第90話世界の分水嶺
「どいつもこいつも!金、金!!金!!!、お金のことしか頭に無いのーっ」
私は手にしていたペンをインク瓶に戻して、立ち上がった。頭を両手で掻きむしりながら、部屋を歩き回る。
あれから、ちょくちょく金銭関係の書類をシャールーズが横流ししてくるようになったのだ。計算が速いということがバレたのだ。
前世の知識によって、私は計算が速い。それだけなのだが、予算の収支とか、見積もりの添削とか、実際に使ったお金の計算とか、錬金術に関係ない仕事ばかりが増えていく。
私は、まだ、留学生なのに!それに、お金を集めたいのだって、誘拐事件を解決したいからだ。猶予は一ヶ月といっていたが、誘拐事件に一ヶ月もかけたら、たぶんすべてが終わっている気がする。
シャールーズは、千里眼で事件の結末を知っているのかもしれない。だから、急ぐ必要はないと判断したのか。
だとしたら、最悪の想定もあるんだけれど。
「一ヶ月で金貨百枚用意せよ、とか、バカじゃないの!錬金術師は、金貨を作り出す術者じゃ無いのよ」
捜査にお金がかかるのは分かる。おそらく、これは金糸雀倶楽部に潜入するための資金だ。誘拐された少女達が、金糸雀倶楽部にいるのではないか、というのは金糸雀倶楽部に所属しているとある貴族の内部告発と、状況証拠しかない。
それを逃れられない物証を見つけるために、潜入したいのだ。
「そんなことは知っている、疾く手立てを考えよ」
いつの間にかシャールーズが私の部屋にやってきていた。工房にいつも遊びに来ているが、そんなに暇なはず無いんだけれど。
結局、口では勝てずシャールーズに「お願い」されて、私は「できません」と言えずにいた。
「あの顔に逆らえないと思って……!悔しい!格好いい!イケメン!!」
シャールーズが居なくなったのを確認して、ソファにあったクッションを、八つ当たりぎみに殴る。軽くはねる音がして、クッションが私の拳を受け止める。
金貨百枚。絞り出したレシピのおかげで、なんとか今月の配当を合わせれば、達成できそうだ。
しかし、潜入した後、いざ、犯罪組織でしたっていうことが分かった場合、金糸雀倶楽部に討ち入り何てこともありえる。
金糸雀倶楽部はランカスター王国にあるから、合同調査ということになって、調査費用は国庫から出ると思う。
でも、ランカスター王国に滞在するとなると、シャールーズのことだから、私に滞在費を出せといいそう。だって、シャールーズが私的財産を使うとなると、ナジュム王国の内通者にバレてしまう。
あんまり使いたくなかったのだけれど……。
私は完成した共鳴石を手に取った。この石、ちゃんと聖地の方角を指すようになったのだ。聖地の近くにある教会に共鳴石をすでに設置している。これを使えば、お祈りの時に聖地の方角を正確に知ることができる。
この石の権利を売り飛ばすのはもったいない気もするし。やっぱり、利用権を少しもらおうかな。
私は、アンナに外出の準備を手伝ってもらい、王都で一番大きなモスクへ向かった。
ついでに、アフシャールにも同行を頼む。
●○●○
王都パルヴァーネフで一番大きなモスクは、大モスクと言われて、ナジュム王国で最初に建築されたモスクと言われている。
ここには、宗教指導者の長が住んでいる。
私は、アフシャールに共鳴石の売り込みと、売り上げの10%をアイディア料として支払えば、商品としてモスクで取り扱っても良いという条件を説明した。
アフシャールは、人が良さそうな見目をしているから、意外とうまくいきそう。
モスクの聖堂内で待っていると、アフシャールがしばらくして戻ってきた。売り込みに成功したみたい。前金で金貨百枚くれるなんて、気前が良い!
「金貨百枚。教徒全員に売れる品だしな。だいぶ喜んでいた」
「ありがとう。アフシャール」
「礼を言うのはこっちさ。シャールーズを怖がらないでいてくれて、ありがとう」
私は、まさかアフシャールから礼を言われると思っていなかったので驚いた。シャールーズの力を知っても怖いと思ったことはない。神様の末裔らしいけど、私にとってみれば、ちょっと不思議な力を持つかっこいい男の人だ。
「陛下はこの時間なら、私室にいると思う。急いで戻るのだろう?」
そうだった。資金が溜まったからこれで、金糸雀倶楽部への潜入調査ができる。
私達は、急いで王宮に戻った。
シャールーズの私室で、私は金貨の入った皮袋をシャールーズに捧げる。シャールーズが、ちょっと驚いて、満足そうな声音で言った。
「短期間によくこれだけ用意した。褒めて使わす。褒美に、潜入捜査に連れて行ってやろう」
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