其の三十四 『緑眼』の使命の元に――


――グルグルグルグルグルグルグルグル――


 頭に巡る。

 言葉が巡る。


 如月さんが、

 AIロボットみたいに、

 無機質なトーンで放った『台詞』。



 ――青眼の使命は、『世界を滅ぼす』事――




――グルグルグルグルグルグルグルグル――


 頭に巡る。

 言葉が巡る。


 さっき、僕が心の中で思った『台詞』。



 ――『青眼族』は、僕は、なんのために生きているんだ――



 『答え合わせ』の時間が、思ったよりも早くやってきた事については、

 素直に、喜んでもいいのかもしれない。


 

 ……そんなことないか。


 この世に、『知らなかった方が幸せ』ってことなんて、腐るほどある。

 わからない『答え』を必死に探し続けている間、人は盲目的だ。探し続けている『だけ』で、人生をまっとうできる。


 そんな人に、もし、『答えを』突き出したとしたら?

 

 走るべき道筋が、パっタリと途絶える。

 『解決』してしまった『未解決事件』に興味を持つ人はいない。



 ――僕が産まれてきた理由は、『世界を滅ぼす事』。



 ……なんだ、それ――



 ――ジワジワジワジワジワジワジワジワ……


 

 肌にこびりつくような汗が、全身に覆われる。

 酸素が薄いわけでもないのに、クラクラと目まいがする。


 ――視界が定まらない。

 目の前に座る『ゴスロリ』姿の如月さんが、ピントのぼけた写真みたいにボンヤリとその輪郭を失っていく。


 僕はきっと、焦点の定まらない虚ろな眼で、ゆらゆらと首を動かしている。


 だらしなく口を半開きにしながら。

 引きつった笑みを浮かべながら。



 ――カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ――



 テーブルの上にズラリと並べられているケーキ皿と白いカップが、細かなリズムで振動している。

 金属が擦れるような歪な音を、無遠慮に僕の耳に流し込んでくる。



 ……ああ……、

 ――僕の『マイナス思考』が、世界に『リンク』し始めたな――



 ボンヤリとした僕の頭は、

 ボンヤリとそんなことを考え始めていた。


 いたって冷静に。

 すべてに対して、虚無的に。

 「まぁ、いいか」と、小銭を落としたくらいの感覚で。



 このまま、『厄災』によって世界が、『僕』が滅んでしまったところで、


 それが、『青眼』の『使命』ってのなら、



 僕はただ、それに『従ってる』って、だけのはな――



 ――パァンッ!!







 ――ッ!! いってぇッ……



 ――視界が、急速に開かれる。


 まず目に飛び込んだのは、前のめりな姿勢で僕に迫っている如月さんの顔面と、スマッシュを決めた後の卓球選手の如く、振り切られた彼女の右手。


 無意識の内に、僕は自分の左頬を手のひらでおさえていた。

 ジンジンと、痺れるような痛みに気づく。



 ――なるほど、事の顛末は、おそらくこうだ。


 僕が、

 如月さんに、

 『ビンタ』された。




 「――私の事、一発殴っていいわ」


 「……は?」



 前のめりな姿勢を崩し、再び椅子へと腰を落としながら、如月さんがそんな事を言う。

 僕はマヌケな声を出して、我が子の頭を撫でる親のように、ヒリヒリと痛む頬を優しくさすっていた。



 「悪意を持って、あなたを攻撃したわけじゃないの、……だから、おあいこに、私を殴って」


 「……そ、そんなこと、できるわけ――」


 「時に、水無月君」


 

 逡巡する僕の言葉に、如月さんの言葉が食い気味に被さる。

 ……殴られる気、なかったろ。



 「『爆笑・ドレッドヘア・バトル』というお笑い番組はご存じかしら?」


 

 …


 …


 …


 ……えっ?



 「――毎週、日曜日の夜十時からやっているバラエティ番組で、二組のお笑いコンビが漫才やコントを披露して、お客さんの投票によってどっちが面白かったか点数を競うの。そして、点数が低かったコンビはドレッド・ヘアにされてしまうわ。……ドレッド・ヘアになると、見た目によるキャラクター性がぶれてしまうため、今後のお笑い活動にも影響が出る……、彼らは必死だわ、並々ならぬ思いで挑む彼らの漫才やコントは圧巻で……、観ていて、気持ちよく大笑いすることができるの」



 …


 …


 …


 「……如月さん、って、『笑う』の?」


 「……? この世に、『笑わない』人間なんて、居ないと思うのだけど」



 ……いや、『目の前に居る』と、思ってたんですけど。



 僕と相対する『ゴスロリ』姿の『ド天然』娘が、無表情のまま、からくり人形みたいに首をナナメ四十五度に傾けている。


 ――っていうか、いきなりなんだ? 『爆笑・ドレッドヘア・バトル』……?

 流行ってる番組だから、名前くらいは聞いたことあるけど、そんな内容だったのか……。どおりで、テレビに出るお笑いタレントに、最近『ドレッド・ヘア』が増えたわけだ。



 「時に、水無月君」


 「……はい?」


 「『マイナス思考』に、囚われては、ダメよ」




 「――ッ!!」



 勝利を確信したと思った瞬間、

 背後からナイフを喉元に押し当てられるみたいに、

 

 ――完全に緩慢し切っていた僕の脳に、冷たい水がかぶせられた。



 「『赤眼族』は、世界を滅ぼすほどの厄災を起こすことができる『青眼族』を、この世から排除しようとしているわ……。そして、彼らはそれが『正義』だと思い込んでいる」


 無表情の如月さんから、

 業務連絡を流すスーパーの店内アナウンスみたいに、

 無機質な、声が流れる。

 



 「――でも、考えてみて、水無月君」


 

 ふいに、無表情だった彼女の口元が、

 少しだけ、緩む。


 寝入ってしまった我が子を、

 いつくしみながら眺める母親みたいに、

 優しい、微笑。



 「『悲しみ』に打ちひしがれる人に対して、周りの人が救いの手を差し伸べることができれば、誰も、『絶望』なんてしないはずよ――」




 ……へぇ……。


 ――如月さんって、ホントに『笑う』んだ。



 笑った彼女を見て、僕は、改めて思う。

 

 ――圧倒的な『存在感』を歪に放つ孤高のマドンナ――


 ……なんて、とんでもない。



 彼女は、ちょっと…、いや、かなりの『ド天然』で、

 それが愛らしく、そして、まっすぐな心を持った、


 ――普通の女子高生だった。




 「――水無月君」


 

 スッ、と、綻んだ口元を引き締め、いつもの無表情に戻った如月さんが、

 『神の啓示』を受けた、『巫女』の如く、

 


 「『緑眼』の使命の元に、決して、あなたを『絶望』なんてさせないわ」



 力強い声で、まっすぐ僕を見て、そう言った。




 ……なんていうのかな。


 『グッ』と来る、って、こういう気持ちを言うんだろうか。


 ――普通、男が女の子を『好きになる』時って、

 

 健気に一生懸命に何かを頑張っている姿とか、

 無邪気に笑ってはしゃぐ、天心爛漫な姿だとか、


 ――そういう、『可愛げのある』所に、コロッと『やられる』もんだと思ってたんだけど。



 僕は、あまりにも凛々しい 目で僕の事を見る彼女に、


 ――シンプルに、『惚れそう』だった。




 店内に遠慮がちに響く、落ち着いた曲調のジャズが、無言で見つめあうぼくらの『間』を埋める。


 ……いや、別に全然ロマンチックな雰囲気ではないのだけど。



 ――何をしゃべっていいのか、わからなかった。

 気づいたら、如月さんは目を閉じていた。



 ……もしかしたら、僕が何かを言うのを待っているのだろうか。


 どうしよう、基本的に『コミュニケーション能力が低い』僕は、こういった『イレギュラーケース』に弱い。

 小・中学校の頃に培った『人間観察力』により、一般的なシーンで、「ああ、こういう事をすると『浮く』んだな」とか、日常生活を『それっぽくやり過ごす』事はできるようになった。


 ……ただ、人生において、『大概の事がマニュアル通りに対処できない』のも、僕は知っている。


 新しい事にどんどんチャレンジしていくような人は、いいだろう。

 『失敗』を繰り返すことで、恐れへの耐性がつき、いずれつかみ取る『成功』が自信となり……、『プラスの循環』が原動力となって、開拓者のように己の道をズンズンと切り開いてゆく。


 僕みたいに、そもそも『予想外』の出来事が発生しないよう、型通りの人生を送っている奴にとって、たまに飛んでくる外野フライなんて恐怖の対象でしかない。


 ――とりあえず、出来る事として、目を瞑った彼女の姿をジッと見つめる。


 

 ……目を閉じていた方が、『幼く見える』んだな、如月さん……。なんか、『ゴスロリ』ファッションも、意外と似合ってるのかも――




 ―――いやいや! 変態かよ! 何『ジッと見つめて』るんだ!



 僕は、水を被ったあとのチワワみたいにブルブルと首を振る。

 あやうく、紳士の皮を被ったロリコンおじさんこと、如月さんの『おじい様』の仲間入りをするところだった。 

 ……いや、同い年なんだから、僕はロリコンにはならないのかな。……どうでもいいわ。


 とりあえず何か声をかけようと、口を開き――



 そして、気づく。



 微かに聴こえる、消え入るような、音、

 無機質なメトロノームのように、均等なリズムで奏でられる、

 声なき、声。




 ――スーッ、スーッ、スーッ――



 人はそれを、『寝息』と呼ぶ。


 誰が、どう見ても

 ……少なくとも、僕の目から見れば、


 ――如月さんは、寝ていた。



 トントンッ、と、僕は彼女の肩を遠慮がちに叩いた。


 如月さんは、パチっ、と目を開けると、ハッ、という漏れるような声と共に、口を少しだけ開けて、覚醒する。

 ――漫画だったら、確実に鼻ちょうちんが割れている。



 「……ごめんなさい、『水無月君と会話している』事を忘れて、うっかり寝てしまったわ」






 ――そんな事、あるッ!?

 「そんな事、あるッ!?」



 ――心の声と、のどから出る声が、『完全同時』に吐き出されたのは、人生で二度目だ。


 思わず、ガタン、と椅子から立ち上がり、身を乗り出して声を上げる僕に、ド天然娘が、無表情ながら再びギョッ、と驚いていた。



 「…………ごめんなさい」



 動画のワンショットみたいに一時停止していた僕らだったが、如月さんの呟きをきっかけに、僕はしずかに椅子に座りなおして、しおらしくなってしまった彼女の無表情を見つめる。



「……今日は、帰ることにするよ」



 話さなきゃいけない事は、たぶん、まだある。


 ――ある生徒が教えてくれたんだ。先生が探している人物、意外と近くに居ますよ、ってな――



 鳥居先生の台詞が、僕の脳内を反芻する。



 『僕が青眼族』ってことを知っていて、それを、『鳥居先生に伝えた生徒』が、校内にいる。



 そいつが、『色眼族』なのか、なんなのかはわからないけど……、

 《黒幕》を見つけない限り、僕は平穏な学園生活を取り戻す事が出来ない。

 

 そして、《黒幕》の目的は、確実に―――



 ――僕の事を、殺す事――




 その事実だけが、疲れ切った僕の心にズシリとのしかかる。


 

 ……今日はもう、あまり何も考えたくないな。



 目の前に座る、ゴスロリ姿の如月さんを、再び見つめる。

 彼女は不可思議そうに、首をナナメ四十五度に傾けている。



 ――ありがとう、そして、『よろしく』――


 心の中で、呟いた。


 『平穏な学園生活』を取り戻すための、明日からの戦争において、

 頼りになりすぎる、僕の唯一の『協力者』に向けて――







【1ツ眼】の『閉』眼、

【2ツ眼】の『開』眼――

――――――――――――――――――――――


※作者より

ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます。


もっかい言います。

本当に、ありがとうございます――



この物語は、まだ続きます。

お時間の許す限り、……もしよろしかったら、

最後までお付き合いいただければと思います。


なお、応援コメントは泣いて喜びます故、躊躇せず送りつけてください。



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