仏契!チキチキ妖怪トライアスロン

どんな事でも始まりは些細だ。今回の場合は一つのひったくりに始まった。

街をOL風の女性が歩いている。口にはマスクをしているが黒髪の美しい美人だ。

老婆が横にいる。よぼよぼとした歩みでさりげなく近づき、OLの鞄をひったくった。


「待ちなさいよ!」

「嫌なこった!」


老婆は一瞬で100km近くまで加速して車道を走っていく。

老婆はターボばあちゃんであった。


「ふっざっけるんじゃないわよ……アレには今月の給料が入ってんのよ!」


女はマスクを外す。そこには耳まで裂ける縫い糸のほつれた大きな口があった。

OLは口裂け女であった。

やはり一瞬でトップスピードまで加速して老婆のすぐ後ろまで迫る。


「返せコラ!クソバアア!」

「返してほしけりゃ取り返してみな!都市伝説妖怪であんただけ持ち上げられすぎなんだよ!」

「動機それか!ふざけるんじゃないわよ!マジで!」


車を追い越し高速道路の壁を疾走し時にインターをおりて街を爆走する。

埃と煙を舞い上げ、彼女たちはかっとんでいく。



その様子は上空を箒で飛ぶ魔女や翼を持つ妖怪にスマホで動画を撮影され、たちまちネットに拡散した。

悪いことに、それを見ていたのは英国から来た賭け事好きな妖精グルアガッハ。


<みんな、どっちが勝つと思うよ?俺はターボばあちゃんに500ドル、ビットコインで賭ける!

ブックメーカーやってくれる奴いないか?>


悪いことは続くものでそれを見ていた水精ニッカーがレスをした。


<ぼくブックメーカーやるよ。いつも負けばかりだし、胴元にたまにはなりたい>


さらにウカノミタマノカミの眷属、ギャンブルの神である皆中稲荷が博打に乗っかる。


<こやこやー、わしも乗るんじゃよー。アマゾンギフト20万円じゃ!さらに動画の出演権も乗せる!>

<お?やんのか日本妖怪。よし俺もさらに1500ドル!その上俺の召喚権と魔術を1回使う権利を上乗せだ!>

<おんしも好きじゃのー、では、わしは拡散させてもらう!視聴者の皆ー!>


ちなみに、彼女は見目麗しい狐娘でしかも動画生配信中であった。

ギャンブルの神の動画を見るのは誰か?ギャンブラーである。

賭けはあっという間にヤバイ額になりつつあった。


「む、これはでかいシノギの匂いがするのお……」


それを見ていた妖怪任侠組織「まぼろし」の組長、河童の白波三郎。

方々に電話してレースの妨害と援護を依頼し始めた。

ヤクザによるギャンブルの操作である。参加人数が増えて、ますます金は雪だるま式に増えていった。



そして、彼女たちはとうとう海にたどり着く。


「追い詰めたぞコラァ!いい加減負けを認めなさいクソババア!」

「くっ……舐めんじゃないよ!あたしが昔なんて呼ばれてたか知ってるかい?山姥だよ……!」


ターボばあちゃんの頭に角が生え、めきめきと筋肉が隆起する。

口裂け女も自らの一部であるカミソリを取り出した。


「待ちな!山姥のばあさん!乗せてくぜ!」


すわ戦いか、と思いきや海の方から女河童が顔を出した。


「寧々子!やっぱり持つもんは友達だねえ!はははっあばよ小娘!妖怪としての年季が違うんだよ、バーカ!」


山姥は水を切って水面を走り、女河童におぶさる。


「ちくしょおおお!」


がくりと口裂け女が膝をつくと沖の方から水上オートバイに乗った首無しライダーが手を差し出した。


「諦めんのはまだ早いぜカシマの姐さん!俺も都市伝説妖怪として力を貸すぜ!道を走るだけがバイクじゃねえ!」

「助かったわ!首無しライダー!」


カワサキ・ULTRA 300Xが勇ましい音と排気を巻き上げて河童に追いすがる。

水冷4ストローク4気筒DOHC4バルブエンジンは熟練の河童に追いつけるのか。できる、できるのだ。


「あきらめの悪い小娘だね!」

「で、友達とか年季がどうだって?観念しなよ!」


口裂け女がその大きな口でにやりと笑った。だが、それに火がついたのが河童の女親分・寧々子。

おもむろに懐からひょうたんを取り出すと頭の皿にかけた!


「あっ、姐さんあいつニトロを皿にかけやしたぜ!」

「ニトロ?」


首無しライダーは説明する。松尾大社の神酒「真打・鬼殺」に対抗するためにソーマ社が作った新作の神酒「ニトロ」のことを。

それはまさに魔の酒。使用者の身体能力を爆上げして、体力を一時的に回復する。もちろんそれはそれはお高い。ここ一番の勝負で吞みたい酒だ。


「向こうがドーピングならこっちは暴走族の本領を見せてやるよ!」


首無しライダーが無線を使うと沖からさらに首無しライダーの水上バイク団と幽霊船フライング・ダッチマンが飛んでくる。


「くそっ、山姥の!悪いがここまでだ!このままだと囲まれる!」

「なあに、充分休めたさね。道さえありゃあ、あたしのもんだよ!」

「じゃあ行ってきな!伝統妖怪の意地を見せてやれ!」

「おうともさ!」


山姥は海岸から浜辺を疾走し、田舎道へと入る。

当然、口裂け女も水上バイクを降りて徒歩で追跡する。


「しかし、あえて聞くけどこれどう収拾つけるつもりだい!?」

「は?アタシ?アタシに聞いてんの?マジで?アタシが収拾つけるわけ!?

最悪、ほんと最悪、ゴールがまるで見えないんだけど!」

「はん、はじめっからゴールなんてないんだよ!始めちまったら走り続けりゃいい!ゴールって名前の楽園目指してね!」

「それで三つ首みたいに一つの現象になれって?!嫌よそんなの!」


そこに口裂け女の目に一つの名案が飛び込んできた。

タクシーである。併走して「空車」と書かれ、なぜか扉を開けてきた。


「お嬢さん……乗っていきますか?」

「あんたは、幽霊タクシー!」

「一度やってみたかったんですよね、前を走ってる奴を追ってくれって。タクシードライバーですから」

「頼むわ!」


口裂け女はタクシーの後部座席に飛び込んだ。


「飛ばして!」

「もちろん、シートベルトをしっかり締めてくださいよ。水になって消えたりしないでください」

「それは別妖怪よ!」


クラウンマジェスタの急加速にさしもの山姥も息が切れ始める。


「きえええ!他の妖怪を巻き込めば自分を維持できるってか!

負けてたまるかあああ!第三形態、解放!ヤマンバ!」


爆発と共に山姥の姿が褐色の豊満なギャルの姿になる。

ブレザースカートにルーズソックス。口紅とアイシャドウは白。

そう、今や伝説のヤマンバギャルである!


「ちょ、そんなのあり?放されてるわ!」

「大丈夫です、お嬢さん。今無線で知り合いに連絡を取りました。

峠なら最速の走り屋ですよ……」

「たのもしいわ!何の妖怪なの?」

「豆腐小僧です」

「ええー!?」


タクシーが止まった先には白黒のスプリンタートレノがあった。

店名はよく見えないが「とうふ店」と書いてある。


「あなたはまさか……!伝説の!」

「それから先は言いっこなしです。著作権にひっかかるんで。

俺はただ、親父に口裂け女さんに協力してこいって。

それに、俺も峠での走りにはプライドがありますしね。」


標識は「ここから先5km犬鳴峠」とあった。


「きいいい!こうなったら引き分けに持ち込んででも、アタシの面子は保ってやる!」

「お前みたいな老害には絶対負けねえ!」

「ずるくないかい!?アタシは素足なんだよ!」


そこに高速で走る牛車がかっとんで併走してくる。


「なにっ!?」

「山姥の姐さん!私も参加するよ!誰もあたしらの前を走らせるもんか!」

「おお!朧車かい!」


山姥は牛車に乗り込み、けけけと笑った。


「これで条件はイーブンだよ!」

「ああ……なら遠慮なくいけるっ!」


それからは実に迫力のあるカーレースだった。ドリフト走行にフェイントの欺し合い。

カマイタチの乱入による妨害とピットタイム。

とても筆舌に尽くしがたい。時間は、夜明け間近になっていた。


「負けてやるもんか!妖怪最速名乗るんならオモシロい奴じゃないと駄目なんだよ!ただ速いだけのあんたに負けるかぁ!」

「絶対勝つ。ならその席を俺たちが奪ってやる!」

「いやこれどう収拾つけんのよ本当に……なんか賭けになってるみたいだし……」


口裂け女が車に酔ってきたその時、両者の前を走る首無し馬がいた。

かつん、こつん。ゆっくりとだが、時速200kmを超えるレースの先頭にいる。


「あたしの前を!?いや、あの方は……!」

「まさか、あの御方かい!」


そう、百鬼夜行の主にして先駆け「夜行様」である。そして、その馬が引っ張る馬車には妖怪大翁と言われる御方がいた。

彼は身を乗り出すヤマンバから鞄をそっと奪うとスプリンタートレノの方に投げた。

それはなぜか車のガラスをすり抜けて優しく口裂け女の腕に収まった。


「賭け事のやり過ぎはいけません、金がなくなります。金がないのはいかんですよ。腹が減るだけです」

「と、いうわけだ……最速の名誉は山姥に。盗まれた荷物は持ち主に。争う理由がなくなりましたね。

久々に賑やかな百鬼夜行が見れましたな、大翁」

「ところで飯屋はまだですか、神ン野君」

「山ン本がふもとでホテルを取ってあります」

「じゃあ行きましょう、ぜひ行きましょう」


後ろから、大歓声がする。二人が振り向くと後ろには大勢の妖怪が続いていた。

首無しライダーたちに河童たち、幽霊タクシー、他にもたくさん。

山の怨霊たちも楽しげな声を上げ、空から天狗やインプが写真を撮る。

みな楽しそうに走っていた。二人は毒気が抜かれたようにどっと車席に座り込み、牛車とトレノが止まった。


「ふん……引き分けってことかね、豆腐小僧」

「みたいですね、朧車さん」

「いい走りだったよ、また勝負させな」

「地元の峠でしたら、喜んで」


朧車の中から白く長い手がしゅるりと出てきて、窓を開けた豆腐小僧と握手する。

気まずそうに口裂け女とヤマンバが出てきた。


「まあ、なんだ……あの御方の裁きだしね。荷物は返してやるよ」

「最速はあんたでいいわもう……私そこまで速さにこだわる妖怪じゃないし」


そっと両手が差し出され、朝日と共に二人の妖怪は握手をした。

また大きな歓声と共に、紙吹雪が舞った。否、チケットだった。

チケットを握りしめて倒れ込んでる奴らがかなりいたが、どうでもいいことだろう

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