かっとばせ!酔いどれおっさんギャル!

梅田バッティングドーム。歴史あるバッティングセンターに今夜もまた、一人の客が訪れる。

ヘソ出しチアガールだ。胸は豊満で肌は白く美しい。腰はきゅっとくびれている。

ツインテールの髪を先だけ金髪に染め、ビール缶を持って歩く姿はまさにビッチといえた。


「さーこいこい、短く持ーて短くもーって、ボールをよくー見てー!おら!」


料金を投入し「超豪速魔球コース」を選択する。

バッターボックスに立つと背中から血塗られたホッケースティックを出して、

300kmの超剛速球を見事にネットまでかっ飛ばした。


「はいジャストミート!じゃねえよわかってんだよ!言われんでも見えてるわボケェ!」


自分で歌って自分でキレつつ炎がでる魔球や分裂魔球を次々に打っていく。

おそらく神経強化手術を受けたか、身体強化系の魔法を修めているのだろう。


「さー、こいやぁ!おらぁ!」


次々に白球をかっとばし1時間は振り続けただろうか。

なお、その露出の多い格好とモデルのような整った顔立ちにもかかわらず誰も声をかけなかった。


「あー、いい汗かいたわ。ビールビール……野球どうなった?」


がに股パンツ全開でベンチに座ってスマホをいじってテレビを見る。つつしみは無いのか。


「オイぃ、まーた虚神きょじんに負けてんじゃねえかよ汎神はんしんゼノスミルスちゃんはよぉ!

アレレクスゲルデソがデッドボールで負傷!?

マジかよインスマスの助っ人異種族人がなんでデッドボールで負傷すんだよ!

許せねえ……何もかも許せねーよ!アホがっ」


スマホじゃなく片手に握ったビール缶をへこますだけの理性はまだ残っていた。

強化された指はスティール缶を紙のように突き破る。

ビールがこぼれると慌てて口を下に持ってきて全部飲む。


「あぶねえもったいねえもったいねえ……何だ見せ物じゃねえぞ!」


ぐしゃぐしゃになった缶ビールをゴミ箱にたたきつけるように投げ捨てる。

くそっ……とつぶやくと豊満な胸の谷間から細長いタバコを取り出してスパァ、と吸う。

慣れた手つきであった。


5分後に店員が来て強制退場させられた。



「あー、ヤベエぶっちゃけやり過ぎたわ。ツイてないわ……」


多少反省した様子で夜の街をジェットブーツで疾走する。

魔法科学の粋を集めた新製品を使ってビルの壁を昇り、屋上の縁に座ってスマホをいじる。

夜風が若干の理性を取り戻させてくれた。


「えーっと、アプリアプリ……と」


彼女はSNSに接続して知り合いに連絡を取る。


<トラガール:ういっす師匠、暇なんだけどなんか仕事ある?

なんかこう、あとは犯人ぶっとばすだけみたいなの>


しばらくして返信が来た。


<ハンマーマン:おめぇそれ一番美味しいところじゃねえか!ふざけんな!

っていうか俺は現場組であって管理職じゃないの!仕事の斡旋は本部に言えよ!わかる?>


トラガールの師匠もまたかなり口汚いおっさんであった。

おそらくは師匠から伝染ったのだろう。うら若き美女であるのに残念なことである。


<トラガール:どーせいくつも案件抱えてんだろ師匠はよ。

タダでいい、誰でも良いから殴らせろや。

なんならお礼に一発タダでやってもいいけど?>


即時返信が来た。


<ハンマーマン:悪いお前じゃおっさん臭すぎて勃たないわ。ごめん>

<トラガール:おめーが友達みたいな女が良いっつったからだろボケッ!

あとおめえが全部教えたんじゃねえか今更だろいい加減にしねえとリベンジポルノ撒くぞ?>


無言で眉に皺を寄せながらタタタタタッとスマホを打つ。


<ハンマーマン:OK解った悪かった。ちょうど良いのがあるから回すわ>

<トラガール:THXサンクス!やっぱ持つべきもんは師匠だな。ありがと。今度襲う。性的に>

<ハンマーマン:勘弁してくれる?>

<トラガール:いやだね>


ふふ…と白い頬を染めて笑う姿はそこだけ見れば乙女であった。

ただ、頬が桃色になっているのは照れではなくアルコールのせいなのだが。

しばらくイチャイチャとしたメッセージを送り合った後、敵の情報を確認する。


<トラガール:で、敵は?>

<ハンマーマン:十三の銀行を襲って16号線を南に逃走中で、見た目は巨人だ>


トラガールの表情が怒りとも笑みとも付かない壮絶なものになる。

歯を剥き出し瞳がきゅうっと三白眼になる。


「そっかー巨人かー……ちょうど良いじゃねえか燃えてきた!」


同じ文面をSNSに打つ。


<ハンマーマン:そういうと思ったよ。タネはおそらくマジックアイテムだ。

遠慮無くぶっ壊しても良いしぶんどったのを買い取ってもいい。

そいつもう2人くらい殺してるから遠慮はいらねえぞ>

<トラガール:オッケー師匠愛してる!10分でいけるわ>


トラガールはスマホの画面にちゅっと口づけする。

ホッケースティックを背中のバッグから取り出し、ビルの屋上から飛び降りた!

ビルの壁面をジェットブーツで滑り、別のビルの屋上から屋上へ、時には街灯や信号機の上を滑り車よりも速く駆けていく。



90年代に魔法と異種族の存在が公表され早20年。

世界は未だに混乱と混沌、科学と魔法のフュージョンの生み出す爆発的発展の中にいた。

混沌の時代において退魔師は自警団を組織し、犯罪者を狩る「狩人」となった。

これはそんな狩人の日常と戦いの備忘録である。



トラガールは国道16号線を巨人の反対方向から走っていく。

やがて、それは見えた。すらりとした筋肉質の巨人だ。ビルに背が届くほど高い。

逃げていく車を横目にトラガールは仁王立ちでじっと待つ。

そして、両者の目が合った。


「なぜ逃げぬ。我はだいだら。ひれ伏して逃げるのが筋であろう、女」

「おうイキってんじゃねえぞクソガキが、何が巨人だデカいのは下だけにしてろよ」

「うぬ、なんというあばずれ女よ。だが見た目だけは良いな。さらって食らってやるわ!」

「こちとらは汎神ファンだ、巨人?上等だよコラ、かかってこいや!」


ジュエリーでデコられたピンクのホッケースティックをホームラン宣言のように突きつける。

それが戦いの合図だった。


「天地創造の力、食らうが良い!」


どこからともなく取り出した一軒家くらいの大岩をだいだらが投げる。

トラガールはジェットブーツに内蔵されたロケットエンジンを起動させ、

恐るべき速さで逆に近づいていく。

そして地面をホッケースティックで強打、ジャンプして大岩に飛び移り、

岩を殴ってさらに付近のビル壁面に着地、スピードを稼ぎつつ上を目指す。


「おのれちょこまかと!だが逃げているだけなら羽虫と変らん!」

「あっそ、羽虫は刺すのよ。汎神名物メガホン投げをくらっとけや!」


トラガールは応援用プラスチックバット、いわゆるカンフーバットを投げる。

30cmほどのそれはヒットと共に爆発した。中にダイナマイトを仕込んでいたのだ。


「ぐおっ、このフーリガンめ!

お前のようなマナーの悪いファンがいるから魔法野球全体が悪く見られるのだ!」

「銀行強盗がエラそうなこと垂れてんじゃねえ!」


付近のビルからビルへ飛び移り、ダイナマイトバットを投げながら機をうかがう。


「おのれぇ!効かんといっているであろうが!かくなる上は手ずから叩き潰してやる!」


だいだらがビルにパンチを仕掛けた。だがそれこそがトラガールの狙いだ。

だいだらのパンチはビルの攻性防壁にはじき返され、

さらに電流柵に触れたようにダメージがだいだらをしびれさせる。


「もらったァ!」


尽きだしたまま固まっただいだらの腕の上をジェットブーツで疾走し、

肩からジャンプして巨人の頭の上に飛び上がる。

そして、トドメの一言を言った。


「『見越し入道、見越した!』死ねやパチモン野郎!頭カチ割ってやる!」


吸い込まれるようにホッケースティックが巨人の額にたたきつけられる。

びし、と音がして巨人の身体にヒビが入りガラスのように崩れる。


「ひっ、ひいい!」


巨人の中から出てきたのは太った小男と空を舞う大量の紙幣だ。

そう、巨人はだいだらぼっちではない、幻影で作られた見せかけだったのだ。

見越し入道とは見上げれば際限なく巨大化する巨人だが、見下ろせば縮む虚栄の巨人だ。

彼女は師匠からの教えでそれを知っていたのだ。


「す、すいませんでしたぁ!金は払います見逃してください!」

「おうデカい態度がずいぶん小さくなったじゃねえか。

それよりおめーの手品のタネ出せ。持ってんだろ」

「うっ、それはそれだけは……!」


トラガールはスティックを死に神の鎌のように首にあてる。


「死ぬか?」

「わ、わかり……ぐええ!」


巨人だった小男が懐から拳くらいの石を出そうとした瞬間、石に食われた。

石から葉脈のようなものが走り、ぼこぼこと男の身体を乗っ取っていく。

男の身体が内部から爆発して血と臓物を纏った狐娘が出てくる。


「ひひ、ひひひ……おう小娘、取引しようではないか。

わらわは殺生石。こやつの幻影に力を与えていた者よ。

おぬしの力、感服いたした。ぜひわらわを使ってたもれ!

おぬしに力を貸そう!この強盗に無理矢理従わされていたのじゃ!」


小さな女の子の姿だが、その肌つやに妖艶な表情は血と臓物で妖しい魅力に満ちている。


「それとも……この場でやりあうかの?無益な争いはやめようではないか……」

「ふー……ノーだ。裏切った奴はまた裏切んのよ。取引する気が失せたわ」

「そうかそうか……じゃが油断したな!」


狐娘が手をかざすと毒霧が噴き出し、トラガールはそれを食らって力が抜ける。

手からスティックが落ちた。


「九尾の狐と呼ばれたわらわが力を貸すのだ。なあにお代は復活に手を貸して貰えば良い……

もっとも、その頃にはおぬしの身体を依り代に使わせてもらうがな!」


トラガールが九尾をにらみつけながらも膝をつく。

その時、ちゃりんと音がしてスカートの中から小さな金槌が落ちる。

それを見た瞬間、双方にひらめきが走った。


<いいか、理不尽に出会ったら頭を下げんな。

怒れ!立ち上がれ!理不尽に怒って立ち向かうのが人間の勇気だ!>


トラガールの脳裏にひらめくは師匠からの教え。


<九尾よ……おぬしの力は強すぎる。死ねあばずれ狐が!

ムチムチしやがってそれも税で贅を尽くした結果か!>


九尾の狐に走るのはかつて玄翁和尚に金槌で殺されたトラウマ。


「短く持って……」


トラガールの手足に力が戻る。怒りである。怒りがモルヒネのように苦痛を消しているのだ。

その目に宿る闘志を見て九尾は恐怖を覚える。


「貴様……その目、貴様ら退魔師の目!もうよい死ね!」


狐火の弾を手の平に出して振りかぶった。


「ボールをよく見て……」


まるで西部劇の早撃ち対決のようにトラガールが金槌を拾い、九尾が狐火を放つのは同時だった。


「ジャストミート!」


トラガールの金槌が火球を打ち返し、その勢いで投げられた金槌は九尾の胸に突き刺さった。

胸部に移動した殺生石が砕かれる。


「い、いやじゃ。何度も金槌で死にとうない」


トラガールはポケットから解毒剤を出して首筋に注射すると、

ゆっくり立ち上がってスティックを握る。


「じゃあこいつならいいな?」

「そういう問題ではなッ」

「ガタガタ抜かすな!」


スティックを九尾の首に振り下ろす。

ざくり、ざくりと何度も叩き込み破砕しながら切り落とした。

殺生石に封印の札を貼り、やがて九尾が事切れると、トラガールは胸の谷間からタバコを取り出すと一服する。


「うんめぇ-!あーいい汗かいたわ!ビール飲みに行こうっと」


トラガールは札束のうちの2枚だけ抜き取ると、札束ごとスティックで天高く打ち出した。

札束の紙吹雪が散る。


「迷惑料だ。とっときな」


ホームレスたちが集って札束をかき集め、やがて九尾の死骸もどこかへ持っていこうとする。


「あ、ちょっと待てこれ危ねーから」


封印された殺生石を取り出し、刺さった金槌を抜いて死骸を譲り渡す。

見目麗しい少女の死骸が何に使われるかは考えないこととする。

殺生石をさらに厳重に封印すると、トラガールは金槌にキスして見つめる。


「ありがとう、師匠……よし飲みに行くか!」


解毒剤でアルコールとタバコの毒も抜けたのか、トラガールはますます元気に夜の街をジェットブーツで走って行った。


<トラガール:師匠、退勤時間だろ?飲みに行こうぜ!>

<ハンマーマン:いやだよ帰って寝たいの。っていうかこの一万円の振込み何?>

<トラガール:じゃあ家吞みに行くから師匠は寝てて良いよ。日頃の感謝だよ言わせんな>

<ハンマーマン:いやなんで俺ん家でやるの前提なの?>

<トラガール:やるの前提だからに決まってんだろ言わせんな>


電子の海は睦言も乗せて、今日もたゆたっている。

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