世界内戦
「暇じゃのー」
着物を着た鬼の少女がせんべいを食べながらのんびりと言った。
テロリスト妖怪の軍事指揮官「五百山ラゴウ」である。
「暇ね……でも良い事じゃないの?羅吼、あなたの目指したビジョンの通りじゃない。
ほどほどの内戦による自治領の確保、冷戦状態による平和的均衡……これ以上の拡張は米国の介入を招くわ」
相づちを打ったのは悪魔の少女だ。腹心の「二ベール・ベルゼバブ・ニベルコル」である。
こたつのある居間に二人の少女がぐだぐだと過ごしている。日本から内戦で自治領をもぎ取った妖怪の長たちなのだが。
「まあ平和で良いことなんじゃがな。それなりにぶんどった領土も繁栄してるしのー」
「ああ、あれね……元人間達による欲望に塗れた無法地帯。
人の法でも神の法でもない、魔の法による統治……研究都市に繁殖都市だっけ?順調そうじゃない」
ここは今やテロリストと妖怪たちの自治区になった島根。
かつての寒村ぶりが想像できないほど都会になった。窓の外に目を移せば高層木造ビル群が立ち並んでいる。
オリエンタルで神秘的な妖怪都市だ。
「うむ、AIも遺伝子研究も自国では倫理やリスクが高くてやりたくないが、成果はほしがっておる。
自国で研究したくとも、法律が問題で研究できぬものもいる。
そこで国からの極秘の投資と人員を受け入れ、好き放題に研究させる。いやあ妾には思いもつかんえげつない発想をするわ人間共は」
ラゴウはからからとおかしそうに笑った。彼女の元にはその「研究」の成果が報告されている。
人間の業の深さは合理性を重んじるラゴウには理解しがたいものだった。だがその成果は利用する。
「それこそが人間の可能性、だから私たちは人間を憎みきれない。そうでしょう?」
悪魔であるニベルコルは残虐な実験や非合法ビジネスの結果を見てうれしそうに笑う。
「まあのうー。繁殖都市もなんというかすごいの……好き放題に性をむさぼらせ産みまくらせ、育成はこちらで行う。
生まれた子はサイボーグですぐに大人の身体を与えるも良し、魔術で促成栽培するもよし。
あとはまっさらな脳に愛国心をぶち込むのじゃよ。
研究者にデザインベイビーを作らせれば優秀な人材をいくつも引き当てられる。合理的じゃな」
実利を好むラゴウにはわかりやすい成果により達成感を得ていた。
実際これらの非合法ビジネスは莫大な利益となって妖怪の国「百鬼(なきり)」を支えている。
「奴隷貿易してもいいしねー。なんだかんだで人間の生態は奴隷なしには成り立たない。
どこも一皮剥けば奴隷をほしがっているわ。愛玩用にしてよし、労役用、食用にしてよし。儲かるわー」
「となれば、どこが不満を言うかも解ろう?」
ふふふ、とラゴウが悪戯そうに笑った。
「性欲も探究心もカネも食料も満足して尚足りないってなったらアレね。戦争屋たちでしょ?
戦場でしか生きられないし、他の芸もない軍人さん達。活躍の場が欲しいのね」
ラゴウはため息をついてうなずく。苦労人の顔だ。
「そうなんじゃよー、仕事をよこせとやかましいわ。小競り合いに納めなければならんしのう。面倒じゃ」
そこにふすまが開いてドレスを着た貴婦人が入ってきた。まったくの唐突だった。
「ラゴウちゃんすごいのできたのよ!」
「母様、ノックくらいして欲しいものですじゃ」
ラゴウの母にして妖怪の長、人間で言うところの総理や大統領に位置する大妖怪「五百山スリヤ」だ。
なおラゴウ本人は軍事長官くらいの肩書きである。
「それはできないわ。妖怪である以上神出鬼没が存在意義ですもの。それよりすごいのよこれ!」
スリヤは複数の紙の資料と幻術を使って動画を再生する。
20mはある大仏がずしんずしんと歩いている。
「歩く大仏よ!中に乗り込めて動かせるのよ!外の映像もパイロットには見えるし、力も相当あるわ!
これで街を落したいのだけれど、駄目?」
ラゴウはため息を深く深くつくと、じっと猫のように空中をにらんで考え始めた。
彼女の考え事をするときのくせである。
「はあー……母様、軍事行動はそろそろするつもりだったから、使わせてもらいますじゃ。
ただ、これはもそっと小さい方が良いですじゃ。そうですのー、3mから5mに小型化できませぬか?」
「やってみるわ!じゃあお膳立てはお願いね!」
そういうが早いかスリヤは走って外に出て行ってしまった。数百才なのに落ち着きのない母である。
「はあー……本当に、本当にもう……めんどくさいのじゃー。
アレを運用するならタンクデサントとテロしかないのう。兵士を乗せて都市部で暴れ回って撤収じゃな。
問題はほどほどに押さえる方法じゃ……なんかないかのーニベルコルや」
もうなんか面倒くさそうにラゴウは相棒に尋ねる。
「それだったら「同盟(アライアンス)」も同じようなパワードスーツを開発していたはずよ。
同じような敵と勝負ってすればわかりやすいんじゃない?向こうも実戦データは欲しいだろうしね。
そこでお膳立てと筋書きを作るのは私たちの仕事ね」
「それしかないのー……面倒じゃなー。まあ良いわ。久々に動画投稿するかの。準備は任せたのじゃ」
「オッケー、アカウントとるわ。衣装はまだあったわよね?」
「ああ、あの軍服の。ある」
「じゃあさっそく演説の草案から行きましょうか」
こうしてテロリズムは六畳の居間でインスタントに決められた。
■「退魔師自警団「同盟」のある退魔師の証言」
その日、突如として大仏が街を襲い、僕等はロボットに乗り込んで応戦した。
退魔師と妖怪の戦いもついにここまで来てしまった。なぜ双方ロボットで闘っているのかはもう誰も解らない。
だが、テロリストの妖怪達……「百鬼」は先に切り札を切った。
その黒い霧の姿をした次元連結式魔道兵器が発動すると、地形や樹木、動物たち……全てがぐちゃぐちゃに再構成されていった。
皆、生きたまま怪物になり、風景は幾何学的な異世界の風景となった。
僕ら退魔師は慌てて待避したよ……。
数キロ離れた第三防衛ラインで僕等は沈痛な表情で座り込んでいた。
黒い霧はゆっくりとだが確実に広がっている。
だが僕等が沈み込んでいるのはそれだけではない。
「ハルマンは?こんな時にハルマンさんはどうしたんです?」
「ニュース見ろ。予想以上に事はヤバイ」
命からがら生還した入間さんがスマホを操作する。この人も大概しぶといな。
スマホの画面には絶望的なニュースが流れていた。
『緊急ニュースです。アメリカ、およびEUで複数の勢力による独立運動が起こっています。
彼らは軍事的な武力により既存国家からの独立を求め、現在も現地政府軍と内戦をしています』
どうも世界中で日本と似たような状況になってるらしい。
つまり、ハルマンもおそらくはこの騒動の収拾に向かっているし、あらゆる軍隊も同様だ。
援軍はまったく期待できない。
『イギリスではアイルランドの独立を求めるIRAと過激派の魔法使いたちの合流派閥「エインヘリアル・ナイツ」がロンドンにテロを行っています。
未確認の情報ですが、パトリック・R・ハルマン氏が政府軍に協力しているとの情報もあります。さらにカタルーニャでも同様の……』
「な?ハルマンはイギリスで魔法使い共とやりあってる。これねえ。ちなみにアメリカはもっとヤベえ見てみろ」
チャンネルを変えるともっとヤバイニュースが流れていた。
『アメリカで複数の勢力が独自に独立を求め、魔術による結界で街ごと立てこもっています。
これより確認された独立運動勢力を読み上げます。
アメリカ保守層民兵の合流勢力「ラストベルト・ブラザーフッド」
アメリカ・インディアン運動「レッドパワード・スキンズ」
プロテスタント系教会騎士団「オーダー・オブ・バイブルベルト」
他数十の民兵組織が蜂起し「フライオーバー・カントリー」と称し、
ワシントン州とニューヨーク州を除いたアメリカ中部の複数の州によるアメリカからの独立を唱えています。
彼らは特にリベラリストや富裕層を標的に虐殺を行い、これに対しテキサスの州兵「テキサス・ステート・ガード」が独自に鎮圧に乗り出しているようです……』
なにこのカオス。何が起こってんの。
「うわぁ……なんですこれ」
「要するに頭お花畑な金持ちに対して貧乏人がキレたんだよ。
そこに妖怪や魔術師が手ぇ貸したか、そそのかした。とんでもなくヤバイことになってんな世界。
そりゃこんな日本の小競り合いに出てる暇はねえわ」
テレビの映像では見覚えある黒い霧がアメリカの街を覆っていた。
『ごらんください、魔術結界と思われる黒い霧によりデトロイトが覆われています!
この現象は世界各地の内戦でも同様に確認されているようです……』
「これって、見たことありますよね」
「ああ、アレだな。やられたわ。多分日本のは陽動だ。
あいつら世界同時革命しやがった。頭おかしいんじゃねえか。
アラブの春の西側版だな。これ絶対ロシアと中国が一枚噛んでるわ……
クソが!どうしろってんだよ常識ねえのかあいつら!あったらこんなことしてねえな!知ってた」
同じように他の狩人にも絶望感が広がっていく。
事は世界レベルだ。もはや自分たちのしている内戦ではない。
時代そのものが敵になったような感覚にぼくらは立ちすくむしかなかった。
「落ち着け入間、明日来。まずは我らは我らのやれることをやるべきだ。
絶望するにはまだ早い。まずはこの場を納め、生き延び、情報を集めようではないか。
おろおろしていてもどうにもならん。できることをすれば良い」
大きく暖かな手が僕等の肩に置かれた。うちの支部長で力士の斎賀さんだ。
その顔には動揺はない。ただ静かな闘志があった。
「……そうですね、やれることをやれるだけやりましょう」
「それな。やるんなら前のめりに行くのが俺ららしいわ」
同様に他のリーダー格の狩人達が混乱を収めていく。
そうだ、僕等はまだ負けていない。まだ生きている。この混乱の中にあってちゃんと団結できる仲間がいる。
不安が晴れていく。膝に力が入る。まだだ、まだいけるはずだ。
『同盟長の獅子吼達也だ。皆、ニュースは見たな?知っての通り日本における小競り合いは陽動に過ぎなかった。
我々は一杯食わされた。状況は流動的で情報も錯綜している。時代そのものが襲いかかるような、気の遠くなる事実だろう』
陣地内のスピーカーが同盟長の声を流した。不安な情報を言っているが、その口調にはまったく動揺がない。
やはり、闘志に燃える声だ。
『……だが、それがどうした。
では諸君、事実に打ちのめされ、諦めるのかね?やるべきこともやらずに?めそめそと泣いて殺されるのを待つのか?
違うだろう!むしろこんな時のために鍛えてきた力ではないのか!
この混乱の中こそ、戦える力を持った我々が義務を果たすべき時だ。
やるんなら前向きに、前のめりに、だ。全ての手を尽くして悪あがきしようじゃあないか。
やるべきことをやれ、最善を尽くせ。我々は、まだ生きているのだから!』
冷めた絶望が漂っていた陣地内の空気が変る。
消えかけた炎が風にあおられて息を吹き返すかのように。
皆の胸に静かな闘志が宿った。
反撃の時間だ。
■
そして、それから……1ヶ月は大変だったね。
黒い霧のテロは中国とロシアでも行われた。世界の何割かは向こうの手に渡ったわけだ。
その霧を撃退できた所もあれば、できないところもあった。
結局、ある程度は彼らの独立を許すことになった。世界は分断されたんだ。
そして、撃退できた所はそれはそれで問題だった。
組み替えられた地形は元に戻らなかったし、化け物がすでに生態系を作っていてそれはもう大変な場所になった。
でも、問題の本質はそこですらない。
霧の晴れた場所「未調査区域」に生息する化け物や地面に転がっている小石からすらも未知の物質が山ほどあった。
そして、そのほとんどが簡単に有用な「商品」に転用できるものだった。
要するに「未調査区域」は危険極まる宝の山だという認識になったのだ。
かくして……この21世紀の世界に「ダンジョン」ができたのだ。
その成果は爆発的に人類の魔術と科学技術を押し上げつつある。
ほとほと狂ってる顛末だと思う。
ちなみに「同盟」はダンジョンの優先的な採掘権がなあなあのうちに認められ、羽振りがよくなった。
僕等もボーナスがうなるほど出た。一人5千万くらい……ちょっと引いた。
世界はどうなっていくのだろう。
解るのは、21世紀は20世紀に負けないほど激動になるだろうということだけだ。
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