第101話ジョシュア王子の結婚式


 私は今、シャールーズと一緒にランカスター王国に来ている。ジョシュア王子とダーシャ姫の結婚式に出るためだ。それは、表向きの理由。もう一つは、死刑が確定したアリエル・ホールドンに会うためだ。

 卒業式の日、彼女は公文書偽造の罪で逮捕され、2回目の偽造だったので、ホールドン家の財産没収、身分剥奪となったはずだった。

 しかし、平民となったアリエル・ホールドンはまだ、ジョシュア王子との結婚を諦められなかったようで、夜這いをかけた。もちろん、城内どころか、門前で不審者として捕らえられた。

 当初、物取りだと思われていたが、尋問をするうちに王子に夜這いをかけようとしたこと、尋問中に魅了魔法を使って捜査を攪乱させようとしたようだ。

 そして、魅了魔法の制御の練習を拒否したので危険人物として処刑が決定したらしい。

 貴族身分だったら、処刑にならなかったかも知れないのに。


「私を笑いに来たの?」


 城下の地下牢に入れられているアリエル・ホールドンに私は、会いに来た。もちろん、一人では無い。シャールーズも一緒だ。

 私の姿を認めたアリエルは、自嘲気味に笑った。かつては、そのような表情をしたことはない。流石に、牢での生活は、堪えたのだろうか。


「どうしてジョシュア殿下の部屋に忍び込もうとしたの?平民になった貴女には、無理だって事ぐらいわかったはずよ」


「無理?何を言っているの!私はこの世界のヒロインなのよ!幸せになるのは、貴女じゃ無くて、私」


 アリエルの発言に、私に付き添っていた牢番が黙らせるように、牢屋の鉄格子を槍の柄で叩いた。大きな音に、私もアリエルも驚いた。


「言葉遣いに気をつけろ」


「……次は、注意しなくて良いわ」


 いちいち話を遮られても困る。身分的には注意されて当然の差があるんだけれど。


「貴女が幸せになるのは、ジョシュア殿下と結婚することなの?」


「貴女、転生者かと思ったけど、違うようだから、説明してあげる。私は、ジョシュアと結婚して王妃になるの。貴女は、私に負けて反逆者としてギロチンで首を切られるの……今頃、牢屋に居るのは貴女で、いつ処刑されるかびくびくするのを、私が高笑いしているはずだったのよ!」


「貴女の願望は叶わなかったわけだけれど……」


「願望じゃ無いの!そうなる未来だったの。貴女が、ぜんぶ壊したんじゃ無い!!」


 アリエルは、狂わんばかりに鉄格子にすがりついてわめき立てている。


「私が魔法で叩きのめすはずだったのに、いつも授業には居ない。ジョシュアからは好かれて……それに!」


 今度は、私のすぐ後ろにいたシャールーズを指す。


「反逆者として死んでいるはずのシャールーズ王子が、なぜか王様なんかやってるし!どうして、死んでないの?兄であるシャハーブ様が、謀反人のシャールーズ王子を殺して王になるのが、第二部の話だったはずよ」


「不敬よ」


 シャールーズの事を言われて、私は思わず手にしていた扇で鉄格子ごとアリエルの手を叩いた。


「シャールーズ陛下は、正しくナジュム王国の国王陛下。即刻、不敬罪として首を刎ねるわよ」


 シャールーズの事になると、私は沸点が低いみたいだ。


「ふふん、そんな脅し、怖くないわ。貴女は今後、新しいヒロインの存在におびえるんだから!良いこと?シャハーブ様は、弟殺しを悔やんでいて、それを支えるのが幼馴染みのマルヤム。シャハーブとマルヤムの恋愛が、第二部のメインストーリーなんだから」


 先ほどから第二部と言っているのは、「光と闇のファンタジア」の二作品目のことなのだろう。そうはいっても、マルヤムはもう、貴族の娘ではないし、シャハーブは、おそらく、シャールーズが処刑している。王位継承のために、兄弟で争うのは良くある話だ。ランカスター王国だって、王族は血で血を洗うような後継者争いをしていたし、それはナジュム王国だって変わらない。


「マルヤムは、父親が反逆者だから処刑した」


 黙って聞いていたシャールーズが返答した。本当は、処刑してないけれど、表向きはそうなっている。


「な……なんですって!やっぱり、貴女が、みんなの運命を狂わせたんじゃ無いの!!死ぬ奴が生きていて、生きて幸せを謳歌するはずの私が死ぬ!王妃様がおっしゃっていた通りだったわ」


「王妃様はなんて?」


 王妃陛下は、あの事件以降、身内の厳しい取り締まりと刑の執行にすっかり大人しくなり、今は離宮で幽閉されている。あれほど、男を惑わすような発言や格好をしていたのに、今はまったくそんな気力も無いようだ。

 ただ、たまに「世界は終わらないのね」と不思議なことを呟いているようだ。


「王妃様は、悪事を働く貴女を、さっさと殺してしまおうとしていた。貴女を殺さないと、世界が終わると言っていたわ。ゲームの通りに進まないなんて、世界が終わるに決まっているもの」


「王妃様は、『世界は終わらない』と呟いているそうよ。知ってた?」


「知るわけ無いでしょう!私が幸せにならないのに世界が終わらないわけ無いわ」


「アリエル、貴女、助かりたくないの?」


「私が幸せにならないなら、生きていても仕方ないじゃ無い。来世に期待するわ」


 せっかくの恩赦だったのに、断っちゃうのか。


「本当にいいの?」


「しつこい」


「平民の処刑は、縛り首よ」


「いさぎよくちゃんと、処刑台に登っていくわ。台の板が抜ける奴でしょ?」


 首に縄をかけられ、台の板が観音開きになるタイプの縛り首だと思っているようだ。

 そうじゃないんだよな……ここの処刑方法。


 この国の処刑法は、中世ヨーロッパの絞首刑で台に上って首に縄をかけるのは同じだが、台を蹴り飛ばすのは処刑される人だし、しかもロープの長さがあっていないので、ちゃんと死ねない。

 公開処刑なので、もがき苦しんでいるのを、観客は楽しむのだ。処刑者の親族達が、処刑執行人に金品を渡し、初めて処刑者の足を引っ張ることが許されるのだ。

 アリエル・ホールドンの場合、死刑執行日、親族達はほぼ牢屋にいるので、処刑執行人に賄賂を渡す人なんて居ない。苦しみながら、生き延び、ゆっくりと訪れる死を待つしか無いのだ。


「本当に、いいの?」


 最後通告だ。


「構わないわ」


 今まで、私とシャールーズの陰に隠れていたジョシュア王子がアリエルの前に現れた。結婚式の準備もあるのに、どうしても着いていく、ときかなかったのだ。


「ああ、ジョシュア様、助けてください。この女が私を殺そうとするのです」


 本当に、まだ諦めていないのか、アリエルが憐れっぽい声を出して、ジョシュア王子を誘惑する。魔法が使えないように強力な魔封じの腕輪、魔法陣など様々な対策をとっているので、アリエルお得意の魅了魔法はまったく使えない。


「死刑執行は予定通り行う」


 ジョシュア王子はまったく取り合わずに、牢番にそう告げた。私は聞きたいことはすべてきいたので、シャールーズとジョシュアに戻ることを伝えた。


 私の背にアリエルは呪詛の言葉を並べ立てていたが、牢番にまた、鉄格子を叩かれて黙らされていた。


 その後、風の噂で、死刑執行時にもがき苦しんでいたアリエルを、エディット・フィッツウィリアムが死刑執行人に多額の賄賂を渡し、アリエルの足を引っ張ったことを、私は知った。

 足を引っ張ろうとするエディットに、アリエルは言葉にならない声で、なにか喚いていたとも聞いた。


 きっと、助けてくれるとでも思ったのだろう。





 ジョシュア王子とダーシャ姫の結婚式は、とても盛大に行われた。私はシャールーズと二人、国賓席に列席していたので、とても良い席だったのでじっくり見ることが出来た。

 マーゴは、クラレンスと順調に仲を深めているようで、結婚式の時はクラレンスの瞳の色のドレスを着て参列していた。

 アングルシー家の列に、シベルは居なかった。シベルは、アングルシー家から追い出されたのだ。家系図から抹消され、居なかったことにされている。アミルと駆け落ちをしたのだ。もっとも、親、親族公認の駆け落ちで、アミルは相変わらず、王都ロンドニウムで商会長として活躍している。

 平民になった二人が、かつての身分が原因で争いが起きてはいけないと、シベルの両親が泣く泣くシベルをアングルシー家に居なかったことにしたのだ。

 結婚式には、ジョシュア王子の計らいで、結婚式を行った教会の一番隅の目立たないところで、二人は仲良く参列していたようだ。

 私の席からは、まったく見えなかった。


 ジョシュア王子とダーシャ姫の結婚式が終わり、二人が王宮のバルコニーで、広場に集まった人たちに挨拶をする。

 私とシャールーズはバルコニーの隅の方で、二人を見ていた。

 ジョシュア王子が、片手をあげて民衆に答えると、わっと歓声が上がった。結婚を祝福する声が歓声となって聞こえてくる。



「ジュリア」


「なに?」


 シャールーズが、私の耳元で名前を呼んだ。私は彼が私の名前を呼ぶ声が好きだ。


「俺には、ナジュム王国を強く、豊かな国にする義務がある。でも……お前の出身国であるランカスター王国と争いは避けたい」


「できるわ。シャールーズなら。ランカスター王も、ジョシュア王子も……みんな、きっと分かってくれるわ」


 私が二つの国の架け橋になれたら。


 空はどこまでも青く、白い三日月がこちらを見下ろしている。祝福する声が、高い空に溶けていった。

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