第48話ヒロインの力


 ちらちら見ているのに、なんの反応も無いジョシュア王子にしびれを切らしたのか、ホールドンがジョシュア王子にしなだれかかろうとするのを、華麗にジョシュアが避ける。


「なんで避けるんですか!」


「僕たちは、清いままでいるべきだ」


 十二歳でキスのお強請りをしてきた、マセた子供だったとは思えないような発言をジョシュアはした。本当に、ホールドンに触れられたくないんだな、と私は感心する。


「でも……私たち、愛し合ってるのに」


 まだ言いつのるホールドンに向けて、私たちの反対側の物陰に居たウィンダム先生が、指を軽く振るった。ウィンダム先生は、そのまま天井を見上げている。鑑定の魔法は人それぞれで、ウィンダム先生の場合は空中に何かが表示されているのかも知れない。


 ウィンダム先生は、ジョシュアに合図を送る。心得たとばかりにジョシュアは頷くと、指を鳴らした。

 指を鳴らしたとたん、何かを言いかけていたホールドンが崩れ落ちる。誰も抱き留めてあげないから、床に転がった。


 ウィンダム先生は、再び指を円を描くように動かして、ホールドンを宙に浮かせた。保健室に連れて行くので待機するように言い残して、宙に浮いているホールドンを連れて、悠然と去って行った。


「殿下、よくちゃんとホールドン嬢を連れてこれましたね」


 私が感心していると、ジョシュアは疲れたような声を出した。


「校内を目的も無く歩いていたら、ホールドン嬢に声をかけられてね。あとは、先生とのお茶会があるといったらついてきた」


「道中、腕組んでませんでした?」


 私の問いかけに、ジョシュアはおや?という顔をして、すぐに、にやりと意地悪そうに笑った。


「妬いてるのか?」


「ホールドン嬢は、目が覚めたら、殿下と恋人同士ですと触れて回るだろうなと思っただけです」


 私の切り返しに、ジョシュアは押し黙った。絶対に言わないと言い切れない。ジョシュア狙いだったのなら、有利になるネタを言わないわけが無いからだ。


「うまくいって良かった」


 ベックウィズ先生が私たちの分の紅茶を用意しながら言った。


「すぐにウィンダムも戻ってくるだろうから、先にお茶でもしてようか」


 ベックウィズ先生の呼びかけに応じて、私たちはお茶にお呼ばれすることにした。





 ウィンダム先生は、アリエル・ホールドンに少しだけ強い睡眠の魔法をかけ直してから戻ってきた。


「鑑定結果を伝えよう」


 ウィンダム先生は、ベックウィズ先生から鑑定能力を上げる魔法石をもらい、その石の力をかりて鑑定をしたらしい。いつもより詳細にわかったようだ。


「彼女は、まれに見る魔法使いの素質がある。魔力は95%も体内に含まれている。無意識に使える魔法もある。魅了、あまり気持ちを抑えることができないようにする、などかな」


「あまり気持ちを抑えることができないようにする、というのは斬新な魔法ですわね」


 シベルが不思議そうに言った。


「具体的にどういう作用が?」


「たとえば、リッツを見ただろう。教師とは思えない直情的な対応をしている。喧嘩の仲裁などは感情を抑え、両者の言い分を聞くよう教師は指導されているが、まったく抑えられていなかっただろう。ああいう風に、感情が溢れやすくなっている」


 ウィンダム先生の説明に、クラレンスが頷く。


「では、フィッツウィリアムがホールドンに熱を上げているのも、その所為って事でしょうか?」


 クラレンスの問いかけに、ウィンダム先生は「可能性が高い」と回答した。


「感情を溢れさせるというのは、非常に曖昧だ。こらえ性は人それぞれだから、どの程度の魔法をかけたら、魔法をかけた側の意図通りになるのかが分からない。そこを自然とやっているのだろう」


 そんな曖昧な魔法に抵抗する魔法の石を錬金術で作るのは難しいんじゃ無いだろうか。抵抗できるだけの強力なルーン文字を刻むのは大変だし、弱い力では役に立たないし。


「私たちにその魔法がきかないのはどうしてでしょうか。魔法抵抗の石も持っていますが」


 マーゴがウィンダム先生に質問をする。


「君たちの魔法の石は、最高級品だろう?おそらくナジュム王国製で、優秀な錬金術師がルーンを刻んだのだろう」


 魔法抵抗の力をもった魔法の石は、どこに隠し持っているかを伝えてしまうと弱点になってしまうので普通は、相手に石自体見せることをしない。私たちも、用心のためにお互い、どこに石を身につけているか伝えていない。


「そんな最高級品、すぐには用意できないわ」


 私は首を振って答えた。ナジュム王国にツテのあるお父様に頼んだとしても、そういう石は中々他国に出回らない。


「曖昧な魔法より、魅了に対抗する石を作ろう。その石でエディットが正気に戻れば、ホールドン嬢の常時魔法の危うさの証拠になる。あとは、どうにでもなる」


 ジョシュアの提案に私たちは頷いた。

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