真相 ~瞼の裏側~


 ――ピロパリパポン♪ ピロパリパポン♪――


 滑稽な音色の電子音が、僕の意識を現実に引き戻す。

 ハッとなった僕は、ごそごそとズボンのポケットをまさぐり、スマホに映し出された『呼び出し人』の名前を確認する。


 

 「あれ、平太さんだ。なんだろう――」



 ――タンッ、と、濃い緑色の電子ボタンを指で触り、僕はスマホを自身の耳元にあてがった。



 「……もしもし、どうしたの、……如月さん? うん、今一緒にいるよ。……えっ? ……うん、わかった、聞いてみるよ、……じゃあ、また後で――」



 用件を手短に済ませた僕は、スマホをズボンのポケットに戻す。自身の名前が出たためか、『何事か』とゴシック体の太いフォント文字を顔に浮かべている如月さんが、不思議そうな顔でこっちを見ていた。



 「あっ、平太さんがね。今日の晩御飯、一緒に焼き肉でも食べに行かないかって……、どうかな?」


 「……焼き肉……、食べたコト、無いわ」


 「えっ、無いの?」


 「……ええ、外食をあまりしないから……、テレビで観た事くらいは、あるのだけれど」



 ――そう言いながら、あさっての方向に目を向ける如月さんの口からは、すでによだれがジュルリと垂れている。……考えただけでよだれって、どんな想像力だよ。絶対に『食べ放題コース』にするようにと、平太さんにあとで念押ししておこう。


 

 …


 …


 …


 ……あれっ――



 滑稽な音色の電子音が、

 僕の脳内に、ある『違和感』を呼び起こした。



 「……? どうか、したのかしら……?」



 急に神妙な顔つきになったままフリーズした僕のことを、如月さんが訝し気な目つきで見つめる。僕は、如月さんに返答する暇もなく、グルグルと違和感の正体を頭の中で探っていた。



 …


 …


 …


 ……あっ――



 「――そうか」


 

 何かを思い出したように、声をあげる。

 いよいよ頭の上のクエスチョンマークが渋滞を起こし始めた如月さんに向かって、僕は、僕が感じた『違和感』の正体を説明した。



 「……いやね、一つだけ……、『解決していない謎』が残ってたんだ……」


 「……解決していない、『謎』……?」



 急に不穏なコトを言い出した僕を見つめながら、如月さんが怪訝そうに眉を八の字に曲げた。


 

 「昨日、烏丸はこう言っていた……、アイツは……、僕の青眼が開眼するのを『ひたすら待っていた』って……、僕が須磨に校舎裏に連れていかれたのを、『チャンスだと感じた』って……」


 「……それが、どうかしたのかしら?」


 「……うん、先週の月曜日……、僕の青眼が開眼して、全てが始まった『あの日』……。僕は今まで、僕の机の中に須磨のスマホを入れて、須磨が僕に激昂するように仕掛けた犯人は、『黒幕』と同一人物だと思っていたんだ」



 僕の言葉に腑に落ちたのか、如月さんの頭の上のクエスチョンマークが、エクスクラメーションマークに変換された。



 「……でも、全ての『黒幕』は烏丸だったわけで、その烏丸が、須磨のスマホを僕の机の中に入れてないとなると……、僕の机の中にスマホを投げ入れた『犯人』だけが、未だにわからないんだ。これが、解決していない『謎』だよ……、まぁ、今となっては、どうでも、いいん、だ、け――」



 僕の声が、尻切れトンボに、その音を次第に失う。

 


 ――果たして、『嫌な予感』。



 僕の説明を聞いていた如月さんが、口元に指をあてがい、ジー―ッと、いつになく真剣な表情で、何か思案に耽っている。



 ――ざわざわざわざわ、ザワザワザワザワ……



 暗雲が僕の胸の中に立ち込め、

 喉の奥が、キュウっと、縮こまるのを感じた。



 「……きさ、らぎ、さん……?」




 ――さっきまでの和やかな空気は、もはやどこにも流れていない。

 如月さんが浮かべている表情は、学校の屋上で一緒に黒幕探しをしていた時にみせたソレとたがわなかった。


 あまりにも真剣な彼女の顔つきに、完全に気圧されてしまった僕は……、さっき立てたばかりの『誓い』はどこへやら、ジワジワと広がり始める『絶望』に恐怖を覚えていた。

 神妙な顔つきで思案を続けていた彼女から――



 「……そう、だったのね――」



 ポツリと漏れ出た、短い声。


 彼女は、口元に指をあてがったまま、チラッと視線だけを僕の方に向け、ボソボソと、『低すぎる』トーンの声で、僕に語り掛けた。



 「……水無月君が、須磨君に校舎裏に呼び出されたきっかけって、『スマホ』だったのね……」







 ――えっ……?



 ――果たして、『思い込み』。

 

 ……今思い返してみると、確かに僕は、如月さんに対して、『須磨のスマホ盗難事件』について話したことは無かったかもしれない。……僕は勝手に、『彼女に話したことがある』と思い込んでいた。



 ……それにしても――


 ――僕が須磨に呼び出されたきっかけが『スマホ』だとしたら、なんで如月さんがこんな表情になるんだろう――







 「――ごめんなさい」



 ――永遠とも思える時間を経て、……いや、実際には数分しか経ってないんだけど――、地を這うような低い声を漏らしたのは、『如月さん』で――

 彼女の謝罪の意味が、シンプルにわからなかった僕は、バカみたいに眼をパチクリさせていた。



 「……いえ、ちょっと頭が混乱しているのだけど……、たぶん、須磨君のスマホを水無月君の机の中に入れたのって……、私だと思う」







 ――えっ……?

 「――えっ……?」


 心の声と、喉から出る声が、『完全同時』に吐き出されたのは……、

 もう、何度目なのかもわからない。



 彼女の口から吐き出されたその一言は、

 およそ一発で受け入れる事なんてできない、『驚愕の事実』



 「……ど、どういう――」


 「……いえ、先週の月曜日……、体育の授業の前……、更衣室に向かった私は、忘れ物をしているコトに気が付いて……、一度教室に戻ったの。教室には誰も居なくて……、一台のスマホが、床に転がっているのを見かけたわ。……誰のものかもわからないし、そのままにしておくのも危ないと判断した私は……、近くの席の机の中に、とりあえず入れておくことにしたの」



 ――えっ……


 …


 …


 …


 ……それって――



 「……どうやら、『持ち主』の机を、間違えていたみたいね――」







 ――『規格外』なヒロインはいつだって、『主人公』の頭を、『予想のナナメ上から引っぱたく』。







 ――果たして、僕は『忘れていた』。


 僕が、僕の人生をかけて、守り抜こうと誓った、一人の少女。

 いつもは能面のような無表情を浮かべながらも、時として笑い、時として照れ、時として泣き……、等身大の表情を僕に見せてくれる愛おしい彼女には、一つだけ、他の女の子とは『明らかに異なる点』があったんだ。




 ――そう……


 彼女、『如月きさらぎ 千草ちぐさ』は――







 ド天然だ。













【色眼ノ使命】、閉眼――

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