第6話 元魔王少女VS魔王(前編)

 すっかり忘れていた――ということでもないが、あえて触れなければ無かったことになるような気がしていた。だが、そんなわけもない。

「ふ、服を着ればいいんだろうが!」

 そうだ。今なら服を着られる。想像したものを具現化できる今の能力があれば――

 とりあえず、まずはパンツだ。下着のパンツも下着じゃないパンツも必要だ。無難に青チェックのトランクスを選び、ジーパンを出す。どちらも尻尾用の穴が空いている。それをいそいそと穿きながら、ファンタジー系の服装が良かったかと今更ながらに思ったが、そもそもファンタジー系の服装がどんなものかよく分かっていない。ゲームをする時にもっと注意して見ていればよかった。そう思いつつ靴下を出す。

「ねえ、早くしなさいよ!」

 戯れに尻尾を振りながら残りの格好について考えていると、少女に急かされた。そんなことを言われても思いつかないのだから仕方ない。今のうちに攻撃すればいいものを、彼女は律儀に着替えを待っている。

「……待たせたな」

 やがて、渡は紺色のマントに藍色のベスト、白のシャツに黒ネクタイ、青のブーツを出して身に着けた。ジーパンにも合うそこそこの魔王ファッションだと自己満足に浸りながら少女と、そして観客に言う。

「待ったわ。あなた、記憶喪失らしいから自己紹介しておくわね。あたしの名はピュレ! ピュレ・ガイールよ! 〇歳の時からおしゃぶりを具現化することで才覚を示し、覚えてないけど当時の魔王を倒し、それから十四年ずっと魔王をやってきたの。ぽっと出のあなたにこの地位を奪われるわけにはいかないのよ!」

「『当時の魔王を倒し』……?」

 渡は眉を顰めた。ということは、少女は〇歳にして殺人を行ったということだろうか。

「魔王のプライドにかけても負けるわけにはいかないの! 勝負よ!」

「勝負……!」

 こうなることは分かっていたが、やはり抵抗がある。

「ちなみに、俺が負けたらこのイケメンとゴリラはどうなるんだ?」

「イケメンって言葉の意味は解らないけど、勿論、処刑よ!」

「処刑……」

 ならば、勝負しないわけにはいかない。

「……勝負方法は?」

「剣とバリアーを具現化して、その強度で勝負よ! 先にバリアーを破った方が勝ち!」

「成程……解りやすいな」

 解りやすいが、単純ではない。剣には重さや大きさにバラつきがある。それに強度も、具現化されたものでなくてもそれぞれ違う。

 どの剣を使うかによって、勝負は決まるだろう。

(どんな剣にするか……)

 今まで触れてきたゲームや漫画に出てきた武器を思い出しながら、渡は考えた。

 バリアーを壊すのなら、なるべく重い剣が良いだろう。身長より長く、ずっしりとした大振りの剣だ。

(……無理だな)

 攻撃力は高いだろうが、重くて扱えない。ふらふらしているうちに先手を取られてしまうだろう。

(だとしたら、普通の剣を作るしかねーか……)

 頭の中であれこれと剣の形を考えていると、フレディが小声で話しかけてきた。

「何を考えているんですか?」

「何って……有利な剣の種類や形についてだよ」

「やっぱり……」

 フレディは呆れたように息を吐いた。五里倉が説明してくれる。

「具現化力は、見た目に左右されねえんだよ。どれだけいかつく作った武器でも力がへなちょこならおもちゃみてえなもんだし、短剣でも具現化力が強ければ強鉱石だって壊せんだぜ」

「……ソシャゲのカードみたいなもんか」

 屈強な男性だったり武器だったり、いくら強そうなイラストでも価値が低ければバトルには勝てない。それと同じことだろうか。

「え? ソシャ……なんですか?」

「何でもない」

 早口でフレディに答えると、渡はそれなら、と剣の姿を妄想した。今度は時間を掛けずに具現化に成功する。黒の柄には銀の縁取りがなされ、鍔には青の宝玉が埋め込まれている。刀身も黒で、両刃は鈍色に光っていた。

「待たせたな」

「待ったわ」

 先程と一言一句同じやりとりをすると、ピュレは赤い柄でパールピンクの刀身の小型ナイフを渡に向けた。視線が合うと同時、彼女は自身の前にバリアーを展開する。

「さあ! これを壊してみなさい!」

「……分かった」

 渡は剣先を下に向けたまま走り出す。剣の構え方も常識も知らないが、とにかく攻撃対象の前で振り上げればいいのだろう。

(このバリアーを壊さないと、ゴリラとフレディが死ぬ)

 全くの余談だが、名前を知った後も渡にとって五里倉はゴリラだった。

 薄水色のバリアーの前で剣を振り上げ、思い切り振り下ろす。本当に壊せるのかという不安と緊張を抱きながらも気合を込める。

 バリアーは――

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