其の三十二 『この世界に存在するのは、抹茶ロールケーキと私だけ』


 「水無月君、あなたが『何も知らない』という前提のもと、私が知っている事を全て話すわ」


 アンティーク調の木造テーブルをはさんで、僕と相対する『ゴスロリ』姿の如月さんが、キリッとした目つきで、家庭教師の先生みたいにキビキビと喋り始めた。

 ――口の周りにチョコレートのクリームを付けながら。



 ……かわいい。


 ――から、黙っておこうっと。



 「私たち『色眼族』は、普段は他の人間……、『フツウの眼』を持つ人達に紛れて、ひっそりと生活をしているわ。高校生の私や、学校の先生をしていた『鳥居先生』みたいに」


 

 ……先生を…、『していた』……?


 ――過去形なのが気になるけど、話の腰を折るのもなんだし、とりあえず疑問を頭の隅にやって話の続きを聞く。


 「『色眼族』は、他の人達とは異なる不思議な眼――、『色眼』を持っているの。『色眼』は、普段は『黒眼』なんだけど、『色眼』を持つ人間の感情が『大きく』変化することによって、その『眼』の色が変わる―――」



 ――『怪現象』が発生するのは、決まって僕が『マイナスの思考』に囚われている時。


 ……どうやら、僕の『仮説』は、間違ってなかったみたいだ……。



 「『赤眼』『緑眼』『青眼』……。『色眼』の種類は全部で3つ、『色眼族』は、一人に付き一色の『色眼』を持っているわ。そして、『眼の色が変わる』きっかけとなる『感情』は、『色』によってそれぞれ異なるの」



 ……僕がこれまで見た人の中で言うと――


 『赤眼』は、鳥居先生。

 『緑眼』は、如月さん。

 『青眼』は、僕…、水無月 葵……、ってところか。



 ちなみに如月さんは、スラスラと喋りながらもチョコレートケーキを平らげ、口元についたチョコをようやく紙ナプキンで拭きつつ、今度はこんがり焼けたチーズケーキを一口大サイズに切り分けている。 ……さすがに僕もお腹がすいてきた。



 「『赤眼族』の眼の色が変わるきっかけは、『怒り』――、『敵意を持って相手を弱らせたい』と思う気持ちが強くなると、感情に支配されて、酷く攻撃的になるわ」



 ……なるほど。



 普段はひょうひょうとした雰囲気の鳥居先生が、変なキノコを食べてしまったみたいにテンションが急上昇して、暴言を吐きまくってたのはそのせいか。

 『赤眼』をギョロリと 不気味に動かす先生の姿が脳裏にこびりついてしまって、しばらく忘れる事ができそうにない。 

 

 ……夢に出てこなきゃいいんだけど。



 「『緑眼族』……、『私』の、眼の色が変わるきっかけは、『信頼』――、何に替えてもその人を守りたいと思った時に、自分の意思を超えた天命を強く感じて、それ以外の思考が一切排除されるの」



 ――緑眼の使命の元に、あなたの事は、私が全力で守るわ――



 だだっ広い体育館で、弱々しくしゃがみこんだ僕の目の前に颯爽と現れ、威風堂々と鳥居先生に相対した如月さんと、目の前で、七色のケーキを食べ続ける『ゴスロリ』姿の如月さんが、重なる。



 ……如月さんが、自らを省みずにひたすら僕を守り続けてくれたのは、『緑眼の特性』によるものだったのか……。


 今日一日で巻き起こりまくった幾多の不可解な現象と、如月さんの説明がリンクしていく。一人腑に落ちた顔をしている僕を見ながら、如月さんは抹茶ロールケーキに手を付け始めた。



 ――もしゃもしゃ……


 …


 ――もしゃもしゃ……


 …


 ――もしゃもしゃ……


 …


 ―もしゃもしゃ……




 ……えっ?







 「……あの――」


 「――んッ……。何かしら」


 

 思わず、声をかけた僕に対して、如月さんは、食事中に急に話しかけられて食べ物を喉に詰まらせた、みたいなリアクションを見せた。



 「……いや、続き……、というか、肝心の、『青眼』の僕は、どうなの?」


 

 如月さんが、ハッとしたように口元を手のひらで覆う。

 その顔には、ゴシック体の太いフォント文字で「ウッカリ」と書かれていた。


 

 「……ごめんなさい、『抹茶のロールケーキを食べる』のに夢中で、『あなたへの説明が途中だった』事を、忘れてしまっていたわ」







 ――そんな事、あるッ!?

 「そんな事、あるッ!?」



 ――心の声と、のどから出る声が、

 『完全同時』に吐き出されたのは、人生で初めてだ。


 思わず、ガタンと椅子から立ち上がり、身を乗り出して声を上げる僕に、普段はクールな如月さんも無表情ながら流石にギョッ、と驚いていた。



 「…………ごめんなさい」



 動画のワンショットみたいに一時停止していた僕らだったが、如月さんの呟きをきっかけに、僕はしずかに椅子に座りなおして、しおらしくなってしまった彼女の無表情を見つめる。



 ――さっきから、ずっと感じていた、『ある気づき』が、『確信』に変わった。



 『高校の一クラス』という小さな社会で、圧倒的な『存在感』を歪に放つ孤高のマドンナ―。

 それが彼女、僕のフィルターから覗き見える『如月 千草』という一人の女生徒の姿だった。


 ――昨日までは。



 今日一日、彼女と行動して、会話をして、

 『第一印象で人を判断してはいけない』という、太古より言い伝えられる格言を、僕は身をもって実感する。



 彼女、『如月 千草』は――


 ド天然だ。



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