ごま団子

知世

第1話

いつも不思議に思っていた

人が1人いなくなっても

そんなこと忘れてしまったように

なにもなかったかのように

変わらず続いていく日常があること

人々は笑って怒ってご飯を食べて

朝と夜は繰り返されて

地球はくるくる回っていて

同じようで違う日々で

変わらないようで目まぐるしく

変わっていく

そんなこと拒絶したいと思っていた

だって、あの人はもういないのに

「幸せだ」なんて許せない




「いらっしゃい!」


どうして中華屋の床というものは靴に貼り付くのだろうか


にちゃり、にちゃりと音を立てるこの床に閉口するねと言いながら歩くのは案外好きだったりする


「ことみ、決まったか?」


「うん、わたし餃子定食。それと……」


「「ごま団子」」


「よし、あっ注文お願いしまーす」


悪戯っ子のように笑う父と、中華屋で頼むこれ。わたしはそこまで好きじゃないのだけれど、まだデザートにはしゃぐ子供でいたいというちょっとした気持ちがあって、道化を演じて父に甘えているのだ。ツーカーで通じる相棒のようでなんだか秘密な感じもする。この日だけ特別に頼むごま団子。


それは、


母さんの大好物で

今日は母さんの命日だ。


今年は大雨にならなくてよかった、と雨粒を拭う父の髪には、あの日はなかった季節外れの粉雪がちらちら積もっている


うだるような梅雨の大量の雨粒に穿たれたように、笑い皺の谷もより深くなった


時が経ったのだ。


向かいに座る父もまじまじとわたしを見ている

きっとおんなじことを考えているのだろう


2人で見つめあってクスクスと笑う


あの日小学生だったわたしは今年めでたく高校に上がった


相変わらず似合わないスーツの父と違って


まだぎこちないセーラー服のわたしは


中学生のブレザーとは随分違って見えるのだろう


「いやーことみもついに高校生か、通りで父さんもおじさんになるわけだ」


「それもう十回くらい聞いたよー耳にたこができるよ」


「言わせてくれよ母さんのぶんもさ」


「……」


いやあごめんなあと返事がくると思っていたのでつい黙ってしまった


そうだね、と返せばいいものを。


そうしたくはないのに6月の湿気と比例してしっとりと湿る空気


「……なんかごめんな。ことみ」


「ううん全然……」


全然気にしてない?それとも全然大丈夫?

どの言葉を選んでも何かが違う気がして

全然の次の言葉を探してわたしの視線はメニューに落ちる


ごま団子、300円


この机に注文したものが届いたら、300円で気まずい空気は浄化されるだろうか。


なんとなく落ち着かないでいる父といつもと違う雰囲気を感じ取ってしまう妙なところで敏感なわたし


そして、沈黙


だんまりが続くと思っていたその矢先


「実はことみに話があるんだ」


口火を切ったのは父だった


「16歳のことみへ、母さんからの手紙があるんだよ」



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