第2話

「……いいんだよ。いいんだけどさ、普通中華屋さんで渡すかな?」


「あっいや違うんだほら父さんこんな性格だろう?だから黙っていられなくなっちゃって。

父さん宛にも手紙があるんだ。同じ日に読んでくださいって。」


「だから、はい」


ことみのタイミングで読みなさい、父さんはもう読んだんだ。と言われて手渡された手紙は可愛らしいイラストがついていてああこの作家さんのこと母さん好きだったよなあと懐かしく思い出す。


そこからぽろぽろと流れ落ちるように、闘病中の母さんの様子が思い出された


「中身なら食べられるのよ。」

口内炎と食欲低下で物が食べられなくなっても、胡麻団子の中身だけは食べられるのよと笑っていた

「こしあんじゃダメなの?」

「ダメなの。油で揚げてある中身がいいのよね」

ごま団子を割って中のあんこを丁寧にすくう母

それを見た父が、母が以前好きだったコロッケを買ってきた。コロッケの中身を食べて嬉しそうな母。お父さんは昔からアイデアマンだからねとクスクス笑う



朝起きると居間で2人が抱き合っている時があった

サンドイッチ!と叫んで母に抱きつきながら

母と父の間に挟まる

なぜか母は泣いていた

「幸せすぎると涙が出るのよ。」


体のむくみがひどくなっても笑顔を絶やさなかった母


痛みがひどい背中をさすって欲しいと言われて華奢になった背中をさすった


小学校の6年になっていたわたしは病状の悪い現実から逃避したくて


ゲームをすると言って

父に代わってもらったこともあった


食べられなくなってからはすぐだった

それでも頑なに家にいることを望んでいた


5時42分、ご臨終です

そう言われても布団にいる母に変わりは見えなかった

眠っているだけのような気がして

なんてね?と笑って起き上がるような気がして

泣けずにいたわたしを

訪問看護師の方が見ていて手助けしてくれた


「お母さんのお腹に触れてみて。どう?あったかいでしょう。これから冷たくなっちゃうのよ。最後に触ってあげて、ね。」


最後の母の温もりを感じて

それが冷えていくのを感じて

涙が止まらなくなった

心を切り刻んだ傷は生傷のようにずっと痛い物だと思っていた

でも違った

いつまでも治らないことを期待しても

傷は閉じていく

思い出す回数は減っていく

脳内に焼き付けたはずの立ち振る舞いの解像度がどんどん下がっていく

わたしが完全に覚えていることで

永遠に一緒にいられると思っていたのに

神様どうして、どうして?

もう痛くないんです

古傷のように時々うずくだけで

そのことが痛いんです

変わりたくなんてないんです

癒されたくなんてないんです

母さんお願いだから

わたしの記憶からまで消えないで


滲みそうになる視界を振り払うようにして

わたしは手紙を開いた

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