リアリティー
授業の合間に、小話を挟む癖があった。
突然、この予備校講師は黒板に『殺す』と書いた。生徒は、黒板と男を交互に見て、時間のムダだとばかりにすぐに教科書に視線を戻す。
「簡単にこの言葉を口にする人間が、僕は一番嫌いなんだよね」
物好きな女生徒が、質問する。
「どうして嫌いなんですかぁ?」
「う~ん……。なんだか、やけに安っぽいんだ。響きがさぁ。リアリティーに欠ける」
男は上着を脱ぎ、ネクタイを緩めた。教室の窓を開け、外界との接点を作る。初春の柔らかい風が、生徒一人一人の頬を平等に撫でた。
「今から君をこの窓から突き落とす。この高さだから、落ちたら絶対に助からないよ?」
教師は、下手な口笛を吹きながら女生徒に近づいた。
「…………ッ」
女生徒は呆れながら、講師を見ていた。きっと悪い冗談だと思っていたに違いない。
「僕は普段、別に鍛えてるわけじゃないけど。それでもね、小柄な君一人なら、無理矢理この窓から突き落とせる」
その言葉から数分後。
男は、宣言通り女生徒を窓から突き落として殺した。
その場にいた数十人。しかし誰一人、この男を止めることが出来なかった。
すぐに動けば、この凶行を阻止することは容易に出来た。でも、誰もそうしなかった。
何の理由もなく、人を殺すか?
そんなバカなことするわけない。この男には、優しい妻と産まれたばかりの可愛い子がいるし。
でもコイツは、足元の虫を誤って踏み潰したように。人も殺した。
慌てて教室から逃げだす者。
恐る恐る違う窓から、落ちた生徒を見下ろす者。
ショックで全く身動きがとれない者。
さまざま。
そんな生徒とは対照的に。
男はとても清々しい笑顔で、コンコンと軽く黒板を叩いた。
「これが、リアル」
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