ち目など無い。別に退魔師達を舐めているわけでも、自己を低く見積もっているわけでもない。だが完全に顕現を果たした深淵を相手にすれば全くもって足りない。それが擬似的な深淵だとしてもだ。
それこそ大量破壊兵器を叩き込む必要があるだろう。要は火力が不足していた。
「なら、少しは考える必要があるだろう?」
狭霧華風は初めて会ったオカルトを前に引くという選択肢を知らない。状況が分かっているのか、いないのか。混沌と化した村でさえ落ち着いていた。
「まず我々はなぜ呼び寄せられた?」
「そりゃ、あれの餌としてだな。キックスタートさせるのに住民だけじゃ不足だったんだろ」
飛来する枝をベリンダが切り払う。護兵が蹴り、軌道を変える。考えるのは頭が良いものがやればよい。この場では博光と華風にあたる。
「うんうん。つまり、あの幽霊は食事が必要なんだろう? ほら、方針が一つは見えてきた。でも、そんなありきたりじゃ無理だから君たちは焦っている。だから、もう少し考えを進めてみよう。そもそもあの幽霊は長い間、大人しくしていた。それがなぜ、突然動き出した?」
「起動させたやつがいるから。そして、そいつが封印を解いたやつでもある」
「そう。気絶してたから聞きたいんだけど、あの樹が人を襲いだしたのは封印が解かれてからだろうか? それとも前から?」
「解かれてからだろうな。籠が無くなってからじゃないと餌が取れない。そして、事が起きた時には利益を得るやつがいる」
後ろで長々と続く会話を聞きながら護兵は戦闘を続行。ふと思い出したことがあり、隣の女騎士へと問うた。
「……ベリンダ。この村の封印について何か言ってなかったか」
「? ああ……強固なことと……あとは司祭の一族でなければ弾かれるぐらいしか知らん」
司祭の一族でなければ弾かれる。結界を解除することを試みる段階から特定の人物しか出来ない仕組み。
「……封印を解いたのは、あの社の関係者。あの深淵は人が作った類。つまりは」
「「……制御するための何かがあり、それは今誰かが持っている」」
/
なにやら話がまとまったようで何よりである。状況にあっさりと適応した華風が恐ろしいものの、希望が見えたというのなら実に助かる。
「なにせ、洒落にもならんぐらい強いな。ベリンダ、貴方達はあんなのを相手にしてたのか」
足先を固める。腹から練り上げた気を全身に巡らす。足を撓ませた後、護兵は蹴りを
だというのに細い小枝すら折れない。舌打ちをしながら、護兵は一旦後退した。
「いや……私も完全に実体化したものを相手取るのは初めてだな。だが、アレが我々の敵だというのは正しい。ゴヘー、コイツは打撃に耐性があるようだ。下がれ。私なら……」
刺突大剣が凄まじい速度で繰り出される。確かに戦乙女の剣は小枝を切断して退けた。
「斬れる。そして、植物を模しているならば火も有効だ。セット――“ケン”」
刺突大剣にベリンダが何かを装填すると、火炎が戦いを彩った。確かに有効だった。小枝は
どうだ、と言わんばかりのメリンダだったが。
「おい。生きて動く枝に火を付けるな。お前は顔まで覆ってるから良いのかも知れんが、こっちに余計な被害が出る」
「……しまった」
ついでに村も燃え始めるだろう。流石の彼らも火あぶりや、煙に巻かれたのならば動きが低下するのは避けられない。深淵から出た煙ならば、通常では考えられない害があってもおかしくはない。
村にいたものはあらかた食い尽くしたのか、枝は散発的になってきている。少しは余裕が出て来るが、コチラの側に集中してくる前触れでもあった。
そんな短い間隙に後ろから紙が飛んでくる。ベリンダも護兵もそれを見もせずに捕まえた。
『おい、ゴッちゃんに騎士サマ。これから俺が深淵の制御装置を持ち逃げしたやつを探す。その間、アレを引きつけてくれ。あ、出来るなら動かしてくれ。見っけたら俺と先輩で再封印を狙うから』
「分かった。全力なら10分は保つ」
護兵の返答は短い。無策のままでは面白くもないし、戦闘能力のない華風が前に出るとなればできないなどとは口に出来るわけもない。
/
捕食を終えてまどろみから抜けつつある“紫樹”。彼あるいは彼女の行動が変わり始める。…まだ動いている者がいる。しかも、他に比べて栄養価が高そうだ。良いぞ、狩猟を開始しよう。
『ふんぐる、ぐるぐる、いぇいあ!』
意味のない叫びとともに深淵樹から地震めいた振動が発せられる。大地が割れる。根を自分で引き抜いて、
「やっぱり動くのか……残ってよかったな。しかし、妙ちくりんな生き物だ。一気にファンタジー生物だなぁ」
巨大な木に足だけが生えている。どこか滑稽な体だった。
「足を狙って転ばすか?」
『止めてくれよー。確かに有効そうだけど、制御するための設備が残ってるのかも怪しいんだから。とにかく、引き離してくれ』
「言われずとも、向こうがその気のようだ。明らかにゴヘーを狙っているな」
目は口ほどに物を言う、とは言うが露骨過ぎる。多すぎる眼球が一点を見ているのだ。
『ゴッちゃんは常に体内で気をかなりの速度で循環させているから、パット見だと気配が一番大きいんだよな。まぁ総合的に見れば俺が上だけど!』
『ねぇコレ、スマホとかでも良いんじゃないかな会話』
「緊張感の無い連中だな……」
「確かにオレは隠密とか術とか平均以下だが、戦うなら負けん」
戦いに臨む際に軽口を叩きあうのは、神秘の世界でも物質の世界でも同じだ。緊張を解して万全の能力を発揮する精神状態まで移行させる。
「“双眸流”は最強だ。デカい樹にも負けん」
例えその流派の最強は自分ではなくとも。自分こそが当主なのだ。そこに疑問を持つからこそ流派の名を汚してはならない。
双眸護兵は地を蹴り、比較にならないほどの巨体を相手にすべく疾走を開始した。現代の戦乙女も続く。
「……相変わらず頭おかしいな、ゴッちゃんは」
その勇気は、果たして無謀とどう違うのか? 博光は奇妙な気分を持て余しながら親友を見送った。
あの樹が性能として自分達を遥かに上回っていることもさることながら、住民を吸収した速度を考えれば一発当たればそれで敗北が決定しかねない。
一般人ならば一瞬。異種族でも同様。防備なしならば護兵で10秒、博光は30秒…生命を吸われる
それに対して、護兵がやることは接近戦だ。正気の沙汰ではない。先程の軽口同様に総合的に見れば博光の方が護兵より上なのだが…半端に賢いが故に博光はその狂気を選択できないのだった。
劣等感が湧くのを抑えながら、博光は自分の仕事にかかった。
/
大きければ強い。それは神秘の力が加わった世界の戦闘でも変わりはない。決定的でなくなっただけだ。
双眸護兵にベリンダと深淵樹のサイズ差は呆れるほどだ。長さだけでも50倍にさえ届きかねない。太さも加われば不利はなおさらだった。
『ふんぐる、ふぐる!』
剣林弾雨とでも言うように振るわれる枝の一撃。小枝と葉もおまけで付いてくるために非常に性質が悪かった。符木津博光が掠ったらただではすまないと断じたそれに、あろうことか双眸護兵は飛び込んだ。
「双眸流……〈撓り〉並びに〈空太刀〉が合わせ」
双眸護兵の手足に気で作られた刃が形成される。まさに手刀、足刀。
「――〈狂い独楽〉」
相手の攻撃の威力を受け流し、自身の回転速度に加える〈撓り〉。それに気刃を作り出す〈空太刀〉が合わさり、双眸護兵は生きたスピードソーと化した。姉と護兵自身が得意とする独自の技だった。
小枝と葉を微塵に切り裂きながら独楽が舞う。
……〈撓り〉も〈空太刀〉も珍しい技ではない。実際、博光が使う符木流にも名前は違うが、同様の技がある。
しかし、ここまでの威力を保つのは双眸流だけだ。その理由は流派の名前通りに目にある。
双眸流の骨子は眼に有り……常に循環する気の経路。その流れを速くしたり、太くするのが操気の技の基本だ。その流れに眼を加えることで活性化。敵の動きを読み取り、先に動き、脆いところを狙う。
双眸流に独自の技など必要なし。眼の扱いを極めれば全ての技が必殺となる。
とはいっても、それも怪異や同じ人を相手にする場合の必殺だ。“深淵”は想定していない。
『ふんぎ?』
一本の枝の末節を削り飛ばされようとも、“紫樹”にとっては文字通りの枝葉末節。痛みすら感じずに、自分の一撃で獲物が生きていることを不思議に思うだけだ。
だからこそ、時間稼ぎにはうってつけだった。大した攻撃ではないと向こうが感じるからこそ、深淵樹は阿呆のように同じことを飽きるまで繰り返す。
「元からそれが役割とはいえ、少々自信を無くすな」
「いいや、良い技だ。お前が端から。そして私が本体を狙おう」
「……は?」
双眸護兵は声の方向を見て、マヌケな声を上げてしまった。……ベリンダの背にあるのは鋼鉄の羽。それを使って、地を這う同業者を尻目に飛んでいく。
……魔術による飛行は、世間一般のイメージとは異なり非常に難しい。浮くのならばともかく、狙った場所へ動くとなればなおさらだった。同時に使う必要のある術が多すぎた。
天才術士である符木津博光をもってすら、入念な下準備をしたうえで極短時間可能。ヘリに飛行機……この分野に関して言えば、科学は明らかに魔術を上回っていた。
しかし、メリンダは単身で飛行していた。あまつさえ戦闘態勢に移行してさえいる。一体、どういう仕組なのか? 双眸流の眼はそれを察した。
「……頭おかしいな、あいつ」
ベリンダが聞いていたのならば、お前に言われるほどではないと反論したことだろう。飛行する騎士という想定外の存在で、時間稼ぎが成りつつあった。
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