第二十四話 責務
あらかじめ待機していた二人の兵士が、迎撃塔に備え付けられた巨大な鐘を鳴らす。
教会に備わっている鐘とは違い
破壊と殺戮に酔っていたドラゴンは、突如として鳴り響いた騒音に忌々しいと言わんばかりに目を細めた。
ドラゴンにしてみれば、地べたを這いずりまわる存在など殺されるためにあるようなものである。その有象無象が、
ドラゴンは身も心も凍てつかせるような咆哮と共に、その大翼をはためかせ塔へと突貫し始めた。ひと思いに塔ごと吹き飛ばし黙らせてやろうと。
こちらに一直線に向かってくるドラゴンを見て、マルグは最初の目論見が成功したことを悟る。
「まだ撃つな! おれの合図を待て、ぎりぎりまで引きつける! 身体を狙うな、翼を狙え!!」
マルグは
ドラゴンが油断し、突撃してきているこの瞬間。最初で最後の一撃で致命的な打撃を与えなければ勝負にすらならない。
そのためにはなるべく近くで、大弩の斉射を浴びせる必要がある。
失敗は許されなかった。距離を取られて延々と炎を吐かれれば、それで終わりなのだから。
恐怖の具現者が、みるみるうちに迫りくる。視界に映るドラゴンの姿が大きくなるにつれ、兵たちの緊張も極限まで高まっていく。
「いまだ、撃て!」
もはや数秒で塔と激突しそうなその瞬間、マルグは振り上げた十字剣の先をドラゴンへ向け、斉射の合図を叫ぶ。
もはや目を
四本すべての矢が、ドラゴンの翼膜を貫いた。突如として走る痛みに、ドラゴンは苦痛のうめき声を漏らす。
しかし、それでもドラゴンの勢いは止まらなかった。僅かに怯んだかと思えば、思わぬ反撃を受けた痛みを怒りに変え、血走った眼を見開いて突っ込んでくる。
「まずい、伏せ――――」
マルグがそう言い終える前に、ドラゴンの身体に弾かれ彼の身体は宙を浮いていた。全身を粉みじんにされたかのような衝撃が駆け巡る。
一秒が数十秒に間延びしたかのような感覚の中、マルグの視界に飛び込んでくるのは……滅びであった。
いったいどれほどの重さか皆目見当もつかないドラゴンの突貫。耐久力に重きを置いた迎撃塔の半分が、砂上の楼閣のように消し飛んだ。
さらにドラゴンと接触してしまった戦鐘が、まるで鼓膜を槍で貫かれたような爆音を鳴らす。
白黒に点滅した世界の中、鐘番の兵士ふたりが耳から血を噴出し倒れるのが見えた。
「――――ぐうううっっっ!」
気絶しそうな意識を無理やり精神力で繋ぎとめ、マルグは吹き飛ばされながら塔の床に十字剣を突き立て受身をとる。
深々と刺さった十字剣はがりがりと石床を削り斬りながら、十歩ほどの距離をおいて、ようやくマルグの勢いが止まった。
「……!? 身体が、動かない」
すぐさま剣を引き抜き次に備えなければならないマルグの意思に反して、全身を駆け巡る痺れがそれを許さない。
見ればドラゴンはすでに旋回して再度こちらへと迫り来ている。凶悪な牙の奥、喉元に
逃げようにも間に合わない。死を覚悟した矢先、ふいにマルグの身体が何者かに押さえつけられた。
「マルグ様、失礼します」
突如として自身に覆いかぶさってきたのは、頭から血を流した兵士長であった。
「!? お前、何をしている! 死ぬぞ、早く逃げろ!」
「街を、皆を。……後は頼みました」
「――――っ!」
直後、空気も蒸発しそうな炎の波が襲いくる。
肉が焦げていく異様な臭いが鼻腔を突き、業火が燃え盛る音に混じるいくつもの断末魔が、マルグの身だけではなく心までも焼いていく。
耐えに耐え、火の勢いが治まるころ。
兵士長は僅かな笑みを浮かべながら息絶えていた。その背中は完全に炭化しているというのに。
「……これは」
兵士長の亡骸が何かを抱えていることにマルグは気付いた。手にとって見れば、それは水がたっぷりと詰まった皮袋であった。
自分に使えば、ほんの僅かでも苦痛が和らいだろうに。
兵士長の命を捨てた献身に、マルグは短く黙祷を捧げた。
「必ず、仇はとる」
マルグは立ち上がると皮袋の紐を解き、頭から水を被った。全身の熱が急速に引いていく。
そして石床に突き刺さったままの十字剣を引き抜いた。あれだけの業火に晒されたにもかかわらず、剣の柄はほんのりと熱が残っているだけだった。
「みな、逝ったか……」
いまだ火の気が残る周囲を見渡し、マルグはひとり
半壊し大きく床が抉れた塔。下へと通じる階段は途中で崩壊していた。
斜めに傾き、いまにも真っ逆さまに落ちてしまいそうな戦鐘が、ぎぎぎと軋む不穏な音を奏でる。
僅か一分にも満たない間に、迎撃塔の頂きは百年の戦争を経たかのような有様に変貌していた。
これが、ドラゴンという最凶の災厄だ。
奴らは時も場所も選ばない。どこからともなく現れ、死と破壊を平等に振りまくのだ。
「……あれは」
悲観に暮れるマルグの視線がぴたりと止まる。
それは
「おれは守らねばならない。命を捨て守ろうとした者たちのためにも……」
すでに満身創痍。立っているだけでもやっとだというはずなのに、希望を託し逝った者たちを思えば、マルグの身体は自然と動き出す。
もうすでに塔の惨劇など忘れたのであろうか、ドラゴンは火の海と化した街を我がもの顔で飛び回っていた。逃げ回る民草に、さらなる絶望を与えるために。
「まだ戦いは終わっていないぞ、ドラゴン」
マルグは空を
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