第43話2回目の襲撃
さっそく、自分で作ったたまねぎのスープをスプーンで掬って口に運ぶ。たまねぎの甘さと、こしょうのぴりっとした辛さが口に広がる。
おいしい。温まる。
ランカスター王国って、貴族の正餐はフランス料理、貴族の通常の食事はフランスの家庭料理、平民はイギリス料理という感じなんだよね。貴族は粗食といってもバターを結構使った料理を食べるし、平民は塩で野菜や肉を茹でて、食べるときに自分の好きなように味を付けろ、と言わんばかりにテーブルに色んなビネガーとかマッシュルームケチャップが並ぶ。
日本食が食べたいと思うこともあるけれど、この国は農業に力を入れているので、食材そのものがかなり美味しいんだよね。フランスの家庭料理ぐらいなら、美味しくて毎日食べるのも平気になっていった。
本当は、パイを作ったり、サラダ作ったり栄養のバランスを考えて色々やりたいんだけど、一人だと食材が余っちゃうからねぇ……。
私は、困ったちゃんのアリエル・ホールドンの対策の良いアイディアがないか考えていた。ジョシュア達が私を巻き込んだということは、魔法で対策するよりも、ホールドンが相手にしていない錬金術なら隙を突けるのでは無いか、と考えたのだろう。
まだ入学して二週間だけれど、ホールドンがちやほやされたいと思っているのは、貴族の令息だけで平民には興味が無いみたいだ。
もし、仮に顔のいい男が好みであるなら、錬金術学科にも顔のいい男は結構居る。貴族の令息は、ひょろっとした体格の男子生徒が何割かいるが、平民は幼い頃から肉体労働をしているので、筋肉が良くついていたり、いわゆる細マッチョみたいな人が多く、ひょろっと病的な人はいない。そのため健康的でみんなとても格好よく見えるのだ。
とはいえ、平民はお金がないから、楽して奥様生活をしたい!権力振り回したいのなら、玉の輿に乗るしか無いのだ。
ホールドンが、攻略対象者の誰かに一途であれば問題なかったのに、「ちやほやされたい」とか「逆ハーレム構築!」とか思っているから、問題が起きるのだ。
できることなら、十二歳の時の王宮侵入事件も、ホールドンがやったという証拠を見つけることが出来れば一番良いのだけれど……。
結局、良い案は浮かばなくて、夕食を美味しく完食したのだった。
●○●○
錬金術学科の薬学の授業を終えて、次の授業である剣舞の練習場にクラスメイトの女子生徒達と移動していると、またしてもホールドンが私の目の前に仁王立ちした。
「デクルー様、どうして、……どうして、私の教科書を破くのですか……」
仁王立ちした後、私を睨み付けてから、突然泣き出した。周りの生徒達がなんだ、とまた集まりだした。
人の顔を見て突然泣き出すなんて、情緒不安定だろ。
「破いてませんが、なにか勘違いをしてるのでは?」
「そうやって、言い逃れしないでください!これが、その証拠です!」
まったく話がかみ合ってないぞ
証拠としてホールドンが見せたのは、びりびりに破れた魔法学科で使っていると思われる教科書だ。私は魔法学科の授業を受けていないので、なんの教科書を使っているかは分からない。
「お気の毒様ね。でも、それだと破れているという事実だけで、だれがやったか分からないのでは?」
私の反論に、野次馬の一人が「卑怯だぞ!生意気な女め」という男子生徒の怒鳴り声が響いた。個を特定しようと野次馬に視線を走らせる。
「私に卑怯者といったのは、どなた?」
馬鹿正直に返事をするとは思わないが、野次馬に呼びかけると、ホールドンを守るように一人の男子生徒が前にでてきた。
バカな正直者だわ。
着ている制服から、魔法学科の生徒のようだ。この学校は学科ごとに制服が異なる。魔法学科はローブ着用だが、錬金術学科は動きやすさ重視で軍服のような詰め襟にパンツスタイルだ。男女ともに同じ服装だが、女子生徒が着ているのは、幾分か丸みを帯びたデザインで可愛らしい。
「私はこの人の教科書を破る理由がないわ」
「酷い……!わ、私が平民出身だから、魔法学科に通うなって入学式に言ってきたのに」
入学式の日は、私はナジュム王国に居たというのに本当に、この人、頭大丈夫か?
「平民が嫌いだったら、ジュリアさんは錬金術学科に通わないと思います」
クラスメイトのレイラが呆れたように言った。最初、クラスメイトのみんなからは、デクルー嬢と呼ばれそうになったのだけれど、錬金術学科にせっかく通っているのだから、他のみんなと同じように名前で呼んでほしいと伝えたのだ。
レイラが女子生徒だからかもしれないけれど、ホールドン嬢のなぞの常時発動中の魔法の影響は受けていないみたいだ。
「生意気に男爵令嬢の私に、反論した平民は誰よ!」
えー……さっきは、「平民出身の私、貴族にいじめられて可哀想」って雰囲気だったのに、いまは平民をいじめる偉そうなダメ貴族令嬢にしか見えない。
カメレオンみたいな人だな。
「平民出身であることを武器にして、ジュリアさんを追い詰めているのに、僕たちが反論すると貴族側にたつのは虫が良すぎないか?」
同じくクラスメイトのロバートが、ホールドンに言い返す。
ん?どうやら、錬金術学科の生徒はホールドンの魔法に影響されないみたいだぞ。
剣舞の練習場へ向かう途中なので、クラスメイトたちが続々と集まってきて、私を庇うように口々に色々いってくれる。
「平民が偉そうに貴族に口答えをするな」
ホールドンを庇うようにでてきた男子生徒が、話の論点を反らすようなことを言った。
雰囲気も魔法学科VS錬金術学科という感じで一触即発だ。
「みなさん、授業がはじまりますよ」
誰かが先生を呼びに行ってくれたのだろう。ウィンダム先生が、野次馬達を追い払う。
「また、騒ぎの中心は貴女ですか……。ホールドン嬢」
「ち……違います。私は、ただ、いじめをやめてほしくて……教科書を破ったことを認めて謝って欲しかったんです」
ここぞ、とばかりにホールドンがまた、泣き出してしまった。
ウィンダム先生は、呆れたように長くため息をついた。
「何を勘違いしているか知りませんが、デクルー嬢は貴女の教科書を破ることが出来ません」
「でも、あの女には破るだけの理由が……!」
「たとえどんな理由があろうとも無理なんです。貴女、教科書はどちらに?」
「魔法学科の生徒用ロッカーです」
「デクルー嬢は、魔法学科の生徒用ロッカーを開けることができません」
ホールドンが泣くのをやめて、訝しげにウィンダム先生を上目遣いで見る。
「彼女は錬金術学科の生徒ですから、魔法学科の生徒のロッカーを開ける権限がありません。生徒の皆さんが入れる場所は、このブローチで管理されているの知ってますよね?」
初日にウィンダム先生から渡されたブローチは、前世で言うところの認証カードみたいな役目をしていて、どこの教室に入室できるのかを管理しているのだ。それが魔法なのか錬金術なのかわからないが、とてもシステマチックだ。
「え……うそ。嘘よ!」
ホールドンは般若のような顔で私を睨んだ後、勢いよくきびすを返して走り去った。
逃げ足だけは、早いな。
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