第42話秘密の相談


 ぽやぽや妖精の、衝撃的なヒロインとのやりとりに恐れおののいていると、ジョシュア王子がにっこりと笑ってこちらを見た。


「みんなの話を聞いて、なんかおかしいと思うことがあったよね?」


「もちろん」


「僕は、あの時と状況が似ていると思うんだ」


 ジョシュア王子のいう「あの時」とは、私が十二歳の時に初めて王宮に訪れて、王子と会った時のことだろう。


 突然、見知らぬ招待客では無い少女が、王子に突撃し強力な魔法をかけていった事件だ。


「僕はあれ以来、魔法を防ぐ魔法石を肌身離さず装備している。ジュリアもだよね?」


 私は頷いた。あの事件の時に王家から渡された最高品質の魔法石を両親、お兄様、ルイ、私はずっと身につけている。


「私も身につけているわ。あんなのを見たら、用心したくなるもの」


 マーゴも身につけているらしい。同様に頷いているところを見ると、シベルも身につけているようだ。


「僕は持ってないかなぁ。僕自身に強力な結界が自動的に張られちゃうから」


 ぽやぽや妖精が、とんでもないことを言っている。無意識に相手から魔法がかけられないような結界を張っているらしい。魔力が多くて、技術が追いつくととんでもないことになるようだ。


「共通点は、相手からの魔法を無意識に防ぐことが出来る手段を持っていることなんだ」


「つまり、ホールドン嬢は何かしらの魔法を常時使っていて、防ぐことが出来ない人が彼女に心酔してるってこと?」


「状況的にそうと考えられるね。先生たちは大人で抵抗力もあるし、自衛の手段もあるから、がっつり魔法がかかっているな、と思うのはリッツ先生かな」


 私を職員室前でどなりつけた先生だ。あの先生、単純そうだから、簡単に魔法にかかったんじゃないのか?


「私たちは、どうにかして魔法をかけているという証拠や、魔法を防ぐための手段をみつけようとしているの」


 シベルがため息をついた。入学してまだ二週間でこの状態だ。今後、どうなっていくのか心配なのだろう。

「同じ寮内でなにか証拠がないか探しているのだけど、なかなか見つからなくて」


「ね、協力してくれるよね?」


「わかった、できる限りのことはする」


 私は何度も頷いた。そんなにみんなホールドンの被害に遭っていたのか。


 ゲームのヒロインってこんなだったっけ?誰からも愛されれる純情可憐な少女の設定だった気もするんだけど。




 私は、みんなと別れて寮に戻ってきた。出入り口は慣れれば自分の好きなところに作れるということだったので、寮の自分の部屋と繋いだ。


 ゲームのヒロインは、ホールドン家がお家騒動の時に乳母に預けられたまま、平民として育ち、ようやく最近になって男爵家に引き取られたという身の上だった。平民なので、貴族の慣習を知らず浮いてしまっていたが、健気になじもうと努力するので、王子を始めとする攻略対象者たちが、手助けをし、やがて仲を深めていく。


 そう、ゲームの主人公は健気で努力家なのだ。勉強を誰かに肩代わりさせたりなどしない、一生懸命にやっていたから、徐々にみんなに認められていったのだ。


 悪役令嬢だったゲームの中の私は、最後まで認めることはしなかったけれど。


 「光と闇のファンタジア」はいわゆる全年齢対象ゲームだ。たしか、六歳以上から推奨されているゲームなので、キスどころか手を繋いだり、ハグすることもしない、攻略対象の男の子から告白されたら、永遠の愛を誓って結婚しちゃうような、単純な話なのだ。ライバルがでてきても、ライバルからいじめられたりしない。ライバルと競うのは勉強だけだ。


 それなのに、アリエル・ホールドンは私にいじめられた、と言っていた。あの場でジョシュア王子に助けられなければ、あの場に居た男子生徒全員から吊し上げされていただろう。


 そして、デフォルト名じゃない名前。この世界は戸籍がないから、生まれた時に付けて貰った名前を簡単に変えることが出来る。


 マリという名前が嫌で、人魚姫っぽい名前の「アリエル」に変えたのだとしたら、あのヒロインは前世の記憶があることになるんじゃないのか?



 私はミニキッチンで、タマネギをみじん切りにしながら、今日のお茶会で見聞きしたことを考えていた。今日の夕食は、たまねぎのスープと、豚肉のバター焼き、焼きたてのパンだ。


 パンは生地としてできあがっているものを腐らないようにして持ってきて、成形して、オーブンで焼いている。スープパンに刻んだタマネギと、オリーブオイルを入れて中火で炒める。火が通ったところで、小麦粉を大さじ一杯分振り入れて、さらに炒める。小麦粉に少し色がついたら、塩、胡椒、水を入れて煮る。煮込んでいる間に、豚肉のかたまり肉を4ミリほどの厚さに切って、塩と胡椒を振る。フライパンを熱し、オリーブオイルを入れて、豚肉を入れる。焼き目がついたら、裏返して。


 ここで、スープが煮えてきたので、味見をした。もうちょっと塩味がしたほうが良かったので、少しだけ塩をたして、風味付けのオリーブオイルを少し垂らす。スープボウルにスープを盛り付けると、パンが焼けたようだ。少し前から、パンの焼く良い匂いがしていたのだ。オーブンの扉を開けて、オーブンから取り出す。布巾をひいた籠の上に丸パンを乗せる。お肉も焼けたので、プレート皿に豚肉をのせる。付け合わせに、家からもってきたピクルスを盛り付ける。


 前世ぶりにつくった夕食は、上出来だ。私だけが食べるのだから、ちょっと栄養が偏っていても誰も文句は言わない。


 良い匂いがする。美味しそう。

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