第72話 盗み聞き

今日もつまらない1日だったなぁ……。そんな事を考えながら、僕は家路を急いでいた。


横浜に越してきて、2年。あまり深く考えずに決めた会社にも何とか馴染むことが出来た。

僕が今住んでいるココは、家賃相場が安く、田舎に負けず劣らず田畑が多い。


Web漫画を見ながら、田んぼ道を歩いていると蛙の鳴き声に混じって、誰かの話し声が聞こえた。かなり大きな声だった。



恥ずかしくないのか?



僕は顔を上げ、声の主を探した。前から歩いてくるお婆さんが耳に手を当て、誰かと話をしている。


もしかしたら、このお婆さんは耳が悪いのかもしれない。だから、あんなに大声なんだ。


勝手にそう解釈した僕は、またスマホに目を落とした。



「えっ? そうそう!! あのお寿司屋さん、今度また行きましょ~。えぇ、えぇ、そうね。その方が良いわ」


すれ違う瞬間、何気なくお婆さんを見た。


お婆さんは、相変わらず耳に手を当てながら、大声で誰かと話をしている。


「あなたの娘さん。この前、挨拶されたけど、ずいぶん綺麗になったわね~。学生さんなんでしょ? うん、うん。そうね。うん」



携帯やスマホ………………。


あれ?


お婆さんは、拳にした左手を耳に当てているだけだった。



それを見た瞬間、全身に鳥肌が。



なんだよ、これ…………





家に着き、いつもより熱い風呂に入る。

湯船に浸かり、落ち着いた頭でもう一度思い出してみる。




あの時ーーー



そうだ、そうだ。



お婆さんの握った拳から、お婆さんではない別の『誰かの声』が聞こえたんだ。




これは、たぶん【 忘れた方が良い 】ことだと思う。


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