第112話 落ちていく

落ちていく。どこまでも。


どこまでも。



どこまでもーーーー。



小さな穴から、一瞬見えた母親の泣き顔。そんな顔をされたらさ……。悔しいけど。こんな残酷なことをされているのに許してしまう。


自分が悪い子供だったから、こうなったのは仕方ないと思ってしまう。



「ママ……」



さっき、母親に井戸に落とされた。


でも、なぜか僕はまだ生きている。


ずっとずっとずっ~~~と、暗闇を落ち続けている。

とっくにこの世にサヨナラするはずなのに。


下を恐る恐る見ると、まだ底が見えない。正確な時間は分からないけど、もう五分以上はこの状態のまま。


僕が落ちた穴からは、まだ小さな明かりが見えている。


どんどん小さくなるけど、それでも消えることはない。


落ちながら、思い出していた。痩せた母親が久しぶりに作ってくれた僕の大好物のオムライス。その優しい味を。



「ママ……」



キラキラ光る粒が、上から落ちてくる。


ゆっくり、ゆっくり。


ゆっくり……と。



落ちてくる。



これは、きっとママの涙。



急に落下のスピードが遅くなり、僕は無傷で井戸の底に着くことが出来た。

落ち葉でフカフカの足元には、小さなラジオが置いてあって、陽気な音楽が今も流れている。その音に耳を傾けながら、暗い穴の底で、僕は静かにママの夢を見る。

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