第49話王子とヒロインの噂話


 魅了に対抗するための石を作るということになったけれど、事情を知っている人たちの中では、ベックウィズ先生しか作れない。私は、授業で習っている最中で、ルーン文字すら刻めないのだ。とはいえ先生も強力なのは作れないので、本当に、最高級品を手に入れるのであれば、ナジュム王国まで探しに行くしかないらしい。


 とりあえず、ベックウィズ先生に石を作って貰うことにした。それを、適当な理由をつけてジョシュアから、エディットに下賜する。エディットは王家に忠誠を誓っている気持ちには、変化が無いらしいのでジョシュアから贈られた物はずっと身につけているだろう、と予想を立てている。

 石を身につけて、効果が目に見えてはっきり分かるのは一ヶ月ぐらいかかる。今から制作してもエディットに渡すのは、年明けになるので2月ぐらいに効果がでるかもしれない。


「これで、効果が出なかった場合だけれど」


 いつもの秘密の部屋にみんなで集まって、お茶会をしている。魔法の石は、石の選定も、ルーンを刻むのもベックウィズ先生に頼んだが、それなりに時間がかかる。しかも、魅了の魔法は上位魔法なのでルーンで対抗するという考えもあまり主流では無いようだった。


「魔法の石の本場である、ナジュム王国に行くしか無いな」


「私、四月からナジュム王国に留学するから、探してこようか?」


 半年、この学校に通ってからナジュム王国の学校に留学する予定だ。


「手遅れにならないうちに早めにどうにかしたいけれど、焦ってもしょうがない」


 ジョシュアがよろしく頼む、と私に言った。


「エディットや、ホールドンの思い込みをどうにかできれば負担もなくなるんだけど」


 エディットは、主に、シベルとすれ違ったときに色々言ってくるだけのようだが、ホールドンは神出鬼没、時間を気にせず色々仕掛けてくる


「しばらくは、何もしてこないと思うわ。だって、殿下と付き合ってるって思ってるんでしょ。一番の被害者は殿下よ」


 マーゴの言葉に、ジョシュアは嫌そうな表情をする。


「そうねぇ……、ヤることヤちゃった、って今頃嘯いているかもしれないわ」


 シベルが、楽しそうにふふふ、と笑っている。まったく笑い事じゃ無いんだけれど。



「まさか、さすがに貴族の令嬢がそんなふしだらな事を言うわけがないよ」


 ジョシュアは、力強く訴えていたけれど、そんなことを考えないのだったら、クラレンスの上に乗っかっていないと思うんだよね。



○●○●


 シベルの予言が当たったのか、翌日から生徒達の間で、ジョシュア王子とアリエル・ホールドン男爵令嬢は、婚約者候補達を放っておいて、最後までいきついたらしい、という噂が流れた。


「面白く愉快な噂になってるねぇ」


 ぽやぽや妖精クラレンスが、のんきな感想をジョシュア王子に言っている。八つ当たりのように、ジョシュアは、クラレンスの頭をはたいていた。


「どうやってこの噂流したんだろうね」


 噂の出元はホールドン以外にありえない。噂好きの貴族令嬢達に、殿下と一晩過ごしたの、とでも言ったのだろうか。殿下が大人しく自分の寮で過ごしていたことは、すぐに調べればバレてしまうのだけれど。


 私は、みんなと別れて錬金術棟に向かう。


「聞いた?ジュリアさん、殿下とホールドン嬢の噂」


 クラスメイトでこの間、助けてくれたレイラが回廊を歩きながら私に声をかけてきた。


「実は、よく知らなくて」


 レイラは、魔法学科に通う貴族の令嬢と幼なじみで、こっそりと会って色々情報交換をしているらしい。身分差はあるが、将来二人でお店を持とうと話しているのだそうだ。貴族と言っても、名ばかりの貴族だと自分で働かなければならないこともある。


「殿下は、昨日の放課後、ベックウィズ先生とお茶会の後に保健室にアリエル・ホールドン様を連れ込んだらしいですわ」


「まあ、殿下が?」


 昨日のアレがそんな噂になっているとは。転んでもただでは起きないホールドンらしいやり方だ。


「なんでも、昨日、保健室前でうろうろとなにやら落ち着きの無いホールドン嬢を親切に声をかけたご令嬢が、事の次第を知ってホールドン嬢の力になっているそうですわ」


 その話を聞いた令嬢は、私たちとは対立している派閥の貴族かしら?


「レイラさんはどう思っているの?殿下とホールドン嬢の仲」


 レイラは、真面目な顔をしていたが急に、笑い出した。


「平民ばかりの錬金術科の生徒で信じているのは、ほとんどいないでしょう」


 レイラは、楽しそうに言葉を続ける。


「殿下とホールドン嬢が本当にそういう仲であれば、二人の間にもっと親密な空気が流れているはずでしょう。だって、相手の知らないところは無いってぐらい仲良くなったのだから」


 殿下は、ホールドン嬢をいつものように冷たくあしらったんだろう。昨日の今日で、そんな噂がでていると気がついたのは、昼過ぎだったし。ホールドン嬢は、今朝から必死に色々な人に「ここだけの話です」を話していたのだろう。


「私たち平民は、自由なところがありますから、男女が親密になったらどんな雰囲気になるか、なんて小さい頃から見てます」


 貴族は家のために結婚するので、政略結婚が多い。平民もお見合いで結婚することが多いが、結婚するまで関係を持ってはいけないという、貴族の当たり前がない。お見合いで知り合って、恋人期間を経て結婚するのだ。


「でも、魔法学科の人たちは、ホールドン嬢との仲の噂を信じている、と」


「積極的に信じたい方が多いのでは?教室を移動するときは、みんなで移動しましょう。ジュリアさんを狙ってくる可能性が一番高いですから」


 レイラは、クラスの中心人物で、私のやっかいなホールドン嬢との仲もうまいこと助けてくれる。親切すぎて、いい人だとお礼を言ったら、「貴族と縁を結んでおけば、将来、店を出したときに有利ですから」とすごく打算的な答えが返ってきた。


 それでも、レイラは誠実に親切にしてくれる。レイラだけではない、この間助けてくれたロバートも人が良い。


 私は、親切な友人達に何かできることは無いのだろうか。

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