体温とは、また違う

ijii

プロローグ

 なんで、世の中こんなにもかなしみがあふれているのだろう。と、思うときがある。特に愛してもいないどうでもいい女と一夜を共にしたときは。

 もう昼下がりだというのに締め切ったカーテンから差し込む日差しで部屋は薄暗い。どちらかというと夜よりも今ぐらいの時間帯にことをいたすのが俺は好きだった。

 ベランダで煙草をふかしていると、昨夜知り合ったばかりの女が、机の上にあるパッケージを見て声をかけてきた。まだ服は着ていなかった。

「これなんて煙草なの?」

 何故だろう。大概一夜限りか、長続きしない女に限ってこの問を投げかけてくる。

「ホープだよ」

「へー。なんでそれ吸ってるの?」

「安いからだよ。それだけ」

 弓矢が描かれたパッケージを手に何を想うのか不思議そうな顔でずっと眺めている。どんな話題を振ろうが、もうすぐさよならなのに。

 煙草を吸うことを良しとしない者は論外だが、自分が吸いもしないのに興味を持ってくる奴はもっと嫌いだった。俺と同じような強い煙草をいっしょに平然と吸う女が、俺は好きだった。

「早く服着なよ」

 吸い終えた煙草をベランダに置いてあるスミノフの瓶に捨て、催促した。どんな展開を望んでいたのかは知らないが、しばらく間を置いて、うん。と残念そうに返事をして彼女は何かを確かめるようにしながら着衣してゆく。

 特に事後に限っては女性が服を着る様は見るに堪えなかった。脱ぐ姿はあんなにも目を惹くのに。とにかく早く帰ってくれ。お前みたいな女と長く居るとかなしみに押しつぶされそうになる。どうして会ったばかりの男の家にひょいひょい付いてくるのか。あまつさえ体を重ねてしまうのか。もっと自分を大切にしてほしい。親が泣くぞ。普段は思いもしないことが芽生える。

 本当なら駅まで見送ってあげたかったが今日は面倒くさかった。そこは申し訳ないと思う。玄関で彼女はなごり惜しそうに一瞥し去って行った。外の冷気が家に入ってくる前にドアを閉じる。冬だというのに、天気は俺の感情をいざ知らず馬鹿みたいに快晴だった。やっぱり見送らなくてよかった。

 この憂いの原因の全ては俺が誘ったからだった。それはわかってはいる。その後ろめたさにたえられないから、目の前から今すぐに消えてほしかったのだろう。つまらない女だったが、ただ、顔が良かった。

 俺ってクズだな。

 もとより重々承知だが。

 自室に戻ると部屋の隅に押しやられたテレキャスターのピックガードがカーテンの隙間から差し込む昼の日差しを浴びて輝いていた。過去の栄光を示すように。

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