第99話私が掴んだもの
シャールーズは、ため息をついた。ついでに、何を思ったのか、魔法石を床に転がした。空色の石がころりと転がって、私の足下に止まった。
何も起きない。何してるんだ、この人……。
「これ以上は愚問だ。何を言おうと、俺の第一妃はジュリア・デクルー以外にありえない」
話は終わりだ、と判断した兵士達がうなだれるアリエル・ホールドンを会場から連れ出そうとしたとき、再び、ホールドンが顔を上げて、半狂乱になって叫んだ。
「王妃が……クリスタベル王妃が、私を次の王妃にしてくれると言ったから!ゲームの通りにしたのに」
アリエル・ホールドンは、罪人をすべて道連れにするようだ。
クリスタベル王妃が色々と犯罪に関わっているのでは?という容疑は、金糸雀倶楽部を詳細に調査したところですぐに浮かんできた。
金糸雀倶楽部の主宰がダラム伯爵なのだ。姉であるクリスタベルが何もしていないわけが無い。
しかし、卒業式は慶事だ。この後、王子の婚約式だってある。すべてが終わって、落ち着いた後王妃の罪を問うことにしよう、と国王をはじめ、国の重臣達が決めたことだった。
王妃は、来賓席にいるがどこ吹く風といった雰囲気だ。下々の声は聞こえないと言いたいのだろう。
「私が捕まるのなら、クリスタベル王妃だって!」
兵士が、わめき散らすホールドンを殴って気絶させた。もう、魅惑の美貌では無いな。あんな般若みたいな表情をしていたら。
シャールーズが、私の背中を軽く押した。目が、何かを訴えている。
さすがに、私はシャールーズと目と目で会話できるほど意思疎通できていない。愛していても、それは無理だ。
「行け、クリスタベル王妃に目にものをみせよ。復讐するのだろう?」
私は、十二歳の時にうけた屈辱を思い出した。あの時から、王妃は犯罪に手を染めていたのだ。
「恐れながら申し上げます。陛下、殿下」
私は王族に対してのみ行う一礼をしてから言葉を発した。
「私は、クリスタベル王妃を告発いたします」
ウォード家の反乱を皮切りに、今回の一連の事件について説明を始める。
ウォード家が本当に、王家に叛意があったのかもう、今では分からない。しかし、王家はウォード家に叛意ありとし、ウォード家を取りつぶした。同じく反乱に加わった幾つかの貴族の家も取りつぶしとなった。
しかし、ウォード家は建国からの功臣であり、なんら調査すらされずいきなりの取りつぶしであったため、同情が多く集まった。ウォード家の末裔達は、密かな貴族の後援者の存在によって、色々な家々へと入り込むことになった。ほとんどの家は、家風に合わせて育て、王家の恨みを持たないまま育った。そうでない家もある。
そのうちの一つが、ダラム伯爵家である。ダラム伯爵家では、ウォード家の末裔のウィロビーを養子として引き取って以来、王家への恨みを持って子供を育ててきた。
王家に一矢報いることが、ダラム伯爵家の悲願となった。一矢報いるのに、兵士はいらない。王家が潰したウォード家の血筋を引くものが、王妃になれば良い。チャンスは巡ってきて、クリスタベルが、貴族達の多大なる後押しの末、王太子妃に収まり、王妃となった。
ダラム伯爵家は、王妃のご生家となり悲願を達成した。しかし、今度はさらなる地位の向上と安定を求めた。邪魔な者は誰か。
そう、保守派貴族でも、中立派でもなく、ランカスター王国に、貴族の名の元での自由を与えようとするリベラル派のデクルー侯爵家だった。
ダラム伯爵家は目の上のコブであるデクルー家の隙をうかがった。ちょうど、私という「魔法の使えないできそこない」が居ることをしり、「魔法が使えなければ、世を恨んで犯罪者になるだろう」と思い、私を反逆者に仕立てようとしたのだ。
十二歳のあの時もそう、金糸雀倶楽部で行われていた人身売買だってそう。私を犯罪者にし、世の中を恨んでいる反逆者と濡れ衣を着せ、家ごと処断しようとしていたのだ。
それに一役買っていたのが、クリスタベル王妃の前世の知識というやつだ。クリスタベル王妃は、「光と闇のファンタジア」の内容をダラム伯爵に話したのだろう。そして、人身売買に手を染めた。
「クリスタベル王妃陛下の千里眼は偽物です!千里眼はナジュム王国の王家にしか使えない能力です。ナジュム王国の神を信じていない、我々は使えないのです」
私の訴えに、保守派の貴族達がうろたえる。もともと彼らの政策は、クリスタベル王妃の千里眼を元に作られているのだ。嘘だと分かったら、動揺もするだろう。
「戯言を……!不敬である」
クリスタベル王妃が貴賓席から立ち上がって、扇を振るった。雷が天井から私に向けて落ちてくる。
私はとっさに守りの錬金術を発動させようとするが、間に合わない。
初撃は受けるしか無いと、とっさに目をつむる。雷鳴が響く。
なんの衝撃も来ないので、目を開けると私の頭上に魔法のシールドが展開されていた。空中に魔法陣が浮かび、雷から私を守ってくれている。
シールドの発生源はなんだろう。
「千里眼とは、こういうことを言うのだ」
シャールーズは勝ち誇ったように言った。私の足下にあった、空色の石が魔法のシールドを展開したようだ。
「未来で何が起きるのかわかり、対策を立てられる。見えるのは何もかもだ。人々の恋愛模様だけでは無い」
クリスタベル王妃が元にした知識は、「光と闇のファンタジア」なので恋愛しか千里眼に繋げることしか出来なかった。他は、ほとんど外れたのだろう。
「貴女のご生家のダラム伯爵家、支持基盤でもあったホールドン男爵家、ペンリン男爵家などにも捜査の手がのびています」
「ダラム伯爵の件、そなたも連座せよ」
国王の一言で、クリスタベル王妃は捕らわれの身となり連行された。
卒業パーティーは延期するしかないか、と思われたが、めげずにジョシュア王子が話し出した。もともとは、王子が何かを伝えようと、みんなに呼びかけたのが始まりだったのだ。
「僕を成長させてくれた、この学び舎にいるみんなの前で紹介したい人が居るんだ!」
ジョシュア王子は、国賓の席に居た一人の女性をエスコートして連れ出した。
「紹介します。僕の婚約者、アーラシュ帝国の姫ダーシャです」
ダーシャ姫は、黒い髪の毛に小麦色の肌、黒目がちな瞳で、ちょっとだけアミルに似ている。まさか、アミルの妹姫では……?
「皆様、どうか末永くよろしくお願いいたしますね」
美しいランカスター語の発音に、私は驚いた。ダーシャ姫は語学も堪能のようだ。わき上がる拍手に、ジョシュアとダーシャは、恥ずかしそうにお互い見つめ合って微笑んだ。
「それでは、みんな、手にグラスを持って」
ジョシュア王子の呼びかけに、みんなグラスを手に持つ。私もグラスを手に持って待機する。
「卒業おめでとう。乾杯」
乾杯、という声が大講堂中に響いた。
私は、今、ナジュム王国の王宮の回廊を歩いている。豪勢に作られたナジュム王国の花嫁のドレスを着ている。
ナジュム王国の結婚式では、新婦が友人たちと供に新郎の家に行き、そこで結婚式を行うのだが、そんなことをしていたら、待ちきれない!とシャールーズが言うので、王宮の回廊を友人達と歩くという妥協案となった。
結婚式を行うのは、一番大きな庭園だ。大モスクでやるのかと思ったら、結婚式とかには使わないらしい。
私の隣には、マーゴとシベル、そしてレイラ。客席には、クラレンスとアミル、ロバートも呼んでいる。当然、両親とお兄様、お義姉様、ルイもいる。新郎側の客として、ニルーファルとアフシャールもいた。
国賓には、ジョシュア王子とダーシャ姫がいる。
「夜の結婚式なのね」
マーゴが珍しそうに言った。ナジュム王国は昼間は暑いのでこういった儀式は夜に行われることが多い。今日は、夕暮れからの式だ。
「夕日の中での結婚式も素敵ね」
シベルは、あのアミルとお揃いのブレスレットを今日もつけている。追求しても躱されたけれど、たぶん、そういうことなんだろう。
「憧れるなぁ、結婚式」
レイラは、魔法学校時代に私が留学で居ないとき、マーゴやシベルと交流があったのだそうだ。あの魔法石を製作したのが縁だという。だから、こうして四人で歩いていても、前からずっと友人だったみたいだ。
回廊の先、庭園での入り口で同じく豪奢な伝統衣装を着たシャールーズが待っていた。
ここで、友人達が私をシャールーズに託すというのが結婚式の始まりだ。
「ジュリアを末永くよろしくね」
「泣かせたら、ランカスター王国からだって駆けつけるから」
「お幸せに」
三人が口々にお祝いの言葉を述べ、私の頭の花冠にそれぞれが手にしていた花を差しいれた。
シャールーズがその言葉に頷いて、私に手をさしのべる。
「俺と一緒に、国を治めてくれるか」
空が黄金色に染まり、間もなく日が暮れる。シャールーズの黒髪の上に乗った黄金の冠が、優しく輝く。
「もちろん!シャールーズの側にいるわ」
私は、大好きなシャールーズの手を取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます