登場人物紹介

黒井ぶち

駆け出しのジャーナリスト:柊飛鳥

 横並びにしたように同じファッションに髪型。化粧も似たり寄ったりで、個性なんてものは必要ないと言いたげな就活の最中。堅苦しいスーツにも身を包んでみたけれど、なにも得られていない。

「大学でなにを学びましたか」

「卒業論文のテーマを決めた理由はなんですか」

「将来どの様な社員になっていたいですか」

あれこれ投げかけられる質問に当り障りのない言葉しか返せない時点で結果は判り切っていた。お祈りのメールや手紙ばかりが募っていく憂鬱な日々。

改めて振り返れば、それなりに充実した大学生活ではあったと思うし、四年も通っていれば友人の幅も広がるし、学業だって疎かにしたことはないし、長く続いているアルバイトだって社会経験として役立っているはずだ。

それなのに残り少ないモラトリアムを論文を提出するだけで過ごしてしまうなんてもったいない。こんな気持ちになるなんて想像もしていなかった。

単位も余裕があって、ゼミもほぼ論文について話し合うだけ。そんな大学生活は、私にとっては退屈以外の何物でもなかった。

つまらない。つまらない。なにがなんてものわからないけれど、ただつまらなかった――本当につまらないのは、そんな退屈な日常にただ流されている自分。

「はあ……失礼します」

 通い慣れた教授の研究室をノックして入室する。中では書類塗れのデスクを前にインスタントの珈琲を飲んでいる教授が座っていた。

私の顔を見ると薄らと口元に弧を描いて、教授は無言で催促するように手を動かす。会話くらいしてからでもいいのにと思ったけれど、余計なことを話したい気分でもなかったので、鞄からレポートを取り出して手渡した。

受け取ってすぐに中身を添削し始めた教授は、うんうんと頷いたり唸ったりしながら隅々まで私のレポート用紙を眺め続けた。

暫くの無言。パラッと乾いた音を起てると、教授は私に向かって簡潔に言い放つ。

「これでもいいけど、単位としてあげられるのは可だね」

赤ペンを取り出し、レポートとして成り立っていない点や優評価に足りない点を挙げ連ねた。真っ赤に染まってしまったレポート用紙を手にうんざりする私に向かって、教授は滑舌最悪に言う。

「柊も院に行くか、就職するのか早めに決めろよ?将来なにしたいかなんて簡単には見つからないんだし。今からならまだ院に行く選択でも出来るから将来の選択肢として――」

 それを聞いた途端に、喉まで競り上がってくる『余計なお世話だ』という感情が飛び出し様になるのを感じた。八つ当たりの様なことをしたくはなくて、大きな音を起て喉奥まで押し戻すことに必死になる。

教授だって別に悪意があるわけじゃなくて、なんだったら私を心配してくれていることは判るのだ。判るけれど、人間は考えたくない正論を言われると腹が立つのだ。

「院にはいかないです……研究、好きじゃないし」

感情を押し殺した所為か酷くぶっきら棒になってしまった。これ以上ここに居られない。気持ちを短く言い放つと、教授がなにか言おうとしているのが判った。

続く言葉が怖くて「失礼します」と早口で言って後ろ手にドアを閉める。耳を塞ぎたくなるほどの緊張感で視界がモノクロになっていく。

「将来の事なんて、わからないのに……」

 胸の中にぽっかりと空いた穴は塞がらない。将来に対する漠然とした不安と、薄らとある期待にも似た感情。ずっと感じていた心の奥底にあるささくれ立っているものにここに来て気付いてしまった。

上手くいかないむしゃくしゃした気持ちと一緒にハーッと大きく溜め息を吐きだしたときに、腕時計が目に入ってくる。

「あ、やばいバイトの時間だった」

 急いで自転車に跨って、ギリギリの時間にバイト先へと転がり込む。挨拶もなにもかもを後回しにしてタイムカードを引っ掴んで荒い息でガッツポーズ。

「柊~?また遅刻ギリギリってどういうことだよ」

「あはー、すみません!教授と拳を交えてました!」

「まあ俺は良いんだけどさあ……将来的に就職したときにどうすんだ?」

「う、職場でまでそういう話を……」

「お前、パッと見真面目そうだからなあ…髪も染めてねえし」

「――ひらめいた!」

「嫌な予感するわ!」

 タイムカードを切ったその勢いで挙手。驚いたような上司を置いてけぼりにするように高らかに宣言してみせる。

「私、髪の毛染めます!早速染めます!」

「は?なにを急に言ってんだお前、就活中だろ?」

オフィスにいる他のバイトの子たちからの視線もお構いなしで、フンフンと鼻息荒く来たばかりだと言うのに事務所を出ようとしている私を上司が呼び止めた。

「柊、待て、早まるな」

「やです!」

「タイムカード切ったばっかりで外に行くな!まずは仕事してからにしろ!」

「あ、それはそうでした!すみません!」

 ニコッと笑顔を残して腕まくり。今日の帰りにでも薬局でカラーリング剤を買って帰ろう頭の中で予定を組み立てる。だって、人を殺める訳でもないし犯罪に加担するわけでもない。自分の身体を傷つける訳でもない、誰にも迷惑を掛けずに自分を主張する方法を見つけた気がしたのだ。

「いや~、良き上司を持ちました!ありがとうございます!」



―――


 その夜、早速買ったカラーリング剤で髪の毛を染めながらたまたま見ていたテレビドラマ。思い返せば刑事ものだったはずだ。そこに出てきたジャーナリストが自分の中の正義を持っていて、妙にしっくりきてしまった。

「そっか、ジャーナリスト……これなら私のなりたいものになれる!」

 誰かに決められた正義だとか、押しつけられた価値観なんて私は嫌だった。私は、私が見て感じて、選び取ったものを信じたい。

それを誰かに伝えたいと、そう思った。だから、私は誰がなんと言ってもジャーナリストになるのだと決めた。

「私、ジャーナリストになる」

「なに言ってるんだ、飛鳥」

「またテレビドラマに影響されたの?」

「今度は本気」

翌朝、話した両親には勿論反対された。安定してない職業なんて続かないと怒られたけれど、そんなのは想定内。私は自分がなりたい自分を押し通すと決めたのだ。

「私の人生だから、面白いことに使いたいんです。ごめんなさい」

 そうして論文も無事に提出することができ、大学卒業するまではアルバイトで資金を貯めることに集中した。元々バイト先がタウン誌の事務所関係だったこともあり、上司に駄々を捏ねて下っ端として系列の会社にジャーナリストとして雇ってもらえることになったのだ。

卒業と同時に家を出ると決めてたのは、後には引けないと覚悟を決めたから。今までの黒髪で大人しい、自分を抑えて誰かの基準にはめこまれた『柊飛鳥』から抜け出すため。


「……っていうのが、私のジャーナリストになるまでの経歴です!まだまだ下っ端ですけど、これでもジャーナリストですからね!あ、なんですかその顔、信じてませんね?」



柊飛鳥――ジャーナリストになるまでの話


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