カラフル①
珍しく喫茶店に彼女の姿がなかった。
別に心配とかじゃないんだけど、若い男性店員に彼女のことを聞いてみた。
「えっ、この店のアルバイトにそんな子いたかなぁ」
「新人? あなた。まぁ……いいけど。別に」
私は、また小説を書き始めた。でもナゼか彼女のことが気になって気になって仕方なかった。声だけでもいい。彼女の笑い声を聞きたかった。
パチッ!
急に照明が消え、店内が暗くなった。空気が重く、息苦しい。
なに? これ……。
先ほどの店員の姿も見えない。客は、私一人だけ。薄明かりの中、モヤモヤした黒いものが見えた。本棚から這い出ると、その得たいの知れない異形のモノはじぃぃ……と私を見つめていた。
恐さよりも興味の方が若干勝り、私はその姿、特徴をノートに描き写した。
目の前にまで来たモヤモヤは、私にだけ聞こえる声量で。
『ホントウの……オマエ…ミセロ』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
彼は、普通の男だった。学校の成績も真ん中ぐらい。成人し、地元の中小企業に就職し、同期の女性と結婚した。
これと言った才能や特技は無い。良くも悪くも普通の人生を歩んできた彼には、誰にも言えない秘密があった。
初めて彼が、『アレ』を見たのは、三歳の時。その時からずっと彼は、『アレ』を見続け、いつしか彼の分身のようになっていた。
平凡だが、幸せな生活。しかし、そう長くは続かなかった。ある日、彼が帰宅すると強盗に家族全員が惨殺されていた。
壊された家族を見ても、なぜか涙は一滴も出なかったと言う。ただ、彼は血に濡れた両手を見つめ、初めて『アレ』に助けを求めた。
目の前にいる『アレ』
名前は、分からない。小さい頃から見えているアレに初めて声をかける。
「僕の家族を殺したヤツを自分の手で殺りたい。力を貸してくれ」
「……………」
黒い霧のような人間の形をした何か、その顔の部分だけが伸び、僕の前に来た。
ニタニタと笑っているように見える。
「オマエガ…ノゾムモノ………アタエ…ヨウ……ダカラ……ホントウノ…オマエヲ…ミセロ」
どういう意味だ?
「いや、意味が………」
アレが、指差す先。白壁に家族写真が飾られていた。幸せを切り取った家族の写真。
妻と一人息子。…………それと………………………………
うん?
あれは、誰だ?
妻子と手を繋いで、楽しそうに笑っている男。知らない男だ。
あれ?
意味が、わからない。
「ホントウの……オマエ…ミセロ」
「本当の………」
「ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ」
もう一度写真を見た。そして、床に倒れている女と子供を見る。
あれ?
「……ってか」
コイツら、誰だ?
「ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ」
あ~そっか。思い出した。
僕が、殺したんだ!!
ガチャッ……
背後でドアが開いた。
「だっ、誰だ!! お前」
震えながら、僕を見ている男。写真の中にいた男だ。コイツが、本当の夫。
グサッ、グサッ、グサッ
泣いているこの男に、僕がさっき落としたナイフで背中を何度も何度も刺された。
「ッ!! 俺の…大事な…家族を………よくも」
力をかしてよ。
『イイヨー』
黒い人間の形をした何かが近づき………僕とゆっくり重なった。
一時間後ーーーーー
僕は、三人の死体の前でお笑い番組を見ながら、肉じゃがとご飯を食べた。熱めの風呂に入り、寝る前に甘いチューハイを飲んだ。そして、朝まで柔らかい布団でぐっすり眠った。
目覚めは、今までの人生で一番。最高の気分。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます