第10話

「おはよう、若人よ! 爽やかな朝だな。元気かー?」

 翌朝、日の出とともに二人は出発した。

 幸い昨夜は何事もなく、いつも通りの朝をダーティは迎えられたわけだが。

「――なあ」

 目の下にくまを作り心身ともにへろへろの状態で、ダーティは尋ねる。

「これから、どこ行くんだ?」

「お前の故郷、ジマーだよ」

「なんで?」

 マックは足を止めることなく、言った。

「昨日、心当たりがあるって言っただろ? 二百年王国を滅ぼしたのが、本当に常冬の女王だとしたら、お前、会って落とし前つけたいって思わないか?」

「そりゃ、思うけど……」

 ダーティの言葉は何となく歯切れが悪い。

「そもそもさ、なんで常冬の女王は二百年王国を滅ぼしたんだ?」

「うーん、その辺も含めて、やっぱりバルバザンが必要なんだよな。実際、常冬の女王が起こしたとされる“断絶の冬”は、大規模な飢饉をそう例えたという見方もあるし」

「へ? そうなの?」

「うん」

 スキターニエ成立以後は、『正史』を編纂しようという動きがあり、その飢饉についてもかなり詳しい資料が残っている。推定十万人とされている当時の人口が、一挙に三割減るほどの、ひどい飢饉だったらしい。

「というわけで、向こうに着いたら、道案内頼むぜ」

「へ?」

「へ、じゃねえよ。お前、故郷だろうが。だから、わざわざ今回お前を指名して来てもらったのに」

(ああ、そういうこと)

 つまり、一年前のことなど何の関係もなかったわけだ。

 安堵と納得した上で、ダーティは言った。

「いや、無理」

 マックが勢いよく振り向いた。

「は? 無理?」

「だって、そもそも常冬の女王って、おれ、会ったことないし」

「会ったことなくても、氷宮殿はあるだろ?」

「だから、それが無理なんだって。そもそも、雪が溶けてもないのに、魔の三十ダリュコーラインに近づくやつなんかいないよ」

「魔の三十ダリュコーライン?」

 首を傾げたマックに、ダーティは説明する。

「冬の間は、事実上通行不能になる、ジマーの縦横両方のラインのことだよ。横が雪の四姉妹山脈ウラガーン・シチエーリに、縦のラインが、常冬の女王が住む氷宮殿ザミュルザーチに接してるんだ」

「は? でも、王立天文台は、その向こう、ジマーの最東端だよな」

「うん。けど、春か秋しか兵隊の異動はないから。それに氷宮殿の横通り過ぎてくし」

 マックが何とも言えない顔になる。彼は足掻くように言った。

「……でも、あの辺りに村あるって聞いたことあるぜ」

「魔の三十ダリュコーラインを越えるやつって、死にたいやつか、逃げてきたやつなんだよ。そういうやつらが身を寄せ合って暮らしていける場所を、そいつらが勝手に作ってるだけ」

「……お前、意外と危険なところに住んでるんだな」

 ダーティが口を尖らせる。

「ほっとけよ」

 マックは考えた。

 バルバザンが向かった可能性がある以上、行かないという選択肢はない。

「……なあ、ほんとに無理か?」

「うーん」

 ダーティはしばらく考える。で、言った。

「まず、絶対に雪が降ってない日で」

「うん」

「次に氷宮殿で暖がとれて、日没までに帰ってこれるなら」

「お前の村から、氷宮殿まで、どれくらい?」

「ええっと、大体五ダリュコーくらい。何もなければ二時間もあれば着ける」

「余裕じゃねえか」

 憮然としたマックに、「だから」、うんざりしたようにダーティが言った。

「絶対雪が降ってない日って、あの辺りは春までないの。しかも、氷宮殿の半径一ダリュコーは、どういうわけか年がら年中、ものすごい吹雪なんだよ。だから常冬の女王が住んでるって言われてるんだけど。夏だって近づけるかどうか微妙なとこだし、運よく氷宮殿に辿り着けたとしても、そこで暖がとれなかったら、絶対凍死する。それ以前に冬のジマーって太陽が出てる時間が、一日四、五時間くらいしかないんだよ」

「……まじ?」

「まじ」

 マックは腕を組んで、うーんと考え込んでしまった。

 ダーティがおずおずと口を開く。

「でも、バルバザンはそこに向かったんだよな」

「うん」

「じゃあ、行くしかないよな」

 ややあって、マックは言った。

「……あったかいコート売ってる店、あるか?」

 大真面目に、ダーティは尋ねた。

「アザラシとトナカイ、どっちの毛皮がいい?」


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